120.喧嘩殺法
アラタはメイリィの鼻面に額をぶち込んだ。
「ッ……!!」
鐘つきをされたようにメイリィの頭が後方に飛ぶ。
耳に入るメイリィの声と、鼻を折った確かな感触。
アラタは両腕をしっかりと固定したまま離さない。脱出しようとするメイリィを再度引き寄せて頭突きを狙う。
メイリィもそれに合わせて頭突きをするが、明らかに慣れていない。
頭蓋骨同士がぶつかる嫌な音が道場内に響く。
MEILI-RES:こんなナンセンスな……!!
ARATA-RES:情熱的と言ってください。
メイリィの技は洗練されすぎている。
見た目の派手さに似合わず高度な訓練を受けているのだろう。
だからこそ泥沼の喧嘩殺法だ。
互いに頭突きをしたが、ダメージを受けているのはメイリィだ。
頭突きに使う部位も、固定されてない顎もメイリィがこの戦型に慣れていないのを明確に物語っている。
アラタは再度腕をひっぱり、三度目の頭突きを見舞おうとした。
そこでメイリィが違った抵抗をした。
MEILI-RES:いい加減にッ!!!!
両腕を内側に巻き取るように動かし、アラタの腕を振りほどこうとした。
ARATA-RES:それです。
アラタは抵抗せず、メイリィの動きに合わせて腕を回転させて力をスカした。
そして頭突きに使うはずだった踏み込みを利用してメイリィと密着状態に持ち込む。
MEILI-RES:あら素敵。
メイリィの念信には、悔しいというよりも面白がっている気配が滲み出ていた。
アラタの右肘がメイリィのみぞおちを捉えていた。
ゼロ距離からの肘打ち。それは身体のバネのみで放たれた。
メイリィが転倒を回避するように下がるが、最終的に背中から倒れる。
アラタは転倒したメイリィにトドメを刺そうと動くが、そこでアラタの網膜に YOU WINの文字が現れる。
MEILI-RES:降参よ、降参。
アラタは立ち止まる。
ARATA-RES:再戦しますか?
倒れ伏したメイリィが笑うのが見えた。
MEILI-RES:やめとくわ。戻りましょう。
言ってメイリィの姿が消える。
アラタもそれに従って落ち、アラタの個人領域へと戻ってきた。
自分の領域に戻ったアラタを迎えたのはメイリィの叫び声であった。
「はーーーーーーー!! 負けたああああああ!! 悔しいいいいいい!!」
メイリィが畳に大の字になってジタバタしている。
なんというか、六畳一間しかないアラタの個人領域に女性がいて、それが子供みたいな態度で暴れているという状況についていけない。
「なによ? 馬鹿みたいって思ってる?」
「いえ、僕も負けて悔しかったらそうやってジタバタするんで、それはないです」
「そう、じゃあ暴れるわ」
じたばたじたばた。
メイリィがひとしきり悔しがるのを、アラタは部屋のすみで胡座をかいて見ていた。
「ふう……」
満足したのかメイリィが暴れるのをやめて大の字で動かなくなった。
「気が済みましたか?」
「まだ」
「じゃあその、もういい時間だし帰って悔しがりません? こうして負かした相手と一緒にいるの、割と気まずいんで」
「やだ」
「やだって……」
一瞬追い出しを考えるが、さすがにそれはないだろうと思いなおす。
一応は今日一日付き合う約束ではある。
「じゃあどうすればいいんですか?」
「なんかご馳走して」
「え?」
「もういい時間で、晩ごはんの時間でしょ! なんか美味しいもの奢って!」
***
そういうわけで蓬莱軒にやってきた。
シャンバラのニュージャパンに太古から存在するラーメン屋でアラタの行きつけの店だ。
二十世紀の場末のラーメン屋を再現した店構えはお世辞にも洗練されているとは言えないが、見る人が見れば味があるとも言える。
店主は生まれてから一度も若返り処置をしたことがないのではと疑うほどの老人だ。
アラタが生まれた時から同じ風貌なので、もしかしたら本当にそうなのかもしれない。
「はい、チャーシュー麺超やわ、そっちのお嬢ちゃんは普通ね」
二人の前にどんぶりが置かれる。
「あのさ、女の子に美味しいもの食べさせてって言われて、こんな店につれてくるってある?」
見るからにデート向けの店ではない。
店の客全体を見ても女性客はメイリィひとりしかいない。
カウンター席はいっぱいで、アラタたちは数少ないテーブル席に通されていた。
「ありますよ。僕が知ってる美味しい店ってここですし。食べてから文句を言ってください」
女慣れしていないのは嫌というほど自覚している。
だからアラタはあえて開き直った。
メイリィに思い切り睨まれるが、アラタは無視して箸をつける。
美味い。ほどよい脂加減の醤油とんこつが舌に染みる。
こうしているとアルカディアから脱出できて本当に良かったと心から思える。
メイリィも渋々といった感じで自分のラーメンに手をつける。
箸に慣れていないかちょっと心配だったが、メイリィは器用に麺を掴んで口へと運んだ。
「どうです?」
メイリィは咀嚼し終えるとアラタに不満そうな目を向けながら、
「……美味しい」
「でしょう?」
二人はしばし無言でラーメンを食べた。
ずるる、ずるると麺をすする音だけがする。
「ねえ、アラタは2ndフェーズどうするの?」
「いきなりですね」
「なんかもうアルカディアをやらないみたいなこと言ってたそうじゃない?」
パララメイヤ経由だろうか。
はっきりやらないと言ったつもりはないが、態度には出ていたのだろう。
「考え中です」
「なんで?」
「そりゃあログアウトできないなんてヤバそうな事態に巻き込まれたら普通そうなりますよ」
「違うって。なんでやらない確定じゃなくて考え中なの?」
「それは――――」
どうしてだろう。アラタは自分でも疑問だった。
ログアウトの直前に見た師匠の幻影のせいか。
それともメイリィに、ユキナに、パララメイヤに、割と気に入った仲間がプレイしているせいか。
その両方なのかもしれないが、アラタは自分の感情が把握できなかった。
「無理にとは言わないけど、また一緒に遊ぼうよ」
アラタは答えずにラーメンをすする。
「別ゲーでもいいしさ。もっと無茶苦茶できるやつで一緒に暴れたりしない?」
アラタは箸をおいて、コップの水を一杯飲んだ。
「もしかして恥ずかしがってる?」
バレた。
「は、恥ずかしがってなんていませんよ!」
「そういうとこ、かわいいよね」
メイリィが笑う。
その笑みは年上のお姉さんが子供に向けるものみたいだ。
「からかわないでください」
「ふわふわちゃんも、ユキナも気にしてたよ?」
「なにがですか?」
「アラタがもうアルカディアで遊ばないんじゃないかって。無理にやらせたくないから気づかって言わないんだろうけど、ふたりともアラタと一緒に遊びたがってたよ?」
「メイリィはきづかってくれないんですか?」
「女の子に頭突きするような人に気づかいはしないかなー」
「根に持つタイプですね」
「ね、また一緒に遊ぼうよ。アタシもあのメンツで遊ぶの結構気に入ってたしさ」
アラタとて気に入ってはいた。
しかし、リアルな危険を考えると戻るのはどうかと思う。
「考えておきます」
やらないとはっきり言わなかったのはなぜだろうか。
アラタは深くは考えなかった。
それから先は飲み屋をハシゴする羽目になった。
日付が変わる直前まで、本当に丸一日つきあわされることになった。




