145.突然の襲撃者
アラタとメイリィは古獣の森でのクエストを中心にこなしていた。
古獣の森はペータの街からスタートした場合に通過するダンジョンだ。
古獣の森で黒い獣の目撃情報はまだないが、黒い獣はペータの街から進んだ場合の道中で目撃されている。
それならここも対象エリアだろうと踏んでの探索だった。
あとはメイリィが「だって獣でしょ? なら古獣の森に出そうじゃない?」と安直に考えた結果でもある。
サブクエストの消化は極めて順調だった。
アラタとメイリィは共に近接だが、不自由はなかった。
メイリィの気性から、初めはアラタがアシストに回ることになると思ったがそんなことはなかった。
不思議とメイリィとは自然に連携が取れた。
どちらかが意識して連携をするのではなく、お互いに最善で動こうとした結果が連携になる。そんな感じであった。
メイリィと二人で共闘というのは初めてだったが、存外相性がいいのかもしれない。
「また楽勝! 歯ごたえなくってちょっとつまんないね」
「同じ報酬なら楽な方がいいでしょ」
「そっかなー、体験って大事だと思うけど。苦労して手に入れた報酬と楽して手に入れた報酬だったら苦労した方が愛着が湧くじゃん?」
二日目にして七つのサブクエストを消化していた。
レベル上げ兼装備集めだ。
武器は流星刀以上のものは望めないが、防具はサブクエストの方が優秀な場合もあるし、装飾品に関してはサブクエスト頼りになる。
ユキナもヤンも彫金のクラスを上げていないので高レベルの装飾品は作れないのだ。
この二日でアラタはレベルが36まで上がっていた。この分だとキャップの40まで行くのもそう難しくはなさそうだ。
スキルポイントに関してはまだ振っていない。
現状2ndフェーズで戦う相手がわからない以上、急いで振る必要はないと考えたからだ。
黒い獣とやらが強敵だったらその対策に使えそうなものを上げるかもしれないし、ユグドラとの争いが本格化するようなら対人で有利になりそうなスキルを選ぶかもしれない。
ただ単に遊んでいるだけになってしまっているが、今はこれでもいいのかもしれない。
師匠探しに関しては、ギルドのメンバーに話してそれとなく探してもらうことにはなったが、女王杯の参加者から探すか、女王杯で接触してくれるのを待つのが本命だと考えていた。
あの老人の言っていた厄災に関しては、それこそレベルや装備を整えて準備をする以外には何もできないだろう。
夜が近づいてきていた。
木々の隙間から差し込む陽光に赤みが混じっている。
時計を呼び出すと時刻は16時過ぎ。
「どうします? もう1クエストくらいやるか、アヴァロニアに戻って飯でも食うか」
「シャンバラで一緒に夕食って手もあるかもよ」
「茶化さないでください」
「えー、本気だけど」
それに気付いたのは同時だったと思う。
アラタが気配に気づいたのと同時にメイリィの目つきが鋭くなったからだ。
「アラタ、気付いた?」
「ええ、いつからいたんでしょうね」
アラタの視線の先、一際大きな木の幹に隠れている人の気配がある。
妙だったのは、アラタ達にわざとその存在を知らせたような節があるところだ。
なぜ気付いたのかと振り返ると、不自然な葉音からだった気がする。
今までに人の気配はなかったと思う。
そう考えると、気付かれずに接近してわざとその存在を知らせたのだろう。
たまたまクエストをしに来たプレイヤーならそんなことはしない。
アラタ達を明確に意識しての行動だ。
今、アラタとメイリィを意識して行動するプレイヤーとなるとユグドラ関連かもしれない。
ユグドラのメンバーか、それともユグドラが雇った刺客か。
後者はなかなかなさそうだが、エバーファンタジーで似たような事をしていたアラタとしてはそういう可能性も考えてしまう。
MEILI-RES:やっちゃっていいよね?
メイリィが念信に切り替えた。やる気満々だ。
どうだろう、とアラタは思う。
ユグドラ関連にしては妙だが、それ以外に考えられないのも確かだ。
もしユグドラの刺客で、しかも単独というのは嫌な予感がする。
普通なら数で囲まない理由はない。
こういったシチュエーションで刺客だとしたら、絶対的な自信を持ってソロにこだわりのあるプレイヤー。
しかも不意打ちではなくわざと存在を知らせるというのは、相当な戦闘狂だ。
ARATA-RES:待ってください、相手がユグドラ関係と決まったわけでは……
MEILI-RES:とりあえず動けない感じにしてさ、違ったらごめんで済むでしょ。
済まないと思う。
PvPの仕様で動けない感じというのは相当エグいことになる。
とりあえずで四肢切断されてごめんなさいで済ませるヤツはそうそういないだろう。
ARATA-RES:いやいやいやいや、まずは念信を――――
MEILI-RES:いっくよーーーー!!
メイリィは絶対無視する前提で質問したはずだ。
メイリィがいきなり全速で走り出す。
小さな身体が物騒な大鎌を携えて弾丸のように飛んでいく。
メイリィの通った軌跡を馬鹿みたいに葉が舞い上がる。
これ以上ないほどわかりやすい宣戦布告。
メイリィが大木にたどり着くまでに二秒とかからなかった。
メイリィの大鎌が振るわれる。
木の幹ごと切り倒すような斬撃。たぶん相手の脚を狙っての一撃。
大鎌が木の幹に突き刺さる。アラタの位置からは幹の影になって、敵と相対しているのかすら見えない。
アラタも動き出した。
メイリィを止めるにせよ援護するにせよこのまま棒立ちしているわけにはいかない。
メイリィが大鎌を放棄した。
あるいは放棄する前提でフェイントとして使ったのかもしれない。
徒手空拳でやり合う気だ。
その時だった。
メイリィがいきなり足を滑らせた。
踏みこんだ足場がぬかるんでいたような、そんな動き。
だが、あのメイリィがそんな間抜けをするはずはない。
メイリィの驚きに染まった表情が不思議とよく見えた。
足払いだ。それも恐ろしい精度の。
メイリィの驚きから、それは意識の隙間をついたような攻撃だったはずだ。
この位置からなら何が起きたかわかるが、当のメイリィは何が起きたかもわからず倒れかかっているはずだ。
幹の影にいる相手は化け物だ。
その想定で行く。
アラタは一気に緊張を高めた。
転倒するメイリィを助けなければならない。
敵がメイリィに容赦ない追撃をした場合間に合うかわからない。
それでも行く以外にはない。
アラタは縮地を切った。




