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119.捨て身


 おかしなものだ。アラタは自嘲気味に笑う。

 アラタは人間と関わるのが嫌になって、ひたすら孤独に戦いを繰り返すツウシンカラテをプレイしていた。

 それが今はこうして別のゲームのフレンドと一緒にプレイして、しかも楽しんでいるわけだ。


MEILI-RES:次は左目、狙っちゃおうかな。

ARATA-RES:そういう駆け引きはいいですよ。


 ツウシンカラテ7にレフェリーはいない。

 目を抉られようが腕を折られようがストップはかからない。

 勝負が決するのはどちらかの意識が消失した時だけだ。


MEILI-RES:真似なんだけど、いつかのアラタの。

ARATA-RES:意外と根に持つタイプですか?

MEILI-RES:あんなにコテンパンにやられたの、そうそうないもの。

ARATA-RES:じゃあこれからまた貴重な体験ができますね。

MEILI-RES:大口は好きだけど、片目なしでどうやって勝つつもり?

ARATA-RES:勇気とか、根性とか、そういう適当な感じでまあなんとかしますよ。


 ツウシンカラテの痛みのエミュレーションはほぼないに等しい。

 つまり痛みで集中力が乱れたりといった心配はなく、視界に問題が生じるだけ、それもある程度はカバーできる問題だ。

 不利ではあるが負けが決まったわけではない。


MEILI-RES:冗談でアタシに勝つつもり?

ARATA-RES:そういうことです。


 メイリィも笑った。


MEILI-RES:面白そう。ぜひ見せてね。


 メイリィが踏み込んで来た。

 アラタの死角になっている右側を中心に、間合いのギリギリから攻めている。

 アラタは引き気味にカウンターの機会を狙うが、メイリィの攻め手は鋭く、隙を見つけられない。

 

 メイリィの手業が想像以上に上手い。

 戻しも早く、隙を作らないことを至上としつつも圧力は十分。

 アラタが試みた反撃は撃ち落とされ、逆に右手にダメージを受ける始末だった。


 良くない展開だ。

 メイリィは軽いフットワークで間合いを維持してアラタを削りに来ている。

 その動きはクレバーで、メイリィが本気で勝ちに来ているのがわかる。


 メイリィの立ち技はかなりのもので、片目がない状態で素直にやりあって上回れる気はしない。

 狙うなら組技だが、メイリィはそれを避けるように距離を維持している。


 メイリィの突きに合わせて、アラタは身を沈めて突っ込んだ。

 タックルだ。反撃上等犠牲上等で足を取りに行く。

 死角になっている右側に蹴りが来た場合かなり不味いが、意識すれば防げないほどではない。


 すると、メイリィは単に退いた。

 フットワークで円を描くようにずれて距離を取る。

 アラタの動きは大ぶりであり、カウンターを決めるなら絶好の機会であったはずだ。

 それを逃して安全を取ったわけだ。


 アラタは止まってメイリィに向き直る。


ARATA-RES:らしくないですね。

MEILI-RES:どうして?

ARATA-RES:メイリィの戦い方が、あまり面白いように見えないですから。

MEILI-RES:面白くない戦いをされて困ってるアラタが面白いのよ。

ARATA-RES:ああ、なるほど。


 挑発してなんとかメイリィを動かせないかとも考えるが、どうにも難しそうに思える。

 困った。このままでは本当になんの面白みもない負け方をしてしまう。

 

 アラタは首を鳴らして大きな深呼吸をした。

 ならば賭けをするしかない。


 メイリィは本当に素晴らしいプレイヤーだ。

 片目が使えない以上、まともにやり合ったらそのハンデ分だけ不利になって負ける。

 その差をどうにかするには投げや関節といった密着状態で戦う戦法だが、メイリィはそれに持ち込ませないように立ち回っている。


 アラタは両手をだらりと垂らしたまま歩き出した。

 顔も正面に向けて視界の不利を消そうともしていない。

 歩みはゆっくりだが、双方の距離から数歩で間合いに入る。


MEILI-RES:なんのつもり?

ARATA-RES:さあ、なんでしょうね?


 一歩、二歩、三歩、それでメイリィの間合いに入った。

 それでもアラタは両手をだらりと垂らしたままでなんの構えもしない。

 

 メイリィは警戒からかすぐに攻撃は仕掛けてこない。

 さらに一歩、二歩、もう踏み込みなしでも双方の手が届く距離だ。

 近い分だけ右目が見えないのが顕著になり、メイリィの左半身が見えない。


 作戦はシンプルだ。

 隙だらけのところを見せて後の先を取る。

 間違いなく分の悪い賭けであり、下手をすれば馬鹿丸出しになる。

 だが、それ以外に方法はなかった。


 アラタは、アルカディアの試練での戦いを思い出す。

 負ければ死ぬ、その状況。

 この戦いはそうではない。失敗すれば負けるだけ。別に死ぬわけではない。

 それでも、あの時の集中力が必要だった。


 失敗すれば死ぬ、そういった心構えでやる。

 あの時のあの感覚を思い出せと自分に言い聞かせる。


 メイリィが動いた、それはわかる。

 どう動いているかはわからない。それはつまり、アラタの死角である右側をついたことを示す。


 勘でいった。

 正確にはメイリィの動きから手の動きを予測したわけであるが、そんなものはもはや勘の領域だ。


 アラタの右手が、メイリィの左手を絡め取っていた。


MEILI-RES:うっそ。


 すかさず襲い来る右手も逃さない。

 アラタは左手でメイリィの右手をも絡め取り両腕を抑え込んだ状態になる。

 お互いがお互いの腕を封じ動けない状態。


ARATA-RES:僕も成功したことにビックリしてますよ。


 メイリィの右足がアラタの股間を狙ったが、それよりもアラタの動きの方が早い。

 両腕を引き、前のめりに突っ込み、メイリィの顔に人格が入れ替わってしまいそうな頭突きを見舞った。

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