144.あなたの理念はなあに?
「あーあ、アタシも呼んでくれればこんなめんどくさいことにならなかったのに」
隣にいたメイリィが言った。
「呼んだらどうしました?」
「え? 一緒に暴れたけど?」
呼ばなくて良かったとアラタは心底思った。
今、アラタはメイリィと二人でいる。
クエストを受注しに、アヴァロニアのクエストボードを見に行く途中だ。
どうして組むことになったかと言えば、話は数日前に遡る。
***
アラタはユグドラの囲みから抜け出して、ある程度時間をおいてからユキナの工房に戻った。
ギルドのメンバーを招集するかは迷ったが、皆アプデ直後でやりたいこともあるだろうし、念信での注意喚起だけにしておくことにした。
必ず二人以上で行動すること、プロフィールの所属ギルドは非公開にしておくこと、ひとまずそれくらいはしておこうという話になった。
初日はパララメイヤと、二日目はヤンとロンとクエストをこなしレベリングをしていた。
意外なことに、襲撃はどの組にもなかった。
二日目を終えて、晩飯がてらアヴァロニアの飲食店で集まれる面子で食事を取ることになった。
「たぶん、襲撃があるとしたら女王杯から三日以内だと思いますね」
そう言ったのはヤンだ。
「根拠は?」
「俺がユグドラの立場だったらそうするからですよ。見せしめにキルしたところでたかが知れているし、アラタさんがインする気をなくすまでキルし続けるのは現実的ではない」
老人の話を信じるならば、アラタは一度でもデスすればインできなくなるらしいが、今のところその話は誰にも伝えていない。
「ならどうするかと言えば女王杯だ。そこに焦点を合わせてキルすれば、出場ができなくなる。参加メンバーも発表されるのでターゲットもわかりやすいですしね。本戦までは進ませて、そこで参加メンバーを消す。それからユグドラとニルヴァーナは揉めてたらしいぞ、とでも適当に噂を流せば何が起きたかを知らしめてメンツも保てますし、こちら側にダメージも与えられる」
「ヤンさんってもしかして怖い人ですか?」
パララメイヤがいった。
するとヤンは慌てた様子で、
「仮に俺がユグドラの立場だったらですよ! 今狙われないとしたら恐らくはそういうことです。ですから過剰に身構える必要はないと思いますね」
筋が通っているように聞こえた。アラタとしても、自分のギルドに所属してくれたメンバーを不自由な状態にはしたくない。
「じゃあ女王杯が近くなるまでは、二人以上で組んで行動しなくても大丈夫ですかね?」
「俺はそう思いますね。ただアラタさんとメイリィさんは違う」
「え」
「え、じゃないですよ。当事者でしょう。それにメイリィさんはユグドラとやり合った張本人で、しかもアラタさんの口からニルヴァーナのメンバーだってことを話してるんでしょう?」
「それはまあ、そうです」
「なら二人は絶対組んでおくべきだと思いますよ。少なくとも2ndフェーズは」
***
そんなわけで、アラタはメイリィと組むことになったわけだ。
メイリィはそういった窮屈は拒否するかと思ったのだが、意外とすんなり組んでくれた。
今はクエストボードを広場のベンチに座りながら眺めている。
広場内であればどこからでもクエストボードの内容を網膜投影することができるのだ。
「ねーアラタはどんなクエストが受けたい?」
「なんでもいいですよ」
「そういうとこはつまんないね、アラタ」
「コメディアンは目指してないんで」
「そういうのは好き」
メイリィが歯を見せて笑った。
アバターの見た目と相まって、それは純粋な子供の笑顔であるように見えた。
シャンバラのメイリィと会っている以上、本当に子供でないのはわかっているのだが。
「そういえばアラタこんな話知ってる? 2ndフェーズになってから、黒い獣が出るんだって」
「いきなり会談話ですか?」
「正体は不明で、とんでもなく強いんだって。最初にやられたヤツがフォーラムで報告してきた時には嘘だって相手にされなかったけど、ここ数日で複数件遭遇報告があがったんだよね」
「レアエネミーの類ですか?」
「報告が少ないからはっきりとは言えないけどたぶんね」
「その話がどうしたんですか?」
「ねえアラタ、クエストついでにその敵倒そうよ」
「倒すって……」
「面白そうじゃない? まだ誰も倒したことない敵を倒すって。珍しいドロップだってあるかもしれないし、何か目標があったほうが楽しめるじゃん?」
それはまあ、ちょっとワクワクする話ではあった。
「けどほとんど遭遇報告がないんでしょ? 何か出現法則がわかったんですか?」
「そんなの知らない」
ふざけんな。
ちょっとワクワクしてしまったのが馬鹿みたいではないか。
「はぁ、冗談はそれくらいにしてどのクエストを受けるか適当に決めてくださいよ」
「冗談じゃないって! ねえ倒そうよ!」
「遭遇さえできないなら無理でしょう。この期間ツチノコを探すために浪費する気はありませんよ」
「そのためにアラタがいるんじゃん」
「残念ながら僕は探偵じゃないんです。そこらへんがヘボなのはまあまあ自信がありますよ」
「あのね、本気で言ってる?」
メイリィは露骨に疑惑の視線をぶつけてきている。
「本気ですよ。僕はU.N.オーエンがいつ登場するのか話のラストまで――――」
「そういう話をしてるんじゃなくて。アラタ、あなたの理念はなあに?」
「スターシーカーです。響きの良さだけは嫌いじゃありません」
「じゃあその効果は?」
偶発的なイベントの発生率を上げる。
また、特定のイベントの発生率を大幅に上げる。
なるほど、メイリィの言わんとしていることがようやく理解できた。
「ね? 試してみる価値があるんじゃない?」
「その黒い獣が効果の範囲に触れるのかわかりませんが、面白そうではありますね」
確かに無目的でレベリングをするよりも、そういった目標があった方が面白くはある。
「決まりっ! 目撃情報にはちょっと偏りがあるんだ。だからその周辺のクエストを受けよ」
メイリィは純真な少女のような瞳でクエストのリストを確認しているようであった。
メイリィはアラタより年上だが、アラタよりずっと純粋な気持ちで遊戯領域を遊んでいるのかもしれない。
図らずもメイリィと組むことになってしまったが、これはこれで悪くないのかもしれない。
少なくとも退屈はしなさそうだ。




