142.手段を選ばない
「それに情報共有がしたいというのもあるかな。その目、そういったキャラクリは開始時にはなかったはずだ。それはイベント由来の何かかな? アラタさんはぼくらが知らないようなことも知っていそうだ。仲間にしたい理由は無限にあるよ」
リステンリッドは淡々と続けた。
素直に勧誘されてアラタは逆に困った。
良くて宣戦布告、悪くてその場で争いになるくらいの覚悟はしていたのだ。
それが普通に勧誘されてしまった。
話の内容もわからないではない。
レアな理念や情報を持った戦力になるプレイヤーがいるなら、ガチなギルドであるほど勧誘しようとするのは自然だ。
「女王杯の団体戦メンバーだけどね、ぼくとここにいるエーデ、ガス、シータまでは文句がないんだけど、もうひとりが決まらないんだ。そこにアラタさんが来てくれたらすごく嬉しい。厚遇するよ」
嘘を言っているようには見えなかった。
それでも残念ながら誘いに乗る理由はない。
しかし聞きたいことはいくつかあった。
「ぼくの誤解についてはどうするつもりですか? 1stフェーズの開幕でやりあったという」
「アラタさんがユグドラに入ってくれたら誤解を解くよ。ギルドに加入してくれた話といっしょにね」
「メイリィについては? 実は新しく立てたギルドのメンバーなんですよ」
リステンリッドの返事に、僅かに考えるような間があった。
「アラタさんが入ってくれれば特になにも。むしろ新しく作ったギルドのメンバーとやらも一緒にユグドラに入ってくれて構わないよ」
「入らなかった場合はどうしますか?」
「素直に諦めるよ。残念ながらね」
どこか胡散臭い。アラタの勘がそう告げている。
それに実際に目の前にしてなお、この男よりもパララメイヤが伝えてくれた噂の方が信憑性があると感じる。
「話は変わりますが、ユグドラについてちょっとした噂を聞きまして」
「噂?」
「なんでも初心者を食い物にしてるとか」
リステンリッドの顔に微笑が浮かんだ。
「完全に否定はしないよ」
意外な返答だった。
「食い物という言い方はちょっと悪すぎるかな。ちゃんとお互いに利益があるように気づかってるよ」
「その利益の差は?」
「強者が得をするのは仕方がないかな」
「そういうのは好きじゃありませんね」
「どうして? アラタさんも強者側だろ?」
コイツはだめだ。
アラタはそう思った。
リステンリッドの表情はごく自然で、本当に疑問に思っているようだった。
絶対に相容れないタイプだ。
元から勧誘を受け入れる気はなかったが、これで完全にその目はなくなった。
「辞退させてもらいますよ。初心者おしゃぶり野郎とつるむ気はないので」
アラタの言葉にモヒカンの男、ガスが飛び出しかけた。
それをリステンリッドが念信の気配で制していた。
「それはちょっと困ったことになるな」
「どうぞ困ってください。人生は思い通りにいかないものですよ。それでは」
アラタは倉庫から出ようと振り返ろうとした。
「いや、アラタさんが困ることになるんだよ」
アラタは振り返るのをやめて、
「何の話ですか?」
「ここでアラタさんを無事に帰すとウチとしても面子が立たなくなる。ミラー42の仲間がやられて、それを五体無事で帰しちゃうなんてね」
「その話は冤罪だと」
「フォーラムの連中にはそんなこと関係ないんだよ。アラタさんがやったことになってるんだからね。傘下に加えたっていうなら面目が立つが、ウチに入らないというなら無事に帰すわけにはいかないな」
思ったより簡単に本性を現したな、と思った。アラタが加入する気がまったくないのを察してかもしれないが。
しかしそんな態度を見て、アラタは安心した。
どうやらユグドラは噂よりもよっぽど質が悪そうだ。
これなら迷いなく敵に回れる。
「古い友人の言葉を思い出しましたよ」
「なんの話だい?」
「僕は積極的に初心者を助けるような善人ではありませんし、勝負事になると手段をえらばないきらいがあります。間違っても正義の味方ではありません」
「そういうのは好ましいと思うよ。手段を選ばないなら――――」
「ですが、悪の敵ではありたいと考えています」
「我々を悪だと?」
「僕の価値観だとそうなりますね」
その言葉で、倉庫全体の雰囲気が変わった。
「考え直した方がいいと思うよ。ここにいる四人は他領域でも名うてのトッププレイヤーだ」
「それが?」
「わからないかな、四対一ってことだよ」
アラタはわざとらしく首を傾げた。
「それが?」
リステンリッドは大きなため息をついた。
「すごい自信だな」
自信などあるはずはなかった。
一対一ならともかく、いくらなんでも四人は無理だ。
それでも、それを知らせない態度を取ることに意味がある。
縮こまった相手をリンチするのは心理的にも簡単なのだから。
「おかげで昔はイキリクソメガネって呼ばれましたよ」
リステンリッドは反応に困っているようだった。
「じゃあ最後の警告だ。今ならまだアラタさんもそのギルドのメンバーも全員受け入れよう。それで全てが丸く収まる。そうでなければ、アラタさんにはデスペナルティを受けてもらうことになる。きっと何度もね」
そこであの老人の言葉を思い出した。
2ndフェーズで死んだらアクセス権を失うと。
アラタは身体の芯にピリピリするような緊張を感じた。
不思議なことに、不快というよりは心地良い気すらした。
思考がクリアになっていく気がする。
背後の様子はよくわからないが、今すぐ仕掛けてくる気配はなさそうだ。
目に見える情報では、ガスというモヒカンの気配が熱い。
ボスの許しが出れば躊躇なく襲いかかってきそうだ。
「いや、やっぱりやめますか」
「はぁ!?」
アラタの言葉に声を荒げたのはガスだった。
「いえね、思い出したんですよ」
リステンリッドも黒頭巾もすぐに動く気配はない。
アラタのようにスキルを仕込んでいる気配もないように見える。
「他の領域での話を聞いたことがありまして。そこのガスさんでしたっけ?」
アラタがガスを指さした。
指をさされたガスは、アラタの言葉の続きを待っているように見える。
アラタの指している指が、銃を象るような形になっていることに気づいている様子はない。
印は首を傾げた時に結んでいる。
リステンリッドから念信の気配。たぶん気付かれたがもう遅い。
警告を間に合わせる気はなかった。
アラタの口から続く言葉はこうだ。
「雷神」




