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128.楽しき語らい


 めちゃくちゃいい匂いがした。

 ユキナからメガネを返してもらうために近づいたら、いきなり抱きつかれたのだ。


「おおきに!! アラタなら勝てるって信じてたんよ!!」


 現実シャンバラで抱擁されるなんて、初めての経験だった。

 アラタは離れの縁側でその時のことを悶々と思い出していた。


「どしたん? ボーっとして」


 隣に座っていたユキナが心配そうに覗き込んできた。


「いえ、立派な庭だなーと」


 嘘をついた。まさかユキナに抱きつかれた時のことを思い出して悶々としていましたなんて言えない。


 あの後アラタとユキナは離れに通されて、そこでのんびりとしていた。

 ロンは席を外して完全に二人きりだ。そのあたりも親公認になってしまったアレなのかもしれないが、軽い考えでフリをした身からするとそいつはどうにも重すぎた。

 ふたりは縁側から足を投げ出してぶらぶらとさせて、庭を眺めていた。


 ユキナの家の離れの庭は、かなり特殊なものだった。

 砂と石だけで、芝生などといった緑がほぼないのだ。

 庭の中にある緑と言えば僅かな苔と木のみだ。

 特徴的なのは、砂で描かれた模様だろう。配置された石を中心に、波紋のような模様が描かれているのだ。

 ライブラリに照合させたところ、枯山水という種別の庭らしい。


「ほんと? 交際相手のフリをしたことについて考えてたんちゃう?」

「それはまあ、なくはないです。しかしずいぶんとすんなり認められてしまうんですね」

「すんなりやないよー。ウチが何度も交渉に交渉を重ねて、ようやくたどり着いた落とし所やもん。見えないところで苦労しとるの」


 ユキナはうんざりしたように言った。


「それもこれで終わりや! ウチは自由や!!」


 ユキナが高らかに腕を掲げる。


「これからどうするんですか? その、親父さんからはそういう関係だと思われるわけで」

「とりあえず一緒に遊んでたらいいんちゃう? それで付き合ってるように見えるやろ?」

「いやでも、もしまた親父さんからシャンバラでどうのって話が来たら困るじゃないですか」

「困るん?」

「それはそうでしょう、だって……」

「アラタはウチと一緒にいるのイヤってこと?」

「嫌じゃあないですけど」

「じゃあええんちゃう?」

「それでそのままなし崩しなんてことになっちゃったら」

「なったら、イヤなん?」


 ユキナはからかうような笑みを浮かべながらも、どこか真剣味があるように見えた。

 そんな顔で言われてイヤとはっきり答えられるヤツがいたら、そいつは何か精神に異常を抱えてると思う。


 ユキナの口元がにんまりと笑った。


「なーんて、冗談や冗談。おかしなことになったらうまくいかなかったとか、なんとでもなるよ」


 からかわれたのか。

 不覚にもアラタはドキリとしてしまった。

 メイリィだったら最初ハナから相手にしないような話だが、ユキナだと冗談と本音の境界が実にわかりにくい。


「なんとでもと言ったって、やっぱり先のことは色々考えておいた方が対処はしやすいじゃないですか」

「色々と考えてって、例えば?」


 目には目を、歯には歯を。冗談には冗談をだ。

 アラタはやられたらやり返すタイプである。


「そうですね、例えば子供は何人にしたいとか」

「えっ?」


 ユキナの目が真ん丸になってアラタを見ていた。

 頬が微かに紅潮し、本気で考えているような、そんな様子にすら見えた。


「えっと、ウチは……」


 アラタは怖くなってすぐに割り込んだ。


「すいません、冗談です」


 殴られるくらいの覚悟はした。

 だが、ユキナの反応はアラタの想像と違っていた。


「あっ? 冗談? せや、冗談や!」

「そうですよ、すいませんわかりにくくて」

「あはははは、いきなり過ぎてテンパったわ」


 ユキナの笑いが止むと、重苦しい沈黙が立ち込めた。

 なんだこの展開は。


 そんな二人に助け舟を出すように、女中がスイカとお茶を持ってきてくれた。


「スイカですか?」


 キョウの気候は春そのものだ。

 天気は良く、薄い水色の空が気持ちいい。

 アラタにとってスイカと言えば夏であり、いきなりスイカを出されると戸惑う程度の気温ではある。


「ウチが好きやからね、せっかくだし食べてや」


 スプーンですくって食べてみる。

 気分であろうとなかろうと、美味いものは美味い。

 みずみずしさの中にしっかりとした甘みがあって実においしい。

 銘柄を照合させると信じられないほどの高級品だったが、この家を見る感じだとこれは当たり前なのかもしれない。


「おいしいですね……」

「せやろ?」


 しばし二人は無言でシャリシャリとスイカを食べた。

 次に口を開いたのはユキナだった。


「そういえば、アラタはアルカディアの2ndフェーズはどうするん?」

「ああ、みんな気にしているそうですね」


 アラタは遊戯領域の話が始まったことに不思議と安堵した。


「色々キナくさいことがあって、アラタはやらんちゃうかなって話しとったんやけど」

「そうですね、そっち寄りで考え中というところです」


 気になることはいくつかあるのだ。

 アルカディア内で関わった仲間のこと、それにメンテナンス直前に見た師匠のようなアバター。


「ウチとしては一緒に遊びたいって思っとるんよ。メイリィにメイヤちゃんにアラタにロンに、結構いい感じやったんちゃう?」

「それはありますね」

「ウチはこれからもあんな感じで遊びたいなーって。だから一緒にやらん?」


 意外だった。ユキナがはっきりと誘ってくるとは。


「メイヤとは反対意見ですね。メイヤは危ないからやめたほうがいいと言ってましたよ」

「ウチもヤバいかと思うよ。エデン人が何かしてるっていうのは。正直通報してアルカディアを止めた方がいいのかもしらん」

「じゃあなんで?」

「アラタなら勝つやろ?」


 そう言って笑うユキナから、これ以上ないほどの信頼を感じてしまった。


「買いかぶり過ぎですよ」


 アラタは照れた。

 それを誤魔化すようにお茶を飲む。

 お茶も高級なものなのだろう。アラタが飲んだことのないお茶の味がした。


「そういえば、なんでユキナはゲームではあんなに守銭奴なんです?」

「うん?」

「現実でこんなに栄誉があるのに、遊戯領域でどうしてそんなにお金が好きなんですか?」

「これはウチっていうより、親の栄誉やもん。ウチは自分でお金を稼ぐのが楽しいんよ。アラタだって自分の敵を親が皆殺しにしちゃったら面白くないやろ?」

「ちょっとまってください、僕をなんだと思ってるんですか?」

「え、ちゃうの?」

「違いますよ!!」


 そこから先は、遊技領域の話だけに終始した。

 アルカディアの話から別の遊技領域の話まで。

 話は途切れることなく、アラタはゲームオタク同士のトークを楽しんでしまった。


 カグラザカ家には暗くなるまで滞在した。

 ご馳走になった晩飯は、アラタが食べた最も高価な料理の記録を圧倒的に塗り替えることになった。

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