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126.マンモスを狩れる価値


 ユキナが道場の入口で「さあ入って」と言わんばかりの手招きをしていた。

 

「ちょっと待ってください。何か質の悪い冗談ですよね?」

「冗談じゃないよ。アラタの男らしいところ見せてや」

「いやいやいや、道場で気張れって、つまりそれは戦わされるってことですよね?」

「せやで」

「せやでじゃないですよ! ここは遊技領域じゃなくて観光領域ですよ! つまり通常領域ってことだ!」

「知ってる。ウチの実家やもん」

「じゃあ僕を見てどう思います?」


 アラタは両の手のひらを上に向けながら手を広げ、わざわざ大仰な身振りをして見せる。


「いつも通りやない?」

「そういう話じゃなくて、この見た目について何か思うところがあるでしょうよ!」

「んー、わりかし好みかな? けっこーかっこいいと思うよ?」

「いや、そういう、ああもう!」


 アラタは下を向いて首を振る。

 

「僕はずっと個人領域に籠もってゲームをやってただけの男なんですよ!」

「知ってるよ?」

現実シャンバラで戦うなんて無理ですよ!」


 アラタが騒いでるのは、ひとえにそこに起因する。

 現実にはステータスなどというものは存在しない。

 筋肉は鍛えれば鍛えただけつくが、鍛えなければへにょへにょである。

 そしてアラタはもちろんへにょへにょだ。

 ここでは見た目通りの貧弱なゲームオタクでしかない。


「でも技術はあるやろ?」

「それは……」


 ないとは言えない。

 肉体はともかく、戦いのノウハウはステータスとは別物だ。

 ただ、この貧弱な身体でそれが活かせるかは大いに疑問がある。

 しかもぶっつけ本番となればさらに不安は募る。


「なんでアラタに頼むのか、それはウチがアラタを信頼してるからなんよ。こと戦いにおいてアラタ以上に勘がいい人間なんて見たことあらへん」

「もっとどうでもいい場面で褒めて欲しいものですね」

「勝ったら褒めたるって」

「勝ったらってことは、やっぱり戦わされるんですよね? せめて理由と何をやらされるかくらいは教えてください」


 ユキナが道場の中を覗き、中に何やら合図をしてから扉を閉めた。

 念信の気配もあったので、中にいる誰かに何かを伝えたのだろう。


「ウチはまあかなり自由にやらせてもらってるんやけど、譲ってもらえないところがひとつあるんよ。それが結婚。これはもうカグラザカのお家に生まれた以上はしゃあないとウチは思っとる。お父様もウチが選んだ相手ならそこまで厳しくは選定しないって言ってくれとる。そいでその相手に必要な唯一の条件がな、強いこと」

「いつの時代のどういうアレですか? 石槍でマンモスが狩れる男が未だに評価される場所なんて存在するんですか?」

「それなー、でもマジなんよ。ウチの家は元は武家でな、そういうところを未だに重んじるんよ」


 嘘を言っているようには見えない。

 本当だということか。


「それでな、アラタにはウチんとこのボディガードと試合をしてもらって、実力を見せてもらいたいんよ」

「ロンみたいな手合と殴り合えってことですか?」

「だいたいそうやね」

「言っておきますけど、シャンバラじゃ僕は絶対ロンに勝てませんよ」


 そこで傍観に徹していたロンが「へぇ」と声を出した。

 そういうロンは、大柄でいかにも体格がいい。

 スーツではっきりとはわからないが、筋量は相当なものだろう。

 技術が確かで手の内までバレてるロンとここで喧嘩をしたらアラタは絶対に負ける。


「意外と謙虚なところもあるんだな」

「謙虚なところだけが取り柄ですから」

「冗談を言う余裕があるならまあやれんだろ」

「いや、これは、口が勝手にね」


 ユキナがくふふと笑う。


「まあがんばってくれればウチは嬉しい。例え負けても、アラタがウチのためにがんばってくれた思い出を胸に顔も知らないどこかの誰かに嫁げるわ」


 冗談めかしているし、笑っているが、ユキナの顔はどこか寂しそうに見えた。

 気のせいかアラタの勘違いかもしれないが、そう見えるのだ。

 ユキナが望まぬ未来に進む、なぜかそれがとても不快なことに思えてきた。


「じゃあ勝ちますよ」

「急に強気だな」

「なんだか急に腹を括る気になりました」


 それを聞いて、ユキナの寂しそうな気配が消えた気がした。


「準備はいいってことでええの?」

「いいですよ、どうせ気持ちの問題以外に準備なんてありませんし」

「じゃあいこか」


 ユキナが扉を開け、ユキナ、アラタ、ロンの順番で敷居を跨いだ。

 靴を脱いで道場に上がる。

 道場内には一人の男が立っていた。

 アラタより一回り大きい、坊主頭の男だった。

 年齢はアラタと同じくらいに見えるが、実際のところはわからない。

 若返り処置をしたばかりのユキナの父という可能性だってある。


ARATA-RES:まさかユキナのお父様ってことはないですよね?

YUKINA-RES:テストしてくれるボディーガードや。バカいわんといて。お父様は別のとこから見とる。

ARATA-RES:念の為ですよ。


 坊主頭がユキナに目で合図し、何やら念信の気配がする。


「じゃあいきなりやけど、前に出て」


 ユキナに促されるままアラタは前に出て、坊主頭と対峙する。

 坊主頭が礼をしてきたのでアラタも頭を深く下げて礼を返す。


 ユキナとロンは壁際まで行き、そこに正座で座った。


 とりあえず、でアラタは坊主頭に話しかけてみる。


「いきなり不意打ちしてきたりはないですよね?」

「話すことは禁じられています」

「なるほど」


 会話から不意をつくことはできなそうだった。

 そこからアラタは間違いに気付く。

 これは強さを見せるための試合であり、勝てばいいというものではないのだ。

 本当の殺し合いだったら後ろからナイフで刺せば勝ちかもしれないが、当たり前だがこれはそういった手合の勝負ではない。

 

「ちょっとメガネだけ取らせてください」


 アラタは一度下がり、どこにメガネを置くか迷ったあげく、ユキナのところまで行った。


「これ、預かっててもらえますか?」

「ええけど、メガネを外したら本気モードとかあるん?」

「いえ、普通に危ないんで。シャンバラでドンパチ中に割れたら大変なことですよ」

「そらそうやね」


 ユキナにメガネを預け、踵を返したところで背後から声がした。


「ヤツは掴みにくるぞ」


 ロンだった。


「そういうこと、言ってもいいんですか? いいなら詳しく聞きたいんですが」

「よくないだろうが、まあこれくらいはな」

「餞別として受け取っておきます」


 アラタが再び坊主頭の前に立った。


「お待たせしました」


 坊主頭は答えない。

 静かな威圧感だけを身にまとっている。

 アラタより一回りは大きいが、とんでもない巨漢というわけでもない。

 殴りあっても負けるだろうし、つかみ合っても負けるだろうが、やりようがないわけではないはずだ。


 アラタは両手を前にゆるく構えた。

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