114.カタルシスはなく
いきなりの事態の変転に、アラタは何も信じられなくなっていた。
アラタは試練の敵に勝ち、アルカディアに縛られた状況から開放されたはずだ。
だが、展開が急すぎてまだ状況を飲み込めていない面もあった。
ログアウトは実際にしようとしてみるまで、本当にできるかわからない。
そもそもこれが夢や幻覚の類ではないかという疑いまである。
アラタはそれほどに混乱していた。
夜の草原のパーティ会場はアラタを置いてけぼりで盛り上がるばかりだ。
花火の音が響き、人々の笑い声に包まれている。
そんなところで、メイリィにしか見えない少女の登場だ。
「いったい何が起こっているんですか?」
アラタはメイリィに見える人物に言った。
「何って、パーティだけど?」
「パーティ?」
「そう、メンテナンス前の、2ndフェーズ前夜祭」
「あるんですか、そんなの」
「あるわよ、知らないの?」
そういうメイリィの表情に嘘は感じられなかった。
つまりこういうことか、あの老人に転移させられた先がパーティ会場だっただけと。
メイリィも完全に本物に見える。ということは罠でもなんでもなく、本当に試練は終わっているのか。
「でも、色々と本当だったみたいね」
「何がですか?」
「ログアウトできないとか、エデン人が云々とかそういった話よ」
「なんで今さら?」
「さっきまでアラタ、よくわからない場所にいたみたいだから。フレンドリストのロケーションだと文字化けしてたわ。けど、その様子だとクリアしたのね? 前に言ってた試練とやらの」
「たぶんですけどね」
未だに実感が持てないが、おそらくはそうなのだろう。
改めてログアウトのコマンドをしてみるが、やはり確認の選択肢は表示される。
ここで「はい」を選べばアラタは自分の個人領域に帰れるはずだ。
「なんでたぶんなのよ?」
「いきなり呆気なく終わったんで」
「ログアウトはできるの?」
「できると思いますよ。前と違ってログアウトコマンドでエラーが出ないので」
「じゃあ約束は守れるわけだ」
メイリィはそう言って笑った。
「せっかくだしふわふわちゃんとユキナも呼ぶわよ?」
言ってメイリィから念信の気配。
アラタは改めて周囲の様子を伺う。
本当に人が多い。
無限に続くように見える草原に、どこまでも人がいた。
間隔を広く取ってるのでそう見える面もあるかもしれないが、それでもかなりの数には違いない。
その数からNPCではないかと思ったが、どの人にも焦点を合わせるとプレイヤーネームが表示された。
「どうしてこんなに人が多いんです?」
「本当に何も知らないんだ? まあアラタっぽいと言えばアラタっぽいけど。ここは前夜祭用に作られた専用領域で、全ミラーのプレイヤーが集合してるの。あと三時間くらいしたらこの領域も閉じられて、そこからメンテナンスってわけ」
確かにロケ―ションを確認すると「???」としか表示されていない。
というかメイリィはあと三時間と言っていたか。試練とやらには体感してた以上の時間がかかっていたらしい。
あと三時間でタイムリミットだったわけだ。
ほどなくしてパララメイヤとユキナとロンが現れた。
「アラタさん! 無事だったんですね!!」
パララメイヤが生き別れの友人に出会ったような大げさな声を出す。
「どうやらね」
「ウチの武器が役に立ったようやね?」
ユキナが腕組をしてドヤ顔で言ってくる。
「それは否定できませんね」
ロンを見ると、疲れたような顔でアラタに笑いかけていた。
この短期間でもユキナに苦労させられたのが目に見える。
そこで急に、安心感が身体を満たした。
死地から抜け出した実感が、急に湧き上がってくる。
身体の中心から広がるような圧倒的な安堵感。
もう自分は大丈夫なのだという感覚に、混乱していた脳がようやく落ち着き始めた。
勝ったのだ、アラタは。
「どうしたの? 変な顔して」
「いや、ようやく終わったという実感が湧いてきまして」
「次は2ndフェーズやね! 楽しみや!!」
ユキナのその言葉には、アラタは曖昧な笑みだけを返した。
アラタはもう2ndフェーズをプレイする気はなくしていた。
それはそうだろう、たかが遊びで生き死にのやりとりをさせられてはたまらない。
エデン人の企みで何が起きようとアラタには知ったことではないし、これ以上利用されるつもりもなかった。
「じゃあ祝勝会といこか!!」
ユキナが威勢のいい声を上げる。
それと同時に地面からいきなりテーブルが生えた。
「みんな好きなもん出してな」
ユキナの前にはたこ焼きと大ジョッキに入ったビールが現れた。
メイリィとパララメイヤの前にはワインにチーズにクラッカー、ロンの前にはユキナと同じようなビールジョッキ。
どうやら完全に飲む流れらしい。
「アラタは何にするん?」
言われてアラタはようやく気付く。
魔法でも見ているような気でいたが、これはコマンドだ。
グローバルコマンドで注文をしているのだろう。
アルカディア内ではそういった機能が制限されていたはずだが、このパーティ用に用意された領域は無礼講らしい。
アラタも適当なアルコールとホットスナックをコマンド。
アルコールの酩度はほろ酔いに設定する。勝って終わったのだから泥酔でもいいのかもしれないが、このあとまだ何かあったら問題になりかねない。
システムがアラタのコマンドに従い、即座にテーブルの上に注文通りの品が現れる。
アルカディアに閉じ込められてから一月でしかないのに、遥か昔に失われた技術が急に動き出したような感覚を覚える。
「準備できた? それじゃあかんぱーい!!」
メイリィがいきなり音頭を取ってコップを掲げた。
ユキナが何か言いたげであったが、皆がもう乾杯のモーションに入っていたので諦めて従うのが目に入った。
コップのぶつかり合う音。
花火の音。
周囲の楽しそうな声。
そんな状況を、アラタはどこか他人事のような気がしながら過ごしていた。
時間が経つに連れて、人の数が減っていった。
ログアウトしているのだろう。
どこまでも続く草原には、次第に人がまばらになっていった。
最後の最後までログインを続けるプレイヤーはそう多くないらしい。
「そいじゃ、ウチらもそろそろ落ちよか?」
「そうですね。わたしも落ちます」
「アタシも眠くなっちゃった。そいじゃまたね。おやすみ」
メイリィが真っ先に落ち、そこから少しだけ話して、ユキナもロンもパララメイヤもログアウトしていった。
アラタはまだ落ちていない。
せっかくだから最後までログインしていようというわけではない。
アラタはたぶん、ここでログアウトしたら戻って来ないだろう。
それに関して名残惜しいというわけでもない。
少し、気持ちが悪いのだ。
逃げて終わるというこの状況が。
アラタは歩き出した。
人のまばらな草原を。
まだ楽しそうに歓談している組、泥酔してめちゃくちゃになっている組、力尽きて地面につっぷして全く動かないやつ、今残っているのはだいたいそんな奴らだった。
アラタは人の間を通って歩く。
まだ、何かがある気がしたのだ。
そうして、その予感が当たった。
アラタの視線の先、誰もいないテーブルに、小さな幼女が座っていた。
ネメシスだ。




