147.適当な気分屋
アラタはヴァンに言われた通り焚き火を囲んで座った。
メイリィは状況に戸惑っている様子もなく、まるでそれが当たり前だとでも言うように腰を下ろした。
アルカディアの古獣の森で、アラタとメイリィと、それに十年以上消息不明だったヴァンで焚き火を囲んでいる。
なんだこの状況は。アラタは未だに急展開についていけずにいる。
「で、何から聞きたい?」
聞きたいことは無限にあった。
突然すべての答えが目の前に現れて、アラタは逆にすぐには質問が思いつかない。
「どうして師匠がこのアルカディアに……いや、まずはなんでエバーファンタジーに帰って来なかったのか教えて下さい」
「帰ってきたさ」
「え?」
「だいぶ経ってからな。まあさすがに誰も残っちゃいなかったが」
「どうしてそんなに時間を……」
「病気だったんだよ」
「病気って、そんなの療養領域ですぐに――――」
「シャンバラ人ならそれで済むかもしれんがな、物質人はそうはいかんのよ」
「物質人って……は?」
聞き捨てならない単語が出て、アラタは思考停止に追い込まれた。
「オジサマ、物質人なの?」
言葉を引き継いだのはメイリィだった。
今まで静観していたが興味津々な様子だ。
「おうよ、生まれも育ちも地球で、今も身体は地球にある」
「すごーい! アタシ本物の物質人と初めて話した!」
ヴァン・アッシュが物質人。そんなのはアラタとて初めて知った。
データ世界ではなく、物質世界に存在する人間。現存してるのは地球に数千人と、火星に数万人と、あとはまばらに存在するだけと聞いている。
「冗談じゃないんですよね?」
「冗談なんか言うかよ。俺は十年前におもーい病気をしてな、なんとかなったが長らく療養生活で、ようやっと動けるようになったってところさ」
嘘を言っているようには思えなかった。
「つまり、師匠は地球からこのアルカディアにアクセスしてるってことなんですか?」
「そうなるな。今はかつてフィンランドと呼ばれた場所の地下にいるよ」
「地球ってやっぱりまだ寒いの?」
「場所によるな。俺がいる場所は――――」
ヴァンとメイリィの会話を、アラタは意識の隅で聞いていた。
ヴァンは物質人で、病気になっていたからシャンバラに接続しなかった。
アラタは自分がどんな答えを求めていたのかわからないが、それは全く予想していなかった答えだった。
「あの、師匠、いいですか?」
「うん?」
「エバーファンタジーの話ですが、なんで戦神のアミュレットを僕に渡したんですか?」
「懐かしい名前が出たな」
「あれのせいで僕は大変な目に合いました」
「そうなのか?」
「そうなのかって、めちゃくちゃだったんですよ!! みんなからいきなり狙われますし!!」
「あーーーー、そういやみんな欲しがってたな」
「そういやって、師匠は僕を狙わせるために戦神のアミュレットを渡したんじゃないんですか?」
「いや? だってもったいないだろ? しばらくインできないと所有権がなくなっちまうし」
調子が狂う。
そんな単純な理由で、アラタはちょっとしたトラウマになるような目にあったのか。
それについてヴァンを攻めようかとも思ったが、それもどこか筋違いな気がした。
「おいおいなんて顔してんだよ」
「いえ、なんでもないですよ」
アラタはちょっとスネていた。
せっかく探し求めていたヴァンに会えたというのに、面白いことが何も無い。
自分は一体何を期待していたのか。
ヴァンに会えたら何かが変わると思っていたのに、それを裏切られた気分になっているのかもしれない。
「ていうかオジサマはさっきなんで隠れてたの?」
「あー、あれはなー」
そこでヴァンはどこか言いにくそうにする。
確かにアラタに会いに来たのにすぐに姿を現さないのはおかしい。
やはり何か裏があるのかもしれない。
「お前ら二人でいたろ?」
「うん」
「見た目若い男女二人だ。デートなのかなーと思ってな。邪魔しちゃ悪いのか困ってた」
なんだそりゃ。
アラタは一気に脱力する。
「メイリィとは単に同じギルドのメンバーで、一緒にレベリングですよ!!」
「えー、単なるメンバーなの? アタシにあんなことしといてー?」
「話をややこしくしないでください!」
「おうおう、楽しそうだな」
「師匠も茶化さないでください! とにかくデートじゃなく普通にレベリングですよ」
「どうかなっと……そんなこえー顔するなよ。とにかく気づかいのできる俺はどうするか困ってたわけだ。したら嬢ちゃんが仕掛けてきたからな。話が早くなった」
ここまで来て、ようやくアラタの意識に更新が入り始めていた。
アラタは心のどこかで、ヴァン・アッシュを神格化していたのかもしれない。
ヴァンが消息を経ったのも、アラタに戦神のアミュレットを渡したのも、何か深淵な理由があるに違いないと思い込んでいた。
しかし、思い返せばヴァンにそんな計画性はなかったように思える。
ヴァンはだいたいが適当で、しかも気分屋だった。
目の前にいるおっさんは、その頃のヴァンと完全に一致する。
ヴァンが物質人であるというのは衝撃だったが、それとて特別なことはない。
滅多に会えないというだけで、シャンバラには無数の物質人がアクセスしているのだから。
「じゃあ師匠は、病気が治って普通に新作の遊戯領域を遊んでたってだけなんですか?」
「おう、エデン人の新作って話だったしな」
「そこに偶然僕がいたと」
「俺も驚いたよ。前夜祭でいきなりだからな」
アラタは大きく息を吸って、吐いた。
非現実的な現実を受け入れるには、強く意識する必要があった。
「わかりました。全く納得はいきませんが、とりあえずはわかりました」
「よくわからんが、わかってくれて俺は嬉しいよ」
「それで、師匠はこれからどうするんですか?」
「おう、それな」
ヴァンは座り直して、焚き火に顔を近づけた。
「実はこの古獣の森のクエストを受けててな、それもけっこーキツイやつを」
「それってクエストボードにあったやつ?」
「いんや、NPC由来のレアクエストだ。ソイツをイワしてやろうと思ってここに来てな」
そこでヴァンは挑戦的な笑みを浮かべた。
「お前らもレベリング中なんだよな?」
アラタとメイリィは、二人で頷いた。
「ならよ、一緒にあそぼーぜ」




