132.楽しき日々
それから半年は、アラタの人生で最も楽しかった時期かもしれない。
なんだかんだでギルドの面々はアラタの面倒を見てくれた。
暇だったのもあるだろうし、アラタが若かったせいもあるだろう。
この時期のアラタは、客観的に見ても相当可愛がられていたと思う。
シンユーには、アイテムについて色々と教えてもらった。
夜の薔薇の価値を理解せずに影の森に陣取ってたと言った時は、さすがに大笑いされた。
アイテムに詳しいだけの優男かと思っていたが、やはりネハンの一員だけあって相当な凄腕だった。
最初の頃は、高難易度の採取クエストで足を引っ張らないだけで精一杯であったが、次第に役に立てるようになっていった。
当初はアラタの方から連れて行ってくれと頼んだものだが、半年が経つ頃にはシンユーから手伝いを頼まれるようになっていた。
悪い気分ではなかった。
クラウディアからは、メインクエストの進行を手伝ってもらった。
チュートリアルを終えたらメインクエストもせずに人狩りをしていたことには呆れられた。
クラウディアは「じゃああたしはメインクエストを手伝ってあげよっか」と言ってくれた。
アラタは断った。アラタはエバーファンタジーのストーリーには興味がなかったからだ。
「じゃあアラタくんの大好きなPvPで決めようよ。あたしが勝ったらやってもらうからね」
普通に負けた。
クラウディアの鞭の動きは鋭く、近づくことすらできなかった。
結局首根っこを掴まれてはじまりの街まで連れて行かれて、半ば強制的にメインクエストを始めさせられた。
しかし始めて見ればそう悪いものでもなかった。
クラウディアがストーリーについて逐一教えてくれたおかげでもあったと思う。
エバーファンタジーのメインクエストは、王国の裏で暗躍する邪教と対峙するといったもので、三ヶ月が経つ頃にはアラタは国一番の英雄になっていた。
英雄といってもメインクエストをクリアしたプレイヤーは全員国一番の英雄なわけだが、とにかくアラタはようやく他のプレイヤーに並んだわけだ。
メインクエストを手伝ってもらう過程で、クラウディア繋がりから知り合いが増えたのもこの頃だった。
アラタ側からはフレンド申請はしなかったが、手伝ってくれた人たちはだいたいフレンドになってくれた。
当時のアラタが考えていた友達といえば、スクールにいた毎日のように遊ぶ友達といったイメージだったが、遊戯領域ではそれよりもずっとライトにフレンドになるものらしい。
その内の何人かとはサブクエストに一緒に行ったりもした。いい思い出だ。
ケンジロウに関してはなんとも言えなかった。
面倒見はいいのだ。なんだかんだ文句を言いつつも、聞いたことはしっかり教えてくれるし、それ以外の世話を焼いてくれている様子がある。
しかし口がいけない。
アラタが強気な発言をすると「イキリクソメガネ」とバカにしてくるのだ。
アラタはできることには強気になるし、できないことに強気な発言はしない。
そのあたりをケンジロウはわかってないのではないかと思う。
リリスのところに行くのはだいたいヴァンにメタクソにやられたあとだった。
さすがのヴァンも、アラタがギルドに入ってからはキルしたりはしなかった。
絶妙な加減で半殺しにされるのはそれはそれでムカついたが、デスペナルティをくらわなくなったのは正直ありがたかった。
「またやられたんですか……」
と言いつつも、リリスはいつも柔和な笑顔で出迎えて傷を癒やしてくれた。
リリスは呪術師だが、回復にも振っていてギルドで何かのコンテンツをやる時にはヒーラーとして動けるようにしているらしい。
リリスはギルドメンバーで最弱を自称していたが、アラタが「それは僕も含めてですか?」と聞いたら、ニコリと笑うだけで返事はなかった。
アラタは背筋に悪寒が走り、それ以上聞くことはしなかった。
この半年間には、本当に色々なことがあった。
ギルドで貴重な宝の地図からトレジャーハントをして、大外れを引いた思い出。
周りを巻き込んで迷惑をかけていたギルド同士の抗争を、ネハンの面子で両成敗して喝采を浴びた思い出。
全ギルドでの団体戦で優勝した思い出。
今思い出しても自然と笑顔が浮かんでしまうような、そんな思い出だ。
他にこの期間で特筆すべきことと言えば、モテたことだ。
有名ギルドのメンバーというのは、アラタが想像できないほどのステータスらしい。
可愛らしい女性アバターのプレイヤーからの誘いを断るのは、若きアラタ少年にはなかなか難しかった。
そうして現実で現実を知る羽目になったわけだ。
このことをケンジロウに話したら、クソほど笑われた。
「ウヒャヒャヒャヒャ、お前マジかよ。マジで行ったの?」
「行きましたよ。メスのオークキングがいました」
「ウヒヒ、女なだけマシじゃねーか」
「男の時もありましたよ」
「まあいい勉強になっただろ。仮面舞踏会領域じゃ相手の見た目なんて気にするなってことだ。中身を見抜ける目を持て」
「そんなこと言ったって、話してるだけじゃ相手の性別なんてわかりませんよ」
そこでケンジロウは意外そうな顔を作って、
「つーことはもしかして、オレが女だってことも気付いてないわけか?」
アラタの中に、今までの人生で一番かもしれない衝撃が走った。
「男じゃないんですか!?」
「男だよ、ウソに決まってんだろ」
アラタは本気で殺す気で追いかけた。
ケンジロウは脱兎のごとく逃げ出して、結局追いつくことはできなかった。
そうした日々を経て、アラタがすっかりネハンの一員になった頃、ヴァンに呼び出されたのだ。
ヴァンからの呼び出しはいつものことだった。
大体は自殺願望のある奴しか受けないようなクエストに強制連行されるのが常だった。
たまにネバーファンタジー内の絶景ツアーだったりすることもあるが、だいたいはクエストだった。
だから、アラタはそのつもりで向かったのだ。
ずっとこんな日々が続くだろうことに、疑うこともなく。
日々の終わりが来るなど、思いもせずに。




