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125.カグラザカ家


「アラタには()()をして欲しいんや」


 車の中でユキナがそう言った。

 車内は存外広く、後部は三人がけの座席が対面に配置されている。

 ユキナが奥、アラタは手前、ロンが運転席で運転をしている。

 車はキョウの市街地から外れ、ユキナの家を目指しているらしい。


「フリ、ですか?」

「そう。ウチな、結婚相手を探してるんよ」


 ユキナの言葉を理解するのに、たっぷり三秒は必要だった。

 けっこん、あいて、その二つの単語から、アラタはようやく結婚相手と言ったのだとわかる。


「待って待って待ってください。何を話そうとしてるんですか?」

「お父様が厳しくてな、そろそろ相手くらい探せってうるさいんよ」


 つまり、それが自分ということなのか。

 アラタは半ばパニックになりながらも考え、


「フリっていうのは、その結婚相手のフリをしてくれという話ですか?」

「御名答! このまま何にもせんかったらウチはもう遊べなくなってまう。強制的にお見合いコースや。それを回避するために、相手がいるところくらい見せとかなアカンってわけ」


 お見合いという言葉についてライブラリで調べてみる。

 第三者の仲介によって結婚相手を探す大昔の風習らしい。

 ちょっと信じられない話だなと思いつつもユキナに視線を戻す。


 この人の結婚相手のフリをする。

 目の前のユキナを見て現実ではないような気分になる。

 着物を着ているというだけでこうも印象が変わるのか、それとも現実シャンバラでありながらこれほど美人というのが問題なのか、ユキナを前にしているとどうにも落ち着かない。

 

「だからお願いや!」


 ユキナが手を合わせて頭を下げてくる。

 その頭には長い兎耳はついていない。


「嫌だといったら流星刀の話が出てくるんですか?」

「アラタは嫌なん?」


 ユキナの声のトーンが落ち、顔をあげるとそこには不安そうな顔があった。

 とても演技には見えない。

 アラタは軽口で返してくるとばかり思っていたのに、そういう態度は卑怯だと思う。


「嫌、というわけではないですけど……」

「じゃあやってくれるん?」

「というかなんで僕なんですか?」

「それは――――」


 とユキナが言葉に詰まる。

 言葉が途切れると駆動を続ける車のエンジン音が耳に入ってくる。


「まあ俺からも頼むよ、アラタ・トカシキ」


 ロンだった。

 運転席と後部座席には仕切りがあるが、声はしっかりと聞こえていたらしい。


「お嬢だって色々しんどいところもあるんだ」

「しんどいところ?」

「キョウのカグラザカで調べてみりゃあわかる」


 アラタはロンの言葉に従ってカグラザカの名前をライブラリで調べてみる。

 キョウの御三家の一つで、地球の時代から続く由緒正しい家柄らしい。

 ライブラリの情報量は凄まじく、一つの家についてこれだけ書かれているというのがちょっと信じられない。

 

「調べたか? 名家には名家なりの苦労ってもんがあんのよ」

「そんな名家に僕は不味いんじゃないですか?」

「まあそこらへんはお父様も緩いと思うわ。ウチは末っ子やし、女やし」


 何か裏がある気がする。

 アラタでなければならない理由がいまいちわからない。

 が、先程のユキナの表情を思い出すと、問い詰めるのもどうかという気になる。


「フリなんですよね?」

「ウチはガチでもええよ?」

「え」


 ユキナがいたずらっぽく笑う。


「冗談冗談。かわいいなーそういうとこ」

「やめてくださいよ、からかうの」


 どうにも現実のユキナの前だと調子が狂う。

 様々な遊技領域でこれくらいの容姿の女性と関わったことはあるが、現実だというだけでこうも違うとは。


「それでどうや? お願いできる?」


 ユキナの覗き込むような瞳がアラタを見ていた。


「……どうしてさっきみたいに流星刀の話をしないんですか?」


 なんというか、アラタとしてはそういう方向で頼まれた方が気が楽なのだ。

 そっちの方が仕方なく了承することができる。


「それは、そういうのが嫌やから」

「さっきは言ったじゃないですか」

「あれは冗談」

「じゃあこれは冗談じゃないんですか?」

「せやで。本気の本気で頼んどる」


 そう言うユキナの表情に冗談の気配は微塵も感じられない。


「軽い感じで言ってるけどな、ウチ本当に困ってるんよ。けどな、貸し借りの話をして頼むのは嫌やねん。前にアラタがウチのこと助けてくれたやろ?」


 たぶんユキナがカラクリを使えないタイミングで、二人のプレイヤーから襲われた時に助けた話だろう。


「あの時アラタはなんで助けてくれたか覚えてる?」

「あれは僕のせいでユキナの反撃能力がなかったから――――いや……」


 それは確かに理由の一端ではあるのだが、ユキナの求めている言葉は違う気がした。


友達フレンドだから、ですかね」


 ユキナの求めている答えを言い当てたのだろう。

 ユキナは実に嬉しそうにしていた。


「だから、今回も友達として助けて欲しいんよ」


 アラタは下を向いて首を振った。


「それも商人としての交渉術ですか?」


 ユキナは笑う。


「ウチは情に訴えるような取引の仕方はせんよー」

「本当ですかね」


 アラタは顔を上げた。


「わかりました、やりますよ」

「ホント!? おおきに!!」


 ユキナが身を乗り出して、一瞬抱きつかれるのかと思った。

 ユキナはそのまま両手を出して、アラタの手を掴んでブンブンと振るう。

 ユキナの手は思ったよりも小さく、驚くほどすべすべとしていた。


「盛り上がってるとこ悪いが、そろそろ着くぞ」


 ちょうどカグラザカ家の門を潜るところだった。

 カグラザカ家もキョウの例に漏れず和風の建築に思える。

 思える、というのは門を潜っただけでは家がわからないからだ。


 広い。

 ちょっと広すぎる。

 今までずっと塀にそって走っていると思っていたが、まさかそれが全部カグラザカの家の塀だったとは思いもしなかった。


 どうやらカグラザカ家は敷地内も車で移動する必要があるらしい。

 ライブラリでカグラザカ家について調べはしたが、実際に見るとアラタの想像を遥かに越えていた。

 観光領域にこれだけの広さの土地を有しているというのは理解不能だ。

 アラタが適当に接していたユキナ・カグラザカは実はとんでもない人物なのかもしれない。


「……今からでも敬語、使った方がいいですか?」

「どしたん? 急に」

「ビビってるんですよ、家の規模に」

「ビビらんといて。ウチの実家なんやから」


 敷地内はちょっとした庭園のようになっていて、そこに道路が通してある形だった。

 アラタは景色を眺めながらも、なんとなく落ち着かなかった。

 ユキナは実家はくつろげると言っていたが、それは間違いなくユキナだけの話だろう。


 車が止まった場所は、どう考えてもユキナの家には見えなかった。

 かなり古い建物で、大きさもそれほど大きくはない。

 飾り気はまるでなく、それが何かしらの実用施設であることがわかる。


 ユキナが車から降りようとするとロンがすかさず後部にまわって扉を開け、ユキナの頭がぶつからないように扉上部に手を入れてガードする。

 ユキナが優雅な身のこなしで車を出て、建物の横開きの木製扉をスライドして開けた。

 車の近くから見る建物の中の光景は見覚えがあった。

 緑の畳だけが敷かれた広い空間。


「道場、に見えますね」

「道場やからね」


 ユキナが即答した。


「いやいやいや、待ってください。僕は何をやらされるんですか?」


 ユキナは何をやらされるのかについては一切答えず、


「気張ってや!」

 

 とだけ言った。

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