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129.過去からの呼び声


 アラタはキョウから個人領域に戻っていた。

 六畳間の布団の上で大の字になっている。

 天井から吊り下がった照明が目に入るが、アラタはそれを見てはいない。

 見るともなしに天井を見ながら、この三日間に起きたことを振り返っていた。


 メイリィと、パララメイヤと、ユキナにシャンバラで会ったことをだ。

 

 メイリィはメイリィだった。

 見た目こそ違ったが、なんの違和感もなく接することができた。

 まさかシャンバラでリベンジを挑まれるとは思わなかったが。


 いい勝負だったと思う。やはりメイリィ・メイリィ・ウォープルーフの力量は相当なものだ。

 先制攻撃を許した時点で、アラタの分はかなり悪かった。

 おそらくあの状態から勝てるのは、十回やって二回がいいところではないかと振り返って思う。

 ただその二回が先に来たというだけで拾えた勝負だ。

 不利を覆した記憶が蘇り、若干ながら興奮が蘇る。

 あの戦いが楽しくなかったと言えば嘘になる。


 パララメイヤとの邂逅は、予想外の連続だった。

 Beginner Visionのインタビュー映像を呼び出してみる。

 宙に現れたウィンドウには、どこからどう見てもパララメイヤが映っていた。

 未だに信じられない話だが、現実は受け入れるしかないのだろう。

 Beginner Visionの鵯こそがパララメイヤなのだ。

 そしてそのパララメイヤはアラタのファンだという。


 アラタは自分の感情が嬉しいのかすらわからない。

 現実離れしすぎていて頭で理解できていないのとは違う。

 なんだかくすぐったいような、居ても立っても居られないような、そんな落ち着きがない何かがあるのだが、この感情の名称がわからないのだ。


 パララメイヤが曲のほとんどはアラタの追想リプレイから着想したものだと言っていたが、改めて聞いてみると驚くほどその通りに思えた。

 どれもこれも、言われて見ればあの遊戯領域が元か、とすぐわかるのだ。

 だからと言って気付かないのが間抜けということはないだろう。

 まさか雲の上の存在だと思っていたアイドルの曲が、自分の物語だなんて考えるはずはないのだから。


 パララメイヤはアラタのために、復帰後のライブ席の最前列を約束してくれた。

 楽しみといえば楽しみだが、集中して楽しめるかは不安もある。

 とはいえ、未来に明るい予定があるのは喜ばしいことかもしれない。


 最後はユキナだ。

 あれはなんだったのだろう。

 結論からいえばアラタはとてつもない名家のお嬢様の結婚相手候補(嘘)になったらしい。

 キョウでは何もかも初めての経験だらけだった。


 特に印象に残るのはやはり道場での戦いだろう。

 シャンバラで実際に喧嘩をすることになるなど、思いもしなかった。

 それにアラタはなんとか勝利したのだ。

 ユキナが抱きついてきたことが思い出される。柔らかい感触にいい匂い。

 アラタは首を振って記憶を振り払う。

 しかし、シャンバラであんな美人を実際に見たのは初めてかもしれない。

 ショーの芸能人でも中々見ないレベルだ。

 

 縁側でのやり取りを思い出す。

 ユキナの考えていることがまったくわからない。

 もしやアラタのことが本当に好きなのではとも思うが、アラタは過去の経験から自分を戒める。

 普段から女性と接していないと、男は話しかけられただけでも「コイツ、もしかして俺に気があるのでは」と思ってしまうものである。

 実に恥ずかしながら、アラタにもそういう経験がある。

 だからそんな都合のいい話があるはずはないのだ。

 

 なんにせよ、シャンバラでもユキナとの繋がりは続く気がする。

 パララメイヤとも続くだろう。

 メイリィとはどうか。遊戯領域で一緒に遊ぼうと誘われて、気付いたらまた戦っていそうな気もする。


 友達ができた、のだろう。

 この十年、ほとんど人と関わらずに生きてきたアラタにも。


 それもこれもアルカディアに行ったからだ。

 アルカディアではとんでもない目にあったが、悪いことばかりではなかったのかもしれない。

 一人でソロゲーを続けるのとは、全く違った体験ができた。


 だが、やはり危険過ぎる。

 他のプレイヤーはごく普通の遊戯領域として遊んでいるみたいだが、あれはどう考えても普通ではない。

 深入りすれば、今まで以上にろくでもないことに巻き込まれる予感がする。

 それにエデン人の手のひらの上で踊るのも勘弁だ。

 ネメシスの話を信じるならば、アラタの追想リプレイがエデン人の娯楽として提供されるという。

 自分から追想を開示するならともかく、勝手に娯楽にされるのはごめんだ。


 後ろ髪をひかれるが、やはり戻らないことにしようと思う。

 明日の昼にはメンテが開ける。

 メイリィも、パララメイヤも、ユキナもすぐにインすることだろう。

 またアルカディアで会いたい気持ちがないといえば嘘になるが、この繋がりはシャンバラでも続く気がした。きっと時間が経てばまた会う機会もあるだろう。


 唯一気になるのは師匠の幻影だった。

 ヴァン・アッシュ。

 かつて遊戯領域のイロハをアラタに叩き込んだ人物。

 最後に見たアバターは、どう見ても師匠のそれに見えた。

 失踪し、この十年なんの手がかりもつかめなかった師匠に。


 あの幻影はほぼ間違いなくエデン人が作り出した何かだろう。

 アラタの心を最も揺さぶる何かを持ってきたのはさすがと言わざるを得ない。

 だからこそ戻らない決心が固まった。

 アラタはそういうところは天邪鬼だ。素直に動いてはやらない。


 アラタは布団から起き上がり伸びをした。

 もう結構な時間だった。時計を呼び出すと、時刻は23時41分。


 戻らないことについて、三人に連絡くらいは入れておこうかと思った。

 念信にするか、他の連絡手段にするか。


 そこでようやく気がついた。

 アラタの個人領域に、原始メールが届いているのだ。

 領域のステータスに、確かに一件のメール通知が来ている。


 アラタの領域に原始メールが届いたことなどほとんどない。

 宛名を確認すると、そこにはケンジロウ・イノカワの名前があった。

 かつてのエバーファンタジーの仲間で、今も唯一繋がりがある人物だ。


 わざわざメールを使っているということは、アラタがアルカディアにいる間に来たものだろう。

 確認すると着信は一週間ほど前だった。


 いったい何の知らせだ。アラタは疑問に思う。

 見れば早いのに、その特異性からメールを開くまでにだいぶ迷った。

 

 直接連絡を取ってみようかとも思うが、それにしてもまずメールを見てからだろう。


 アラタはメールを開いた。

 そこにはアラタに伝えたい要件が一行書いてあるだけだった。

 一切の無駄がなく、ちょっとぶっきらぼうな感じのするあたりがケンジロウらしい。


 その一行は、アラタにアルカディアに戻る意味を与えてしまった。

 そこにはこう書いてある。



 ヴァン・アッシュはアルカディアにいるぞ。

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