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135/202

135.当然の結果


 アラタはギルドメンバーの一覧からシンユーの居場所を確認する。

 シンユーは未だに嘆きの峡谷の付近にいるようだった。

 

 アラタは迷うことなく付近のワープゲートに飛んだ。

 

 アラタの心は既に決まっている。

 ヴァンのいない間はヴァンの代わりになるのだ。

 きっとヴァンはそう望んだはずで、だから戦神のアミュレットを渡したのだ。

 戦神のアミュレットは所持者が一定期間ログインしないと、システムに回収されてしまうらしい。

 ヴァンは、アラタなら自分が不在の間、戦神のアミュレットを維持できると考えたのだろう。

 アラタはそうに違いないと思い込んだ。


 ワープゲートを抜けた瞬間に念信が飛んできた。


XINYU-RES:戻ってきたんだ。


 念信が届くギリギリの範囲にいるのか、シンユーの姿は見当たらない。


XINYU-RES:ギルドハウスにいたみたいだから、リリスあたりから事情を聞いたかな?

ARATA-RES:戦神のアミュレットを手に入れるためにギルドに入ったというのは本当なんですか?

XINYU-RES:その質問、答えなきゃだめかな?


 アラタの返信がないことから感情を察したのか、シンユーはすぐに念信を飛ばしてきた。


XINYU-RES:冗談だよ。本当さ。僕らは戦神のアミュレットを手に入れるためにここにいる。

ARATA-RES:だから僕を攻撃したと。

XINYU-RES:逃げられるとは思わなかったけどね。アラタくんも成長したものだ。


 戦いたいとは、全く思わなかった。

 アラタが手合わせをしたことがあるのはクラウディアとケンジロウだけで、シンユーとリリスとは戦ったことがなかった。

 いつか戦ってみたい、そう考えていたのに、今はそんな気持ちは微塵も湧いてこなかった。


XINYU-RES:それで、なんで戻ってきたんだい?

ARATA-RES:シンユーさんと戦うために。

XINYU-RES:ユーモアのセンスも成長したのかい?

ARATA-RES:僕は師匠の代わりになります。

XINYU-RES:代わり?

ARATA-RES:挑んでくる相手、すべてを返り討ちにします。

XINYU-RES:つまり、僕を倒すと。勝てると思ってるのかい?

ARATA-RES:勝ちます、勝ってみせます。


 念信の奥から、あざ笑うような気配があった。


XINYU-RES:君に負けるようなら、僕は引退するよ。

ARATA-RES:しないでください。また一緒にクエストに行きましょうよ。

XINYU-RES:アラタくん、なにかおかしくなってる?

ARATA-RES:  ?  :IMAGE ONLY

XINYU-RES:まあいいや。


 遠く、視界のギリギリにシンユーの姿が見えた。


 アラタは集中し、意識を手放した。

 

 遠くに見えるシンユーは、槍を取り出している。


 何も考えないで行く。

 下手に考えて手が読まれるほど馬鹿らしいことはない。

 そして、それはかなりあり得る話だった。

 シンユーとは、それくらい一緒に遊んだのだから。


 戦略もなにもなく、直感だけで行く。アラタはそう決めた。


XINYU-RES:来なよ。


 アラタの意識が沈み、戦意だけが浮き上がっていく。


ARATA-RES:行きます。



***



CLAUDIA-RES:次はあたしのところに来るんだ?

ARATA-RES:僕が来なくても、クラウディアさんの方から来るでしょう?

CLAUDIA-RES:しかしシンユーがやられちゃうなんてね。アラタ少年も立派になったね。


 クラウディアは飛龍の丘にいた。

 高難易度のダンジョンで、滅多に人は寄り付かない。

 単純に狩りをしていた可能性もあるが、アラタは自分を誘うためにわざわざ人気のない場所にいると考えていた。


ARATA-RES:クラウディアさんも、戦神のアミュレットを手に入れるためにネハンにいたのですか?

CLAUDIA-RES:そうだよー、遊戯領域で遊んでるだけで好きな暮らしができるなんて夢みたいじゃない?

ARATA-RES:師匠に挑んでるようには見えませんでした。

CLAUDIA-RES:勝算がないもの。あたしらはさ、もうずっと死んでないから怨恨ランカーが溜まりに溜まってる、だから気軽に戦えないの。

ARATA-RES:では僕とはどうですか?

CLAUDIA-RES:喜んで戦うわ。勝算があるもの。


 アラタ自身は冷静なつもりであったが、実際のところは完全にキレていた。

 みんなで楽しく過ごせていれば現実シャンバラでの暮らしなどどうでもいいだろうに、なぜそれをぶち壊すようなことをするのか。

 もしクラウディアが戦神のアミュレットを手に入れたら、間違いなくネハンからは去るだろう。

 それが許せなかった。


 あとから考えると、完全な遊戯領域ゲーム脳としか言いようがない。

 アラタはネバーファンタジーでの生活が楽しすぎて、それ以外のことは何も考えなかった。

 だからこそ、その楽しさを揺るがす出来事に心底動揺したのだ。


ARATA-RES:大丈夫ですから。


 クラウディアが丘の上で構えていた。

 手には既に鞭が握られている。


CLAUDIA-RES:大丈夫って、何が?


 アラタの手には双剣。

 身を沈め、いつでも突っ込める体勢を取っている。


ARATA-RES:クラウディアさんも、僕が倒しますから。

CLAUDIA-RES:なにそれ。

ARATA-RES:師匠には勝算がないから挑まなかったんですよね?

CLAUDIA-RES:キミにはそれはあるけどね。

ARATA-RES:じゃあそれをなくします。

CLAUDIA-RES:生意気過ぎるとかわいいと思えなくなるわね。


 クラウディアが鞭を振るった。

 空気を打つ凄まじい音がアラタの耳にまで届く。


CLAUDIA-RES:お仕置きしてあげる。



***


 

 信じられないことに、アラタはどうやって勝ったのか覚えていないのだ。

 シンユーにも、クラウディアにも。

 考えて戦った記憶はない。

 本能だけで戦った。だからこそ、勝てたのかもしれない。


 ただ、クラウディアに勝った時には瀕死だったことは覚えている。

 アイテムでの応急処置ではどうしようもない重症だ。

 右手はもげていたし、無事なところを探すほうが難しかった。


 怪我をしたらリリスのところ、というのは相場が決まっている。

 なのでアラタはギルドハウスへと戻った。

 

 リリスはいつもの部屋ではなく、庭にいた。

 

「アラタくん!! 大丈夫ですか!?」

「なんとか生きてますよ」


 アラタはそう言って力なく笑った。

 リリスが駆け寄ってきて、アラタに手を伸ばした。


「今治しますからね」


 違和感はあったのだ。

 理屈抜きで、何かがおかしいと感じていた。


 リリスの手がアラタに触れる。

 そしてその手は、淡く光るのではなく、闇色のオーラに包まれていた。


 咄嗟に飛び退いたが間に合わなかった。

 アラタは瀕死であり、まともに動ける身体ではない。

 いつもなら避けられていたかもしれないが、反応に身体がついていかなかった。


 アラタは叫んだ。


「ッッッッ!! なにをッ!!!!」


 リリスはいつも通りの柔和な笑顔を浮かべていた。


「何って、呪いですよ。呪術師ですから。こんなことしなくても大丈夫だと思いますが、念には念をね」

「まさかアナタも……」

「アラタくんには普通じゃない何かがありますからね。だからマスターに気に入られたんでしょう。何をしでかすかわからない相手には絶対に勝てる状態で戦うのが私の信条です。アラタくんを他のギルメンにぶつけて漁夫の利を、と思いましたが、アラタくんが勝ってしまうなんてね。まあ私の戦略が正しかったと証明できて、これはこれで悪くないですよ」


 考えてみれば当たり前の話だったのだ。

 リリスはネハンがヴァンを狙うものの集まりだと言っていた。

 ならば、リリスも当然そうであるはずなのだ。


「泣かないで。私もこんなことしたいわけじゃありませんから。ところで身体は動きますか?」


 重いなんてものではなかった。

 身体がまともに動かせない。口を開くことすら難しい。


 アラタの反応がないことが質問の答えだった。

 リリスはそれを確認してニコリと笑った。


「よかった。では嫌なことはさっと終わらせましょう」


 リリスの手に、儀礼用の短剣が現れた。


 網膜に映るステータス欄には、絶望的な量のデバフが表示されていた。

 スキルどころかご丁寧にアイテム使用まで封じられて、本当にどうしようもない。


 師匠の代わりになるはずだったのに、負けたらおしまいであるはずなのに、負けが確定してしまっている。

 その状況に、アラタは心底絶望した。


「リベンジはしないでくださいね、面倒ですから。それじゃあ」


 リリスの短剣が振るわれる。

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