138.ニルヴァーナ
とりあえずでユキナの工房へと移動した。
一階の比較的散らかっていないスペースにアラタとユキナとパララメイヤの三人がいる。
メイリィは早く遊びたいらしく、ユキナの工房へは来なかったのだ。
「じゃあアラタさんは、そのお師匠様を探すためにアルカディアを続けることにしたんですか?」
「お師匠様って言い方は気になりますが、概ねそうです」
「なんや、ウチらに会いたいから戻ったと思ったのに」
それも一因ではあるのだが、口には出さないことにした。
出したら絶対に顔にも出てしまうと思う。
「で? なにかアテはあるん?」
「ないからこうして相談してるんですよ」
「ないんかい。何万人もいるプレイヤーの中から、しかもいつもインしてるかもわからないプレイヤーを探すのはなー」
「そうだ! 人探しの宝珠でしたっけ? ユキナさんを探すために使った。あれじゃダメなんですか?」
それはかなりいいアイデアに思えた。
NPCのドワーフからもらいうけたものなので正式な入手方法は不明だが、手に入れられればそれが一番手っ取り早い。
それに対して、ユキナが微妙な顔をしていた。
「いい案に思えますけど、何か問題でも?」
「あれなー、ウチも調べてみたけどな、外部のデータベースで見てもそんなアイテムはないんよ」
「いやだって、僕はそれでユキナを――――」
そこまで言って気付いた。
あれは確か星を追うもの由来のイベントだった気がする。
もしかしたら他に入手手段はないのかもしれない。
良い案だと思ったのに結局振り出しだ。
「せやんねー、それだとギルドを作るのがいいんちゃう?」
「ギルド、ですか?」
エバーファンタジーでの出来事を思い出したばかりなので、いいイメージのない言葉だった。
「ほら、そのヴァンさんだってアラタを避けてるわけじゃないんやろ?」
アラタにとってそれはちょっとした盲点だった。
今までの消息不明具合からアラタを避けているような印象を受けていたが、別にそうと決まったわけではない。
「それはわからないですが……」
「名の知れたギルドのマスターなら、ヴァンさんの目にも入るかもしれないやろ?」
「マスターって、僕がですか!?」
「他に誰がいんねん」
「ガラじゃないですよ!」
とはいえ、そう馬鹿らしいアイデアでもないとは思った。
他にできることはないし、アルカディアの2ndフェーズは仲間と知り合ったり、ギルドを設立してメンバーを集めるのを主目的にしたフェーズだ。
その通りのことをするのは遊戯領域を遊ぶ意味でも意味のある行為ではある。
「じゃあ他になにかいい案があるん?」
「それは……ないですけど」
「なら決まりや! ね?」
やけにユキナの押しが強い気がした。
「なにか裏があるんじゃないですか?」
アラタは先ほどの賭けを思い出していた。
またそういったことのダシにされるのはごめんだ。
「あるよー、もちろん」
「今度はなんです?」
「ギルド作るんならアラタがマスターよなってメイヤちゃんと話してたんよ」
「なんでいきなりそうなるんですか」
「だって、ウチにメイヤちゃんにメイリィに、ヤンあたりも誘って、オマケにロンもつけてギルドを作ったら楽しそうやない?」
そんなに素直に言われると、アラタは反応に困った。
ユキナのことだからてっきり金が絡む話に繋がるのではと思っていたのだ。
「その面子で遊ぶにしても、僕がマスターをやる必要はないでしょう」
「ウチらはアラタがマスターで満場一致や」
「わたしからもお願いしたいんですが、どうでしょうか?」
パララメイヤが見つめてくる。
そこから、シャンバラでのパララメイヤを思い出した。
今アラタは、あの鵯から頼まれているのだ。
嘘だろ、と思うが揺るぎない現実だ。
「考えさせてください」
「なんで嫌なん?」
「ガラじゃないですし、ギルドってやつにはちょっとした苦い思い出もあるので」
「ちょっとした苦い思い出、それってもしかしてエバーファンタジーの話ですか?」
「どうしてそれを?」
パララメイヤの口からその名前が出てくるのはかなり意外だった。
「いえ、ちょっと聞いたことがあって……」
パララメイヤのことだから、アラタの経歴を調べ上げていても不思議ではない。
その過程で過去の出来事について何か知ったのかもしれない。
微妙な雰囲気になってしまい、それを晴らすようにユキナが口を開いた。
「まあ任せるわ。ウチは商売関係で動きたいけど、二人はどうするん?」
「わたしは色々と調べ物をしたいと思っています。追加されたサブクエスト関係とかそのあたりを」
「アラタは?」
「僕は――――考え中です。とりあえず統合された世界ってやつを見物でもしてみようかなと」
「追加されたメインクエストを受けたいなら、アヴァロニアのお姫様のところに行けばいいらしいよ」
「メインクエスト、ですか」
「あとな、ギルド設立のためのクエストはアルパ、ペータ、カンマ、最初の街ならどこからでも受注できるからね」
「考え中ですって」
「わかっとるよ。それじゃあ解散しよか」
***
そういうわけで、アルパの街に戻ってみた。
第一印象は、とにかくプレイヤーが多いということだ。
ミラーが多数あった時とは比べ物にならない。
ミラーを統合とは言うが、どうやらプレイヤーが多い場所限定でミラーが作られるようだ。
現に今もアルパの街はABCの3つのミラーが作られている。
統合前と違う点は、ミラーを自由に行き来できるところだ。
ポータルから別のミラーに移動ができるらしい。
こうなると、ヴァンを探すのはさらに難しくなっている気がする。
仮に同じ街に滞在できたとしても、人が多かったら別のミラーになってしまう可能性がある。
アラタは足の赴くままに街を歩いた。
歩いていて感じたのは、アラタを見る奇異の目がなくなったことだ。
これは大きな変化だった。
その証拠に、ばんばんギルドへの勧誘で話かけられた。
アルパの街で勧誘と言うと最初の最初にアルカディアに来た時の事を思い出す。
ユグドラ、だったか。
メイリィが裏で良くない噂のあるギルドだと言っていたが、事実なのだろうか。
とにかく、また一つ呪縛が解けた気はした。
ミラー42では危険人物扱いだったが、すべてのミラーが統合されてしまえば、ミラーのひとつで問題があったかもしれない人物程度でしかないのだ。
ギルドのマスター。
本当にガラではないと思う。
仲間うちだったらユキナが最適任な気もするが、そこらへんは商売に注力したいなどの事情があるのだろう。
歩きながらも、アラタは自然にギルドの名前を考え始めていた。
ヴァンを本気で探すならば、ギルドの設立は意味のある行為ではある。
ヴァンの目につくのを目的にするなら、ネハンの名前を使うのもそう悪くないかもしれない。
ただ、それはあまりにも直球過ぎるし、アラタにとってネハンは特別な意味を持つ名前だ。
アラタは冒険者ギルドに入り、ギルド設立のための窓口に並んだ。
メンテ後の臨時で窓口を増設しているらしく、並びの人数は多かったが待ち時間はそれほどでもなかった。
「ギルドの設立をご希望ですか?」
窓口の係員が愛想良く言った。
「お願いします」
「では、この書類に必要事項を記入してくださいね」
書類と言いつつも、羊皮紙の表面にあらわれているのはどう見たってデジタルなウィンドウだ。
文句を言いながらも、ユキナにギルドを作れと言われた時には、心は決まっていたのかもしれない。
アラタは必要事項を記入し、最後にギルド名を記入する。
ネハンの別言語。
これならヴァンも気付くかもしれない。
ギルド名の欄には『ニルヴァ―ナ』と記入した。




