12.噂の男
テーブルに近づくと、三人がアラタの方を向いた。
そのうちの二人は、アラタを見て露骨に表情を変えた。
まるで、アラタの名前を確認してなにかに気づいたかのように。
二人はイーライの方をうかがい、困ったような顔をしている。
アラタはイーライだけを見て声をかけた。
「こんにちは、ちょっといいですか?」
「何のようだ?」
「セールスや勧誘の類じゃないので安心してください。ちょっと質問があるだけです」
「質問?」
「僕に関して、何か知ってることがありますか?」
「それはどういう意味だ?」
「少なくとも、そちらの二人はご存知のようだ」
アラタは二人を見据えた。
男と女、軽装からしてキャスターとヒーラーだろうか。
二人はアラタの目を見ようとしない。その動きは、アラタを恐れているかのように見える。
「いえね、ガンラ山道を攻略しようとして、偶然三つのパーティ全てから断られてしまい、疑問に思ったんです。その中にはイーライという方のパーティもあった。そして酒場を見たら偶然イーライという名前の方がいました。同じイーライ同士、その方の気持ちもわかるんじゃないかな、と思いまして」
「喧嘩を売ってるのか?」
そこで女が反応した。
イーライに向かい「ちょっとイーライ……!」と小声で言う。
「いえ、冗談ですよ。不快に思ったらすいません。けど、教えて欲しいと思ったのは本当です。始めて一日で蹴られる理由がわからない」
そう、蹴られているはずなのだ。パーティへの応募を。
そうでなくては説明がつかない。
そして、蹴るならば蹴るなりの理由があるはずだ。
気まぐれの三連続でどのパーティにも入れないのではたまったものではない。
その疑問を解決するために、こうして募集をしていた張本人に声をかけたのだ。
「本気で言ってるのか?」
「これだけ本気で言ってるのは生まれて初めてですよ、いえ、すいません」
イーライはアラタを値踏みしているようだった。
「噂があるんだよ」
「噂?」
「ああ、ミラーフィールド42にいる攻略クランのユグドラのメンバー全員が強制切断されたって」
「あー」
なんとなくわかった気がした。
「ユグドラの勧誘に乗って拠点に行ったプレイヤーが見たんだとさ、その拠点にアラタって名前のプレイヤーだけがいたって。その様子だと、アンタが犯人じゃないんだな?」
アラタは「犯人がフレンドですけどね」と軽口を叩きそうになって危ういところで口を閉じた。
「僕も被害者で、運良く生き残った一人ですよ」
「本当かわからんが、これでなぜ蹴られたかわかってくれたな?」
理解した。
要するに、ブラックリストに載ってしまったのだろう。
このミラーフィールドにいるユグドラを全員PKした犯人として。
その噂を広めたのは、おそらくあの時にアラタの姿を見てログアウトした妖精族のプレイヤーだ。
状況からすれば、そう見えたのも無理はない気もする。
「自分の置かれた状況がわかりましたよ、ありがとうございます」
「ところで、あそこでは何があったんだ?」
「メイリィ・メイリィというプレイヤーがやんちゃをしてて、僕はなんとか狩られなかったという話です」
「メイリィ……マジか……」
イーライの反応からして、相当に有名なプレイヤーなのだろう。
確かにそれだけの手応えはあった。
「ところで、誤解が解けたなら、一緒に攻略してもらえませんか?」
「いや、申し訳ないんだが、本当に他から応募があってな、もう組む約束が出来てるんだ」
クソ。
そんな内心を顔に出さず、
「そうですか、わかりました。教えてくれてありがとうございます」
「悪かったな、最初は蹴っちまって」
「理由があるなら仕方ないですよ、納得できました」
アラタはそのまま酒場を出た。
納得はできたが、状況は相当にクソだ。
たぶん、フォーラムのフィールド42関連のトピックでアラタの名前が出ているのだろう。
そうなると、このフィールドにいるほとんど全てのプレイヤーがアラタを危険人物として認識しているはずだ。
ユグドラが何も言わないのは、下手なことを言えば面子が潰れるからであろう。
攻略勢のメンバーが、たった一人の女に全滅させられました、では馬鹿にされるに決まっている。
それならば、皆が忘れるまで沈黙を貫こうという姿勢だ。
こういうのは下手に言い訳するよりも、ただ黙っていた方が皆の関心もなくなるものだ。
サービス開始当初で皆がゲームを楽しむ中の、たかがいちフィールドで起こったことなら尚更だ。
こうなってくると、アラタがPTを組むのは極めて難しくなった。
さきほどのイーライというプレイヤーは話しをした上である程度理解してくれたようだが、皆がそうとは限らない。
それに、容疑が晴れたわけでは別にないのだ。
話しただけで証明をしたわけではない。被害者であるユグドラが認めない限り完全な信用は得られない。
野良のパーティが危険人物「かも」しれないアラタを迎え入れる理由は何もなかった。
リスクを犯す必要はなく、火のない所に煙は立たぬという言葉もある。
どうせ他にも近接はいくらでもいるのだから。
アラタは覚悟を決めた。
アルパの街を出て、北上を続ける。
こうなったら、一人でやってやる。
四人が前提の難易度、いいだろう。
こちとら十と四年ひたすらソロでゲームをやった身だ。
ソロプレイにおいては一家言ある。
この容疑もそのうち晴れるだろうが、ログアウト出来ない以上、気長に待つ気にはならない。
ならば挑む。
一人でガンラ山道に。
なに、あくまで最初のダンジョンだ。
コボルトの脆弱さを鑑みれば、そう難しいダンジョンではあるまい。
複数人で挑め、というのは遊戯領域で遊んだことのないような初心者への配慮という可能性だって十分にありえる。
ガンラ山道の入り口へは、すぐに着いた。
山道の入り口に踏み込んだあたりで、網膜上に警告が表示された。
複数人推奨のダンジョンですが、よろしいですか?
アラタは瞬きで了承を返す。
そこで周囲の空気が変わった。
このゲームでは、ダンジョンも独立した領域として扱われる。
一時的に上限四人のミラー領域が作成され、そこを攻略するとアルカディアに戻り、アルカディア上で攻略が完了した扱いになっているといった具合だ。
この仕組み上、ダンジョン内では入場時に同行したプレイヤー以外が関わることはない。
ボスに到達したら既に倒されていたり、ボス戦の最中に他のプレイヤーにボスを横取りされたりは起こり得ないわけだ。
どれだけピンチになったとしても、絶対に誰も助けてはくれないとも言える。
そんな領域に、アラタは一人で入場することに了承した。
愚かしくも。




