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149.ロール勝負


 アラタが退きそうになったのを見ての念信だろう。

 よく見えているなと関心する。

 そんなヴァンの念信には不思議な説得力があった。

 アラタは秒で覚悟を決めて攻撃を続けることを決断する。

 

 膨れ上がった蕾がアラタに照準を合わせるように動く。

 そして膨れが絶頂に達すると、そこから種が発射された。


 単に種が飛び出るような生半なものではない。

 ほとんどマシンガンのような速度で種が発射され続ける。

 アラタはそれを躱しながら流星刀での斬撃を森深の大主の足に当てていく。


 種が地面を穿つ物騒極まりない音が響いていた。

 速度は凄まじいが、回避が難しいものではなかった。

 蕾が照準を合わせているのが見て取れるからだ。

 種の発射は直線だ。事前にどんなコースで放たれるかわかっていれば恐ろしいものではない。


 アラタは網膜の隅にあるパーティのHP欄を確認する。

 敵に接近しすぎて反対側にいるメイリィはおろか、ヴァンの姿も確認できないからだ。

 ヴァンもメイリィもどちらのHPも全く減っていなかった。頼もしい限りだ。


 森深の大主のHPが恐ろしい速度で削れていく。

 近接三人が密着して攻撃し続けているのだから当然かもしれない。

 

 種の発射が止み、再び無数の触手が鞭のように動いてアラタに襲いかかった。

 こちらの方が厄介と言えば厄介だ。しなる動きを身のこなしだけで避けるのは難しく、いくらか刀を使わなければならないからだ。

 そうするとその分だけ攻撃の手数が減る。火力が落ちる。ヴァンの見ている戦いで不甲斐ない火力しか出せないのは避けたかった。


VAN-RES:それは退いとけ。


 何の兆候もなかったと思う。

 あったとしてもアラタにはわからなかった。

 いきなりのヴァンからの念信だった。


MEILI-RES:オジサマ、それって!?


 アラタと同じ疑問を、メイリィが飛ばしていた。

 その直後だった。


 再度先端に赤い蕾を持つ触手が現れた。

 だが、その蕾の膨れ方が先ほどよりも大きい。


 アラタの直感でもマズいのはわかった。

 攻撃をやめて一旦離脱する。


 赤い蕾が触手から離れて落下した。

 落下の瞬間に、黄緑の不気味な胞子が吹き出した。

 巻き込まれたらただ事では済まなかったであろう胞子の煙幕だった。

 

 離れたことでヴァンの姿も確認できた。

 アラタと同じように離れ、ヴァンの側にも赤い蕾が落ちていた。

 この分だと反対側のメイリィの方も同じことになっているのだろう。

 参加しているプレイヤーの数だけ蕾が落ちたわけだ。


 胞子の煙幕が薄くなり、赤い蕾がはっきり見て取れる。

 人間よりも大きな蕾。それが赤黒くひかり、僅かに震えているように見えた。

 何かヤバいのはわかる。


MEILI-RES:これやっちゃっていいやつだよね?

ARATA-RES:だと思いますけど、師匠はどう思います?


 この先に続くギミックが離れる事で回避できる何かだとしたら、毒らしき胞子が晴れたことが説明できない。

 そう考えると攻撃すべきものと考えるのが自然だ。


VAN-RES:誰が一番に割るか競争だな。


 言われてアラタは即動いた。

 縮地を切り蕾へと一気に距離を縮める。

 本体の触手が蕾への道を遮るように動くが、それよりもアラタの方が早い。

 

 そうして右の肘に全MPを込める。

 これがDPSチェックだとアラタの勘が告げていた。

 森深の大主のHPはもう3割もない。

 DPSチェックだとしたらこれが最後なはずだ。


 動かない的に全力を叩き込むことほど簡単なことはない。

 強烈な踏み込みと共に、全てのMPを威力に上乗せした肘が赤黒い蕾へと突き刺さった。


――――八重桜。


 赤黒い蕾が爆散した。

 煽りで胞子が放たれるがそう大した量ではない。

 アラタは巻き込まれないように後ろに跳んだ。


 時間内に破壊できないと大爆発、もしくはかかった時間に応じて飛散する胞子の量が増えるといったところだろう。

 早く倒せた分だけ他の助けに入る猶予がある。ヴァンの側に行くか、メイリィの側に行くか。

 アラタはメイリィの助けに入ることに決めた。ヴァンのクラスがわからない以上火力も不明だが、ヴァンならばなんとかするだろうという信頼があった。

 対してメイリィのビルドはある程度被ダメージがないと最大火力にならない面がある。

 HPを見ても安全をとってわざ食らいはしていないようだし、助ける価値があるかもしれない。


 本体の下を潜るのはさすがに無理があり、アラタは大回りに敵の背後を通った。

 背後は元から守りが薄いのか、それとも他に触手を割くのに必死なのか、労せず移動ができた。


 メイリィの姿が目に入る。

 蕾に対して何度も大鎌を振っている。


MEILI-RES:あら、助けに来てくれたの?

ARATA-RES:自傷するのを見るのは気分が良くないんで。 

MEILI-RES:ちょうど考えてたところだったわ。


 念信からほくそ笑むような気配。

 そこからは二人で滅多打ちだった。

 触手が分散する分だけさらに動きやすい。

 アラタが加わって十秒もしないうちに蕾が破壊された。


 胞子の飛散具合はアラタの時と変わらない。ということは時間内に破壊できなければ大ペナルティで確定だろう。


 突然森深の大主の身体が大きく揺れた。

 その巨体を支えていた触手が萎え、本体の位置がグッと低くなった。

 それにともない、大主の中央部を囲っていた膜が崩れていく。

 大主の中央に見える芽のようなものが、むき出しになっていた。


 好機。

 直感などなくてもそれがわかる。

 あれはまず弱点の類だ。

 蕾を全て破壊したから露出したのか、それともヴァンが何かをしたのかわからないが、これを逃す手はない。


 アラタとメイリィはほぼ同時に跳んだ。

 敵の本体の上に乗り、その上を疾駆する。

 

 その時にはもう、ヴァンは芽の近くまで辿り着いていた。

 芽には既にヴァンの大剣が突き刺さっている。距離からして斬ったのではなく、投げたのかもしれない。


 ヴァンが走りながら大剣へと右手をかざしていた。


「黒葬」


 ヴァンの呟くような声が、不思議なくらいはっきりと聞こえた。


 ヴァンの右手から、黒い稲妻のようなものが放たれた。

 雷神に似ている、アラタはそう感じた。

 それは大剣に命中し、大剣から大主の芽へと浸透しているように見えた。

 

 大主の断末魔のような揺れを感じた。

 アラタは走るのをやめてバランスを取ることに集中した。

 メイリィも同じ判断を下したようだった。


 アラタたちが乗っていた大主の巨体が、光の粒子になって消えていく。

 網膜にレベルアップの文字。そうは感じなかったが、レベル44というのはやはり相当な強敵扱いだったらしい。

 なぜならレベルが一気に2も上がったからだ。

 

 乗っていた体が消失したことによって、アラタたちは落下した。

 全員が何事もなく着地。


MEILI-RES:なに? もう終わりなの? アタシあんまり活躍できなかったんだけど。

VAN-RES:お嬢ちゃんもいい動きしてたさ、チームワークの勝利だ。

ARATA-RES:似合わない事言いますね。

VAN-RES:お前もまあまあだったぞ。前よりは大分良くなってた。


 アラタは嬉しいと感じてしまうことがどこか恥ずかしかった。


VAN-RES:よし、じゃあ戦利品の分配と行くか!!


 ヴァンが集まるように手招きした。

 アラタとメイリィはヴァンの近くまで移動した。


「なんです? わざわざ」

「分配って、アタシに一番イイヤツくれるの?」

「分前の分配っつったらダイス勝負だろ」


 そう言いながら、ヴァンの手のひらには20面ダイスが2つ握られていた。

 そんな事もしてたな、とアラタは思い出していた。ネハンでもこういった場合は必ずダイスで決めていた。


「誰から行く?」

「師匠から好きに取ってもいいんじゃないですか? 師匠が見つけたクエストなわけですし」

「そりゃあない。古の時代からこういうのはダイスで決めるって決まってんだよ」

「はいはーい! じゃあアタシから行く!」

「お、嬢ちゃんいいね。一発いい目見してくれ」


 ヴァンがダイスを投げ、メイリィがそれを受け取る。

 メイリィは受け取ったダイスを無造作に投げた。


 39。


「おいおいマジかよ」

「勝ちの目は残しといてあげたから」

「はー、じゃあ次はアラタいけ」


 メイリィがダイスを投げてよこした。

 アラタは無気力な感じで2つのダイスを投げる。


 38。


「おいてめぇふざけんなよ」

「師匠がダイスで決めるとか言い出したんでしょ」


 ヴァンはアラタからダイスをひったくった。


「見とけよ、俺の勝負強さってやつを見せてやる」

 

 ヴァンは両手でダイスを包み、まるで念でも込めているように両手に額をつけてから、ダイスを地面へと転がした。


 2。

 2つのダイスが両方とも1を表示していた。

 逆にすごいが、いくら確率的にすごかろうとこの勝負において最弱の出目には違いない。


 ヴァンが崩折れた。

 いい年をしたおっさんが本当に悔しそうに地面に両手をついている。


 十秒ほど停止してからヴァンが立ち上がった。

 平静を装っているように見えるが、抑えきれない悔しさがにじみ出ていた。


「じゃあ嬢ちゃん、好きなのひとつ選びな」

「わーい!」


 メイリィの目が虚ろになる。

 戦利品を見せてもらっているのだろう。


「じゃあこれで!」

「次はアラタだ、好きにしろ」


 防具2つとアクセサリーが3つ、それに素材が色々あった。

 ユキナかヤンがいれば素材の価値が正確にわかるのかもしれないが、アラタにわかるのは装備面だけだった。

 アラタは良さそうなアクセサリーを最初に選んだ。


 そこからヴァンが選び、それを報酬がなくなるまで繰り返した。


「これで分配は終わりだな。このあとはなんか予定あるか?」

「あとは寝るだけですね」

「アタシもー」

「なら飲みにでも――――」


 ヴァンの言葉が途切れた。

 それから発せられた言葉は、


「なんだアリャ」


 そこでヴァンの視線がアラタとメイリィの背後に投げられた。

 つられてアラタとメイリィも振り向いた。


 少し離れた場所に、真っ黒なポータルのようなものがあった。

 それも2つ。

 それは空間にぽっかりと穴が空いているような、不穏な印象を受けるものだった。

 この世界のバグを見ているような、見ているだけで不安になるような何か。


 アラタとメイリィ、どちらも何も言えぬうちに、両の黒い穴の中から何者かが姿を現した。


 それは、形だけなら犬のボルゾイに似ていた。手足の長い、猟犬のような形状。

 しかし似ているのは本当に形だけだ。

 大きさはその十倍はあるだろうし身体を覆っている黒い何かは、毛なのか皮膚なのか襞なのか判断ができない。

 目も口も見当たらず、闇が凝り固まった何かであるように見えた。


 敵、それだけはわかる。

 アラタはステータスを見ようと視点を合わせる。


 繝槭ぎ繝?セ、迢

 HP???/???


 それはどこかで見たことのある表記だった。

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