表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

113/202

113.必死


 アラタは防戦一方だった。

 虎獣人の攻撃は苛烈で一切の容赦がない。

 筋骨隆々の腕に鋭い鉤爪、それらがアラタを殺さんと襲いかかっていた。


遖肴エ・逋ス陌-RES:どうしたぁ!! こんなもんかぁ!?


 アラタは半ば逃げるように凌ぎ続けた。

 常に後ろに後ろに下がるように動き、爪の届かぬ間合いを維持する。

 それでもいくらかの傷は負った。

 徐々に、徐々にだが引っかき傷が増えていく。


遖肴エ・逋ス陌-RES:おいおい逃げてばっかのまま終わっちまうぞ!! 技を出すまでもねぇ!!


 アラタ側からは仕掛けない。

 嵐のような攻撃を人間離れした動きで躱し続けている。


 業を煮やした虎獣人が、大きく動いた。


ARATA-RES:それです。


 最初から方針は決めていた。

 虎獣人の中身は、きっと名のしれたプレイヤーなのだろう。

 動きは悪くない。

 しかし、戦いが始まった瞬間から欠点もわかった。

 

 慣れていないのだ。

 今使っている虎獣人の身体に。

 腕と爪を使った攻撃ばかりで、その身体の大きさを活かした攻撃が少ない。

 それに、殺し合いという気配も感じない。

 虎獣人が語っていた通り、競技に生きたプレイヤーという印象を受ける。


 アラタはそこをついた。

 動きの速度を意識的に縛り、その状態で虎獣人の攻撃を凌ぎ続けた。

 虚を突くために。


 アラタについた傷から、この戦いがPvPと同じ仕様なのは間違いない。

 ならば、必殺を狙う。

 どうせふざけた能力を持っているに違いないのだ。

 それすらさせないで終わらせる。


肴エ・逋ス陌-RES:あ?


 本当に、本当に意外そうな感情が浸透した念信だった。


肴エ・逋ス陌-RES:なんで、腕……


 虎獣人がアラタを裂こうと振るった右腕の、肘から先が消失していた。


 斬った。流星刀で。

 突如動きのペースを変え、爪を潜ってその腕に刃を滑らせた。

 感触はほとんどなかった。

 まるで豆腐でも切るように、肘から先を切断。

 支えを失った腕先が、運動量そのままにあさっての方向へと飛んでいく。


ARATA-RES:悪いけど、必死なんです。だから必死の罠を仕掛けさせてもらいました。力量を見誤るように動くくらい、今の僕は平気でしますよ。ところで後ろ、大丈夫ですか?


 無論後ろにはなにもない。

 だが、効果はあった。

 振り向きこそしないが、虎獣人の意識が僅かに後ろに向いた。

 それで針穴ほどの隙が生まれた。


 針穴は、そもそも通すためにあるのだ。

 アラタはその隙を最大限に使った。

 流星刀を跳ね上げ、虎の鼻面を下から狙う。

 

 虎獣人が首を仰け反らせ、ネコ科特有の飛び出た鼻をなんとか刃の軌道から外そうと動く。


 アラタの流星刀は、空を切らなかった。

 刃を振り切らずに、虎獣人の喉元でピタリと止まっていた。


ARATA-RES:終わりです。


 突いた。

 喉から脳天に届くよう。


 切れ味が良すぎてわかりにくいが、微かな貫通の感触。

 アラタは流星刀を横に振るい、虎獣人の肉体を切り裂きながら刃を抜いた。


 念の為にすぐ距離を取る。

 虎獣人は動かず、僅かな間をおいてから、前に突っ伏すように倒れた。


 アラタは流星刀を振って、刃についた血を飛ばした。


「これで終わってくださいよ」


 虎の身体が輪郭を失い、淡い光の粒子になっていく。

 これで終わりでなかったらエデン人の意地の悪さは正気ではない。

 光の粒子がアラタの右目へと吸い寄せられていく。


「見事だ」


 背後からの声に振り返る。

 いつの間にか、荒野に老人が立っていた。


 アラタは納刀せずに言う。


「これで終わりですか?」


 老人は答えずに笑みだけを浮かべた。

 そして杖を地面についた。


 アラタは反射的に構える。

 いきなり視界がめちゃくちゃになった。


 無限の荒野と空が、絵の具を混ぜたようにぐちゃぐちゃになる。

 それでいて立っている感覚はそのままで、アラタの身体が動いているようにも思えない。


 まだ何かあるのか、それとも転移か。

 老人の姿はいつの間にか見えなくなり、ごちゃまぜだった視界も次第に色を失っていった。


 闇。

 最初と同じ、何もない空間。


 そこに、ひゅるるるる、と間の抜けた音が響いた。

 音の方を見ると、そこには空へと打ち上がる光の軌跡が見えた。


 爆発音。

 遠雷のような爆発音がアラタの耳に届くと共に、視界に光の花が開いた。


 花火だ。

 花火が上がっている。


 花火に気を取られた一瞬で、場の雰囲気が変わっていた。

 人だ。人がいる。

 アラタの周りにたくさんの人がいた。

 

 それに暗黒だった空間は、いつの間にか夜の草原に変わっていた。

 闇夜に月と星が輝いているのが見える。

 どこまで続いているかもわからない草原だった。

 そこかしこにテーブルが用意され、人々が談笑している。

 よく見るとプレイヤーネームが表示されていて、そこにいる全員がプレイヤーだということがわかった。


 何が起こっているのか。


 再び花火、そして喝采。

 まるでパーティのようだった。


 月明かりと星あかりに照らされた夜の草原でパーティが行われている。


 何かの罠か、幻覚の類か。

 まだ試練とやらは続いているのだろうか。

 アラタは半ばパニックに陥りつつも自分を落ち着け、状況を確認しようとする。


 どうすれば状況が把握できるのか。

 周囲のプレイヤーに話かけてみるか、それとも他になにか……。


 アラタは閃き、それを実行した。


 すると、網膜にはある文字列が表示されていた。

 そこには、こうある。


 本当にログアウトしてよろしいですか?


   はい  いいえ


 一気に脱力した。

 アラタは今まで、ログアウトのコマンドをしてもエラーが出ていたのだ。

 それが今は違う。


 やったのだ。

 よくわからない試練とやらをクリアし、ログアウトできる状態になったに違いない。

 何が起きているかわからないがとにかくログアウトして、そう思ったところで、声が聞こえた。

 周囲の声ではっきりとは聞こえなかったが、それでも聞き覚えのある声だった。


「あら、アラタじゃない」


 声の方に振り向くと、そこにはメイリィがいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ