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124/202

124.キョウにて


 キョウはシャンバラにおいて最初期から存在する領域だ。

 そこは地球の、今は存在しない京都を模した領域になっている。

 今でも観光領域として有名で、和風の領域で観光をしたければまずはここ、ということを知らない者はいない。


 アラタは今の今までキョウに来たことはなかった。

 観光にはそれほど興味はないし、観光領域に入るにはそれなりの栄誉が必要だ。

 だからわざわざ栄誉を払ってまで観光しようなどとは考えたことはなかったわけだ。


 ユキナからは招待状が届いていた。

 その領域在住のものだけが出せるパスで、これがあれば観光領域であろうと無料で入ることができる。

 つまりそれは、ユキナはキョウ出身だということを意味している。


 観光領域は生活領域とは少し違う。

 そこに住めるのはごく一部の人間だけで、基本的には居住する領域ではない。

 そもそも通常の領域に居住すること自体が今の時代は一般的ではないのだ。

 普通はアラタのように個人領域に住むのが当たり前だ。

 個人ではない共通の領域に住居を持てるというのは、それが生活領域のものだとしても、何かしらの地位があり相当な栄誉を持っていることを意味する。


 それが観光領域に住居を持っているというのはどういうことなのか。

 ロンはユキナのことをお嬢と呼んで世話役であると言っていた。

 もしかしたらとんでもなくいい家のお嬢様なのかもしれない。

 まあなんにせよ、これから会えばわかることなのだが。


 アラタは個人領域からキョウのポータルに来ていた。

 キョウのポータル近くはごった返している。

 ツアーのガイドらしき人間がのぼりや旗をかざしているのがまず目立つ。

 大声で主張してツアー客を集めようとしているのだろう。

 ポータル周辺はとにかく人、人、人、人だ。

 観光客だらけで落ち着けたものではない。


 ユキナがここを待ち合わせ場所にしなかったのもよくわかる。

 アラタはポータルにアクセスして市街地に飛んだ。

 ユキナが待ち合わせ場所に指定したのは市街地から少し離れた場所だ。

 

 市街地はポータルの周辺に比べるとかなりマシだった。

 ほどほどに観光客はいるが移動に困るほどでもない。

 アラタはようやく街の様子を落ち着いて見ることができた。


 純和風の建物しかない。

 いったいいつの時代を模したものなのか。こんなものは和風の遊戯領域の中にしか存在しないと思っていた。

 こういった建物を実物で見ると、不思議と心を動かされる気がした。人間の歴史を感じるからだろうか。

 観光を楽しむ人間の気持ちがわからないでもない。

 アラタがライブラリを呼び出して質問すると、ライブラリは1700年代から2300年代までのものの混合であると答えた。

 アラタの目からすれば統一されているように見えるが、実のところはごたまぜらしい。


 キョウの街並みを眺めながらアラタは市街地の外れまで歩く。

 もっと早く移動する手段はいくらでもあるのだが、せっかくなので観光でもしようと思ったのだ。

 そのためにもアラタは少し早めに出ていた。


 ユキナの指定した場所は、市街地の外れにある神社の前にある開けた空間になっていた。

 ここまで来ると人はかなり少ない。神社の鳥居の下で撮影をしてると思しきカップルがいるだけで、ユキナらしき人物が来ている様子はない。

 他にあるのは黒塗りの車だけだ。見た感じ個人用の地上車だ。タクシー以外の車というのはかなり珍しい。

 その車の扉が開いて一人の男が出てきた。

 かなりの大柄でオールバックにサングラス、服装は黒のスーツという出で立ちで、あまり関わりたいと思わないタイプだ。


 そんな関わりたくないと思った人物が、アラタに向かって一直線にやってきた。

 コツコツと石畳を鳴らす足取りは迷いなく力強い。アラタの周囲には特に目指すべきものがない。ということは、男はアラタを目指していることになる。


 アラタはこの場所でユキナと待ち合わせをしているわけだ。

 そして、目の前にはアラタを真っ直ぐに目指して歩く男が一人。


 逃げ出したい気分を抑えてアラタはその場に立ち尽くした。

 男がアラタの前で立ち止まる。


「お前はアルカディアと全く同じ姿なんだな。俺がユキナ・カグラザカだ」


 アラタよりも頭一つは高い位置から、男はそういった。

 アラタはそれを聞いて固まる。

 ついに来たか、例のヤツが。そう思ったところで、その声に何かひっかかるところがあった。

 どこかで聞いたことのある声、それに口調もユキナらしくはない。


「まさか、ロンですか?」


 それを聞いて、男はニヤリと笑った。


「御名答。さすがに騙されんよな」

「騙されかけましたよ……そういう目にばっか合ってるんで」

「そりゃあ災難だな」

「ロンが、いや、ロンさんが迎えということですか?」

「ロンでいいよ、見知った仲だ。それに俺は迎えだがお嬢もちゃんと来てる」


 そこで黒塗りの車の、後部座席の扉が開いた。


「もーーーー! もうちょいちゃんと演技しぃや!!」


 扉から出てきたのは明らかにユキナだった。

 アルカディアの姿と違うのは長い兎耳がないだけで、他は全く違いを感じない。

 アラタはその事実に驚きを感じた。

 ユキナのアバターは、とんでもなく美人な部類だと思う。

 それが盛っていない、シャンバラでの姿をそのまま使っていたものだとは信じられない。

 メイリィとパララメイヤも相当なものだとは思うが、ユキナはそれに輪がかかっている。


 ユキナが近づく時にカラコロと聞き馴染みのない音がしていた。音の正体は何かと思えば下駄だった。

 ユキナの服装は着物だった。黒地に金の刺繍があしらわれたずいぶんと高級感のある着物だ。

 道中で着物を着ている人間はいくらかいたが、どれもコスプレのような雰囲気がしていた。

 ユキナの着物はそれとは違う。普段から当たり前にそれを着ているような自然な気配がある。

 アラタはそんなユキナを見て、なぜかかぐや姫の物語を思い出した。

 確か絶世の美女が無茶振りをして男を困らせる話だっただろうか。

 頭の仲でそのポジションに今のユキナを当てはめてみる。不思議とすごくしっくりきた。


「声でバレるって言ったじゃないですか。やっぱりバレましたよ」

「それはアンタのやる気ない演技のせいやろ! もっと魂こめぇや!」


 ロンは首を振って一歩下がった。


「アラタはこっちでも変わらんのやね」


 ユキナの覗き込むような視線。


「僕は耳も尻尾も生やしてないんで」


 それにしてもどういうことだろうか。

 エバーファンタジーでは、実際にシャンバラで会ったらひどい目にばかりあったのに、どうにも納得がいかない。


「それじゃあウチに行こか」

「ウチ?」

「ウチの実家」

「え、いや、どういう?」

「せっかくキョウに来たんだからおいでや。それとも観光でもしたかった?」

「良かったな。カグラザカのおいえに招かれるなんて滅多にないことだぞ」

「いやいやいやいや、嫌ですよ。なんでいきなり実家なんですか」

「そりゃあくつろげるし?」

「それはユキナだけでしょう! 僕はくつろげませんって」


 それを聞いたユキナはわざとらしい悲しげな表情をつくって、


「じゃあここでアルカディアの話でもする? 流星刀の話とか、そういうあたりを中心に」


 そう言われるとアラタは非常に弱い。

 アラタは観念したようにため息をついてから、


「わかりましたよ……」

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