131.ネハンへの加入
アラタは既に二十四回恥ずかしい思いをしていた。
まるで歯が立たなかった。
アラタは自分の敗因すらよくわかっていなかった。
ヴァンが何をしているのかすら把握できないのだ。
早すぎるし、上手すぎた。攻めたと思ったら意識が消失している。
そんな戦いにもなっていない戦いが二十四回繰り返された。
それでもアラタは懲りずに影の森にリスポーンし続けた。
もはや意地だった。
死んだ場所以外の街にリスポーンすることも無論できるが、アラタはそれをしない。
経験値も装備も失われ、戦力は激減している。
そんな状態でもアラタはヴァン・アッシュに挑み続けた。
とはいえ全く勝ち目がないわけではないと、アラタは考えていた。
腹のたつことに、アラタが装備を失ったら、ヴァンもまた装備を外して素手で相手をしてきたからだ。
結局は勝負にならなかったのだが。
アラタの二十五度目のリスポーン。
もうヤケクソだった。
勝てる勝てないよりも意地の問題だ。
ヴァンだっていつかは飽きるはずだ。
そうやって退いてくれればアラタの方だっていくらか溜飲が下がる。
アラタのインを確認したヴァンが、呆れ顔で言った。
「懲りないねぇ、お前も。だいたい勝つ気あんのか?」
アラタは答えない。すべて見透かされているようでイライラする。
「ガキかよ。いや待った」
仕掛けようとするアラタを、ヴァンは手で制した。
「お前、もしかして本当にガキだったりするか?」
「スクールは卒業しています」
「スクールって……年齢は?」
「十二」
「ガキじゃねーか!!」
ヴァンは右手で髪の毛を掻きむしりながら、
「おいおいマジか。通りでガキっぽいと思ってたんだよ。ガキならガキらしく人狩りなんてせずに健全に遊べ、健全に。エバーファンタジーになんて来ずにプーさんのはちみつランドにでも行っとけよ」
「僕がどこに行こうと自由でしょ」
「しかし十二かぁ……」
ヴァンのアラタを見る眼差しが変わった気がした。
何か面白いことを思いついたような、そんな顔をしていた。
「十二でそれならまあ、天狗になってもおかしかないわな」
アラタはヴァンを睨んだ。
その鼻をへし折ったのは誰だと文句も言いたかったが、言ったら負けを認めるようなものだ。
「なあ、思ったんだが、お前ウチのギルドに来ないか?」
「は?」
「見たとこお前、友達いないだろ?」
図星だった。
だからこそアラタは答えない。
「俺がマスターをしてるネハンってギルドがあんだよ。お前が良けりゃあウチに来ないか?」
アラタは一瞬返答に迷ったが、ヴァンから目を逸らさずに答えた。
「良くないですよ。なんで敵のギルドに入らなきゃいけないんですか」
嘘だった。
本当はその誘いに心惹かれていた。
アラタがなぜ影の森を陣取って人狩りをしていたかと言えば、遊び方がよくわからなかったからというのが一つの要因だった。
正確に言えば、他のプレイヤーと関わっての遊び方だ。
周りのプレイヤーはおそらく大人だらけで、アラタが間違いなく最年少だろう。
そんな大人とどう遊べばいいのかわからなかった。
かといってフォーラムから若いグループを探して仲間に入れてもらうのも嫌だった。
そのような馴れ合いはカッコ悪いと思ったのだ。
そんなアラタを見てヴァンは笑った。
「敵か、こいつはずいぶんと嫌われたもんだな」
「二十四回も殺されれば誰だって嫌いになりますよ」
「なあ、お前俺に勝ちたいか?」
何を今更、とアラタは思った。
だからアラタは即答した。
「勝ちたいですよ」
「じゃあ俺が鍛えてやるよ。ウチに来れば俺を倒せるように鍛えてやる」
何を言っているんだコイツは、とアラタは思った。
ただ、それはアラタにとっての絶好の言い訳であった。
アラタとしては、正直他のプレイヤーと関わって遊んでみたいのだ。
けれど「いーれーてー」を言うのは恥ずかしいしカッコ悪いから嫌だ。
そんなアラタにとって、仕方なく入ってやると言えるこの機会は極めて魅力的だった。
「本当ですか?」
「お?」
「あなたのギルドに入れば、本当にあなたに勝てるようにしてくれますか?」
ヴァンがニヤリと笑った。
「男の約束だ。ウチに来ればお前を俺に勝てるくらい強くしてやるよ」
実際、信じられるかどうかは関係なかったのだ。
むしろアラタはヴァンのこの言葉を信じてはいなかった。
正直なところ、ヴァン・アッシュは今の自分とは次元が違うと感じていた。
それどころか、今まで戦ったあらゆるプレイヤーと比べるのも馬鹿らしい差があった。
何か人間ではない、怪物か妖怪でも相手にしているような気分だった。
そんな相手に追いつけるとは思わなかったのだ。
それでも、アラタはこう答えた。
「記録しましたからね」
「いくらでもしてくれ。俺は約束は守る」
今にして思えば、ヴァンは孤立しているアラタを助けてくれたのかもしれない。
というかたぶんそうなのだろう。
ネハンに入りたいというプレイヤーは山程いたが、ヴァンはそのすべてを断っていたのだから。
とにかく、若かりしアラタは「仕方なく」エバーファンタジーのPKありミラーの、最強ギルドに入ることになったのだ。
アラタの網膜にギルド加入の勧誘が表示されていた。
これを見るのは最初の街で、新規プレイヤーになら誰でも勧誘を飛ばすギルドから誘いを受けた時以来だ。
顔には出さなかったし、口にも出さなかったが、アラタはワクワクしながら加入に視線をポイントした。
「よし、じゃあ行くか」
「どこへですか?」
「そりゃあ、ウチの拠点だよ」
***
ネハンの拠点はヴィーネ・ロマンツァにあった。
アラタでも知っている、エバーファンタジーで一番人気の別荘地だった。
しかも高台にある一等地で、それだけでネハンとやらが普通ではないのはよくわかった。
しかし大邸宅と言っていいその拠点の談話室に集まったのは、アラタとヴァンを含めても五人だけだった。
アラタは幹部会のようなものなのかと思ったが、ギルドに加入したことによって見られるようになったギルド名簿には五人の名前しかなかった。
「おいおい大将、なんの冗談だよコイツぁ」
そう言ったのはガラの悪そうな男だった。
顔に装飾として傷まで作っていて、装備も黒塗りで威圧感のあるものをつけていた。
その顔つきは凶悪で、他人の不幸に平然と爆笑しそうな雰囲気がある。
「新入りだ、よろしくやってくれ」
「よろしくって言われても、アラタ・トカシキってあの森のやつだろ?」
「そうだ、面白そうだから連れてきた」
「なんでコイツなんだよ、普段は入団願いなんて全部断る癖によ」
「不満か?」
「ああ不満だね。こんな馬の骨を入れてちゃあネハンの質が下がるだろ」
「じゃあお前が色々教えてやってくれ」
「あ!?」
「アラタ、コイツはケンジロウだ。わからないことがあったらコイツに聞いてくれ」
「待て待てオレは承知してねぇぞ」
「ガキ相手には優しくしてやれ」
「ガキってアバターの話だろ」
「いや、実際十二のガキらしい」
ケンジロウはアラタを見て目を見開いていた。
「けっこーな被害が出てたって話だが、スクール通いのガキがやってたってのか?」
「スクールは卒業してますよ」
アラタはようやく口を出した。
「とにかく任せたぞ。他に異論のあるヤツはいるか?」
ヴァンが他のメンツを見回しながら言った。
「異論って、あっても聞いちゃくれないでしょ?」
そういったのは目の細い優男だった。
「聞いちゃあやるよ、聞くだけだがな」
「でしょうね」
「アラタ、この糸目はシンユーだ」
「よろしく」
シンユーは軽く会釈した。
ヴァンが次に紹介したのは、派手な女性だった。
「こっちはクラウディア」
「よろしくー」
とクラウディアは気楽な感じで手を振っていた。
「最後は私ですかね。リリスです、怪我をしたら私のところに来てくださいね」
リリスは柔和な笑顔を浮かべるメガネをした女性だった。
「えーと、よろしくお願いします」
戸惑いながらも、アラタはそれだけ言った。
「こんなとこか。あと言い忘れてたけど俺のことは師匠って呼ぶようにな」
「は!? 聞いてないですよそんなの!」
「言ってね―からな。一度は呼ばれてみたかったんだよ。鍛えてやるんならちょうどいいだろ」
「じゃあ抜けます」
「お、逃げんのか?」
冗談抜きで背を向けていたアラタは、その言葉を聞いてヴァンに振り返った。
「今なんて?」
「逃げんのか?」
「逃げませんよ」
「わかった、じゃあ条件をつけよう。今から両手を使わずに相手してやる。それで一発でも俺に入れられたら呼ばなくていい」
言い返したい気持ちもあったが、ボコボコにされた記憶から何も言わない方がいいと思った。
「その前に一つだけ聞いていいですか?」
「なんだ?」
「あそこにある――――」
アラタは壁際の絵を指差し、ヴァンがそちらを向いた瞬間に仕掛けた。
十四秒後、アラタはヴァンのことを師匠と呼ぶことになった。
誤字脱字報告ありがとうございます。
大変助かります。




