141.予想外の理由
どうする。
アラタはカイラについていきながらも考える。
カイラの言っていた通り、いい話だという可能性はかなり低いはずだ。
できればこのままバックレた方がマシだろう。
ただ、それは平和的にバックレられればという話だ。
カイラが姿を現してわかったが、尾行は一人ではない。
今も複数人がアラタを見張っている気配がある。
剣呑な雰囲気だ。
おそらくアラタを逃さないためだろう。
極めて好意的に解釈すれば、危険なプレイヤーかもしれないアラタからの安全措置だろうが、アラタが冤罪だと知っているはずのユグドラが相手ではそれもなさそうだ。
監視をしている人数の気配は読み切れない。
カイラは振り返りもせずに一定のペースでアヴァロニアの裏道を歩いている。
ここで逃げ切るのは難しくない気はするが、それが根本的な解決になるかはまた別の話だ。
この具合だと、ユグドラのマスターはただアラタに会ってみたいというわけではないだろう。
一時的に逃げたとしても、また会うために何かしらをしてくるのはほぼ確実に思える。
それなら一度会って話をつけた方がまだマシと考えられなくもない。
アラタは逃げないことに決めた。
カイラの後ろを歩きながら、ユグドラについて思い出そうとする。
確か様々な領域をまたいで遊戯領域を攻略する組織という話だったはずだ。
見た目上は初心者のサポートなどにも力を入れていて、表向きの評判は上々らしい。
しかし、裏ではあまりよくない噂もある。
初心者を食い物にするような扱い方をしたり、自分たちに都合の悪いプレイヤーには非常に攻撃的だったりするといった噂があるそうだ。
パララメイヤから聞いた話ではあるが、パララメイヤは確証がなければそういう言い方はしないだろう。
たぶん噂は本当だ。
そんな組織がアラタに会いたい。
良い予感がしなくて逆に笑えてくる。
それでもアラタは落ち着いていた。
相手が人間だからだ。
エデン人とは違う。
相手が人間ならば行動も読みやすいし、不可解な事象を起こしたりもしない。
それもアラタが行くと決めた理由の一因になっている。
カイラはアヴァロニアの外れ近くまで歩いてきていた。
アヴァロニアの北東側には倉庫の集まっている地帯がある。
カイラがアラタを連れてきたのはまさしくそこだった。
「もうすぐ着きますから」
そういってカイラが案内したのは倉庫のひとつだった。
「荷物が何か関係あるんですか?」
「倉庫を貸し切ってギルドの仮拠点にしてるんですよ。今はまだハウススペースは開放されてないですしね」
なるほど。
ユキナみたいに街にある建物を借りるのではなく、倉庫を借りてその中を改造して拠点にしたということか。
カイラから念信の気配。
中にいる人物にアラタの来訪を告げているのであろう。
「お待たせしました。入ってください」
扉は中から開かれた。
扉を抜ける時、鋭い目つきの女性が扉の脇にいた。
倉庫であるからには住居の間取りとはまるで違う。
巨大なスペースがひとつきりだ。
その中央に、ガラクタが積んだような場所があった。
そこには三人のプレイヤーがいた。
各々が適当なガラクタに腰掛けている。
「わざわざ来てもらってすまないね。汚いところだがくつろいでほしい」
ガラクタの中央に座っていた男がそういった。
プレイヤー名にはリステンリッドとある。
立ち振舞的にもこの男がユグドラのマスターなのかもしれない。
カイラが横にどいてアラタに進むように促していた。
アラタは進み、ガラクタの少し手前で止まった。
「ぼくはリステンリッド・カラコルム。ユグドラのマスターだ」
「アラタ・トカシキです。先日ニルヴァーナというギルドのマスターになりました」
リステンリッドは眉を上げて驚きを示した。
「へぇ、ギルドを作ったんだ」
「友人のススメでね」
「アラタさんは乗り気じゃないんだ?」
「色々です。ところで今日はなんの用ですか?」
アラタの右手側にはサングラスをしたモヒカンのプレイヤーが座り、左手側には黒い頭巾を被ったプレイヤーがいた。
正面にはリステンリッドが、背後にはカイラと目つきの鋭い女がいる。
この倉庫にいるのはこの五人だろう。
たぶん、みんなかなりやる。
現時点でアヴァロニアまで辿り着いているのだから当然かもしれない。
気になるのは全員の警戒心だ。
まるでアラタがいつ襲ってきてもおかしくないと思っているかのように隙がない。
「今日はアラタさんに謝罪をしようと思ってね」
「謝罪?」
「ほら、ミラー42の話さ。うちのメンバーがやられちゃったのが、どうしてかアラタさんのせいになっちゃっただろ?」
「ああ、おかげで中々友達ができませんでしたよ」
「申し訳ない事をしたと思ってる」
どう反応すればいいのかわからなかった。
まさか謝るためだけにアラタを呼んだということはないだろう。
狙いがわからない。
「それだけですか?」
「いいや、まずは謝っておこうと思ってね」
「では本題は?」
「アラタくんは星を追うものという珍しい理念を持っているそうだね」
どこから知った話だ、と意表をつかれたが、そういえば最初期にメイリィが星を追うもの関連の話をフォーラムに書き込んでいたのを思い出した。
メイリィはフォーラムで匿名にしていないと聞いたので、シャンバラに戻れるようになってから一応確認していたのだ。
「それが?」
「羨ましいなと思ってさ。確率で起きるイベントに遭遇しやすくなる、遊戯領域をやり込んでいるプレイヤーほどそういった運に関係する要素の優位性のはわかるはずだから」
「言うほどいいものじゃないと思いますよ」
本当に言うほどいいものではない。
できることなら今すぐ譲りたいくらいだ。
「それにアラタさんはかなり腕が立つみたいだね。デイサバイバーの話は一部じゃ神話みたいじゃないか」
「そんなに大げさなものじゃありませんよ」
「謙遜だね」
「ところで本題はまだですか?」
「ああごめん、どうして誘うのか理由を言っておこうと思ってさ」
「誘う?」
リステンリッドは腰掛けていたガラクタから立ち上がった。
「そうだ。我々ユグドラはアラタさんにギルドに参加してもらいたいと考えているんだ。今日は勧誘のためにここまで来てもらったというわけだ」




