118.演舞
ツウシンカラテ7はログインするとすぐに道場内に案内される。
というかそれ以外の場所がない領域だ。
タイトル画面に見える湖とお堂はだいたい詐欺だ。
今アラタがいる道場からも外の湖の様子は一応見えるのだが、外に出られるわけではない。
信じられない話かもしれないが、道場から外に出ようとすると、反対側の道場の壁から出てくることになるのだ。
この領域はただひたすら畳が敷き詰められたこの道場だけしかない。
そんな道場でアラタはメイリィと対峙していた。
真新しい緑の畳が敷き詰められた道場で、一人の男と一人の女が向き合っている。
ツウシンカラテ7にはキャラクリエイトする要素など無論ない。
だからシャンバラでの実体と完全に同じ姿となる。
アラタはアルカディアでの姿と変わらないが、メイリィは大きく違う。
少女ではなく年頃の女性の姿。まるでモデルのような体型だ。アラタと身長も変わらない。
これらは勝負をする上で良い要素とは言えない。
別に女性だから戦いにくいというわけではない。それは違う。
アラタは勝負であればそういう差別は絶対にしない。
では何が良くないのかといえばリーチの問題だ。
メイリィはアルカディアでの身体より一回りは大きい。これは格闘戦を行う上で大きく違う。
アルカディアの場合は体格差から有利があり勝つことができたが、このツウシンカラテでは有利な要素はないわけだ。
ツウシンカラテでは身体の性能だけは共通のものとなる。
体格もほぼ同じ、身体能力も同じ、完全なガチ勝負だ。
メイリィ、そうメイリィだ。
アラタは目の前で構える美女を目にして思う。
見た目はまるで違うが、確かにメイリィだとわかる。
本当に女性だったし、本当に美人だった。嘘ではなかった。
残念ながらその目的はアラタを叩きのめすことなわけだが。
MEILI-RES:メガネは取ってるのね。
ARATA-RES:ええ、ツウシンカラテではそうなります。別に視力には問題ないので気にしなくていいですよ。
MEILI-RES:もう始めちゃってもいいの?
ARATA-RES:いつでもいいですよ。
MEILI-RES:そっか。
メイリィが左の手のひらに右の拳をあててお辞儀をした。
アラタもそれに応じて同じ動作を返す。
これはツウシンカラテで習う挨拶だった。
ARATA-RES:もしかしてプレイしたことあるんですか?
MEILI-RES:5をね。最後までやったわけじゃないけど。7は宣伝だけ見たけどプレイはしてないわ。
ARATA-RES:前にやりあった時に我流じゃないと思いましたが勉強してるんですね。
MEILI-RES:してるわよ、そりゃあ。強いプレイヤーほど遊んでばっかりじゃなく勤勉でしょ?
ARATA-RES:そういう知り合いとかいないんで、それはわからないですけど。
MEILI-RES:……なんかごめんね。
ARATA-RES:謝るようでことではないですよ。それより来ないんですか? 話してるだけなら僕の領域に戻ってもいいですが。
MEILI-RES:じゃあ行くわ。
メイリィの踏み込みはゆるりとしていた。
狙おうと思えば踏み込みに合わせてイニシアチブを取れたかもしれないが、アラタはあえて受けに回ることにした。
罠の香りがしたからだ。
メイリィはこのリベンジの機会を狙っていたわけだ。
ならば確実に何かを用意している。
メイリィの右の手刀がアラタの首を狙った。
身を引くだけで躱す。
メイリィの手刀が拳に変化してアラタのみぞおちを狙う。
それもアラタは体捌きだけで回避した。
違和感。初手に手刀で首から狙うのはおかしい。
それに今の二手はどこかで見たことがある。
瞬間的に記憶が蘇った。
今のはツウシンカラテ7のオープニングで流れる組手だ。
となると次に来るのは左の回し蹴り。
メイリィの身体が大きく動き、左の振り下ろすような回し蹴り。
アラタはそこに同じく蹴り足を合わせた。
双方が高く足を上げ、蹴り同士がぶつかって硬直した状態。
ガチな実戦ではまず発生し得ない状況だ。
メイリィがアラタを見て笑っていた。
アラタも笑った。
つまり、ウォーミングアップがてらツウシンカラテ7のオープニングで流れる組手を再現しようというわけだ。
アラタはツウシンカラテ7のオープニングは嫌というほど見ている。
昇段戦に失敗した時、待機領域で流れるオープニングを茫然自失で何度も何度も見る機会があったからだ。
だからできる。
アラタはメイリィの動きに合わせた。
拳を合わせ、足を合わせ、二人は型稽古のように組手を続ける。
その様はあまりにも息が合っていて、まるで踊っているようにすら見える。
正直、アラタは楽しいとすら思った。本当に踊っているみたいだ。
メイリィの貫手がアラタの顔を狙った。
そこだった。
ツウシンカラテ7のオープニングでは、アラタ側の人間が貫手を額で受ける場面だ。
だからアラタも同じ対応をしようとした。
途端、メイリィの動きに変化があった。
貫手の動きが変化し、直線ではなく斜めに突き入れるようなものとなった。
それはまるで、アラタの動きを完全に予期しているかのような動きだった。
そうなのだろう。
メイリィはこのリベンジの機会を狙い、何かを用意している。
その読みは当たっていた。
アラタの右目が、視力を失った。
メイリィの左手の人差し指と中指が、アラタの右目をずぶりと貫いていた。
避けられるものではなかったが、次の手を防ぐためにアラタは動いた。
身体を回転させて指を無理やり引き抜きながら肘打ち。
肋を狙った一撃だったがメイリィの回避が早い。
アラタの肘はメイリィの胸を擦るだけで終わった。相手が男だったら空振ったはずの一撃だ。ダメージにはならない。
メイリィが一旦距離を取った。
アラタの方も泥沼の組合をするつもりはないのでそれに付き合う。
MEILI-RES:優しいのね。わざわざ付き合ってくれるなんて。
ARATA-RES:右目をえぐらせるのに付き合うつもりはなかったんですけどね。
考えてみればおかしな話で、ツウシンカラテ7をプレイしたことのないメイリィがそのオープニングを完璧に覚えているはずなどないのだ。
それなのにメイリィは、目を突くその瞬間まで完璧な組手をやってみせた。
アラタならオープニングの組手を覚えていると踏んで、わざわざ組手を覚えてそれを罠にした。
アラタはしてやられたわけだが、憎らしいとか悔しいとかそういった感情は一切なかった。
アラタがツウシンカラテ十段を誇りにしていたことを覚えてくれていて、そこからオープニングくらい暗記しているだろうと予想したのだろう。
そして組手通りの攻撃を仕掛ければ絶対に付き合ってくれるだろうとアラタを信じたのだ。
なぜかそういったところが嬉しいと感じてしまった。もしかして自分はマゾヒストなのではないかと思ってしまう。
MEILI-RES:なんで笑ってるの?
ARATA-RES:工夫してくれたことが嬉しくてね。
MEILI-RES:目をえぐって喜ばれるなんて思わなかったわ。
ARATA-RES:僕も目をえぐられて嬉しくなるなんて思いませんでしたよ。
片目が見えないのは非常なハンデとなる。
それでもアラタは悲観的にならずに構えた。
ARATA-RES:まあこれくらいのハンデはあげますよ。アナタの言った通り、僕は優しいので。




