14.ただ笑うしかない
連戦。しかも今度は本当のボスだ。
アラタはゼラチナスウォーグを目にし、いくつもの疑問が頭に浮かんだ。
液状の体に忍者刀での攻撃は通じるのか。さきほど、竜巻のような形状に変化して木々をなぎ倒した動きは常時行ってくるのか。あれを頻繁に行ってくるようであれば、相当に厄介だ。
ゼラチナスウォーグはアラタを睨みつけるように停止している。
攻めるしかあるまい。
これを倒せばダンジョンがクリア扱いになるのは間違いなさそうだ。
パーティ推奨、確かにこの相手は今までの雑魚とは格が違う。
もしかしたら、最初の壁として用意されたボスなのかもしれない。
次々と浮かぶ疑問を置き去りにして、アラタは攻めた。
一気に距離を詰め、ゼラチナスウォーグの液状の体に刃を滑らせる。
手応えは、ない。
ゼラチナスウォーグの体が倒れ込むように変化し、アラタのいた場所を襲った。
アラタは退きながら再度斬撃を見舞う。
水を切ったような感触しかなかった。
ステータスを確認してもゼラチナスウォーグのHPは124/124で変化はない。
斬撃が通じない。
これで物理攻撃に対する完全耐性があったら笑う。
最初のボスでそんなことはないだろうが。
怪しいのは二つある核らしき場所。
ここなら攻撃が通りそうな気配がある。
とはいえ、核は深い。本当に届くのか。
ゼラチナスウォーグの体の一部が触手のように変化し、アラタを絡め取ろうと迫った。
アラタは退くのではなく、前へと避けながら回り込み、核を狙って突きを放った。
届かない。
忍者刀の切っ先は、核まであと少しというところで止まっていた。
突き入れた腕に微かな痛み、即座に腕を引き抜いて距離を取った。
腕を見ると、服が溶け、腕が赤く変色していた。アラタのHPが42から36に減っている。
馬鹿か僕は、とアラタは舌打ちをした。
先程グレートコボルトがその体に溶かされたではないか。
あれはゼラチナスウォーグがグレートコボルト以上の強敵だと表す演出であると共に、その体に触れると融解するというヒントに他ならない。
ある程度まともなゲームなら、こういったヒントは随所にあるものだ。
アラタは一旦距離を取り、ゼラチナスウォーグの様子を伺う。
距離が離れていると、ゼラチナスウォーグは基本的に触手での攻撃を試みる。
一定の時間毎に接近して倒れ込む攻撃を行う。
竜巻のように変化して高速移動する動きは今のところ見られない。あれは登場のための演出だったのかもしれない。もしくは、HPが一定以下になった時の行動パターンなのか。
ゼラチナスウォーグの動きが変化した。
正方形フィールドの中央に移動して、ふるふると震え始めたのだ。
嫌な予感がしたが、狙うならここしかないという気もした。
アラタは覚悟を決めて行った。
その時だった。
ゼラチナスウォーグの震えが止まり、いきなりその身が弾けた。
フィールド上に、雨のようにその身が降り注ぐ。
アラタは無視して突っ込んだ。
核らしきものが二つ、フィールドの中央に落ちている。
アラタはあらん限りの速さで走り、核へと忍者刀を突き立てた。
手応えは、ない。
液体に刃を突っ込んだ以上の感触がない。
アラタは粘ることなく後ろに飛んだ。
散らばっていたゼラチナスウォーグの体が核を中心に戻り、元の巨体が構成される。
アラタはゼラチナスウォーグのHPを確認する。
そこには、なんの慈悲もない数字があるだけだった。
HP124/124
クソがよ。
アラタは内心で悪態をつく。
どうやったらダメージが通るかわからない。
それにアラタのHPは20にまで減っていた。
先程の雨のせいだ。
あれに関しても、避けられるとは思えない。
アラタはこと回避に関しては相当な自信があるが、それでも降り注ぐ雨を全て避けきるのは不可能だ。
あれは、回避不可能の全体攻撃に違いない。
一旦退いて考えをまとめた方がいい。
アラタは振り返らずにバックステップで距離を開け、来た道から正方形フィールドの外に出た。
ゼラチナスウォーグが発狂した。
形態が突如竜巻状に変化し、恐ろしい速度で突進してきた。
「いやいやいや」
アラタはとにかく全力で逃げる。
こんなものは食らってみなくても轢かれれば即死だとわかる。
アラタは木々を避けながら駆けるが、ゼラチナスウォーグとの距離は徐々に縮まりつつある。
ゼラチナスウォーグの進路上にいたコボルトの、哀れな断末魔が聞こえた。
木々が倒れる轟音が恐ろしい。
このまま単純に逃げれば追いつかれて溶かされるのは目に見えている。
アラタは直線ではなく円を描くような軌道で逃げ、元の正方形フィールドを目指した。
なぜ発狂したのかは簡単だ。
それは、戦うべきフィールドから出たからだ。
ボス戦が始まっても移動を妨げるようなものはないが、この発狂モードで実質的に戦う場所を制限しているのだろう。
アラタはなんとかフィールドに戻り、遅れてゼラチナスウォーグも戻ってくる。
正方形のフィールドに戻ると、ゼラチナスウォーグは元のプリンのような形態に戻った。
一呼吸付く間もなく、ゼラチナスウォーグが震え、再びフィールドに飛び散った。
回避できる余地はあったはずなのに、アラタは液体を浴びてしまった。
アラタの位置からなら、ギリギリで正方形フィールドから出て避けることが叶ったはずだ。なのに、あの発狂モードが脳裏をよぎり僅かな判断の遅れがそれを許さなかった。
再びゼラチナスウォーグの触手が伸びる。
アラタはそれを避けながら深呼吸を入れる。
アラタのHPはもう4しかない。何かをくらえば即ゲームオーバーだ。
インベントリから虎の子のポーションを取り出し、瓶の口を雑に割って体にかけた。
これで飲むものだったらマジで死ぬ、と思いながらもHPは42まで戻っていた。
ゼラチナスウォーグが接近してきて、再び倒れ込むような攻撃。
アラタはそれをすんでのところで避けて刃を走らせるが、やはり手応えはなかった。
距離を取り、ゼラチナスウォーグのHPを確認する。
124/124
どうしてそれが表示されたのかわからないが、ゼラチナスウォーグのステータスに、追加された一項目があった。
おそらく戦闘時間か攻撃を当てた回数なのだろうが、そんなものは最早関係がないように思えた。
そこには、なんの慈悲もなくこうある。
完全物理耐性。
アラタは、笑うしかなかった。




