113.必死
アラタは防戦一方だった。
虎獣人の攻撃は苛烈で一切の容赦がない。
筋骨隆々の腕に鋭い鉤爪、それらがアラタを殺さんと襲いかかっていた。
遖肴エ・逋ス陌-RES:どうしたぁ!! こんなもんかぁ!?
アラタは半ば逃げるように凌ぎ続けた。
常に後ろに後ろに下がるように動き、爪の届かぬ間合いを維持する。
それでもいくらかの傷は負った。
徐々に、徐々にだが引っかき傷が増えていく。
遖肴エ・逋ス陌-RES:おいおい逃げてばっかのまま終わっちまうぞ!! 技を出すまでもねぇ!!
アラタ側からは仕掛けない。
嵐のような攻撃を人間離れした動きで躱し続けている。
業を煮やした虎獣人が、大きく動いた。
ARATA-RES:それです。
最初から方針は決めていた。
虎獣人の中身は、きっと名のしれたプレイヤーなのだろう。
動きは悪くない。
しかし、戦いが始まった瞬間から欠点もわかった。
慣れていないのだ。
今使っている虎獣人の身体に。
腕と爪を使った攻撃ばかりで、その身体の大きさを活かした攻撃が少ない。
それに、殺し合いという気配も感じない。
虎獣人が語っていた通り、競技に生きたプレイヤーという印象を受ける。
アラタはそこをついた。
動きの速度を意識的に縛り、その状態で虎獣人の攻撃を凌ぎ続けた。
虚を突くために。
アラタについた傷から、この戦いがPvPと同じ仕様なのは間違いない。
ならば、必殺を狙う。
どうせふざけた能力を持っているに違いないのだ。
それすらさせないで終わらせる。
肴エ・逋ス陌-RES:あ?
本当に、本当に意外そうな感情が浸透した念信だった。
肴エ・逋ス陌-RES:なんで、腕……
虎獣人がアラタを裂こうと振るった右腕の、肘から先が消失していた。
斬った。流星刀で。
突如動きのペースを変え、爪を潜ってその腕に刃を滑らせた。
感触はほとんどなかった。
まるで豆腐でも切るように、肘から先を切断。
支えを失った腕先が、運動量そのままにあさっての方向へと飛んでいく。
ARATA-RES:悪いけど、必死なんです。だから必死の罠を仕掛けさせてもらいました。力量を見誤るように動くくらい、今の僕は平気でしますよ。ところで後ろ、大丈夫ですか?
無論後ろにはなにもない。
だが、効果はあった。
振り向きこそしないが、虎獣人の意識が僅かに後ろに向いた。
それで針穴ほどの隙が生まれた。
針穴は、そもそも通すためにあるのだ。
アラタはその隙を最大限に使った。
流星刀を跳ね上げ、虎の鼻面を下から狙う。
虎獣人が首を仰け反らせ、ネコ科特有の飛び出た鼻をなんとか刃の軌道から外そうと動く。
アラタの流星刀は、空を切らなかった。
刃を振り切らずに、虎獣人の喉元でピタリと止まっていた。
ARATA-RES:終わりです。
突いた。
喉から脳天に届くよう。
切れ味が良すぎてわかりにくいが、微かな貫通の感触。
アラタは流星刀を横に振るい、虎獣人の肉体を切り裂きながら刃を抜いた。
念の為にすぐ距離を取る。
虎獣人は動かず、僅かな間をおいてから、前に突っ伏すように倒れた。
アラタは流星刀を振って、刃についた血を飛ばした。
「これで終わってくださいよ」
虎の身体が輪郭を失い、淡い光の粒子になっていく。
これで終わりでなかったらエデン人の意地の悪さは正気ではない。
光の粒子がアラタの右目へと吸い寄せられていく。
「見事だ」
背後からの声に振り返る。
いつの間にか、荒野に老人が立っていた。
アラタは納刀せずに言う。
「これで終わりですか?」
老人は答えずに笑みだけを浮かべた。
そして杖を地面についた。
アラタは反射的に構える。
いきなり視界がめちゃくちゃになった。
無限の荒野と空が、絵の具を混ぜたようにぐちゃぐちゃになる。
それでいて立っている感覚はそのままで、アラタの身体が動いているようにも思えない。
まだ何かあるのか、それとも転移か。
老人の姿はいつの間にか見えなくなり、ごちゃまぜだった視界も次第に色を失っていった。
闇。
最初と同じ、何もない空間。
そこに、ひゅるるるる、と間の抜けた音が響いた。
音の方を見ると、そこには空へと打ち上がる光の軌跡が見えた。
爆発音。
遠雷のような爆発音がアラタの耳に届くと共に、視界に光の花が開いた。
花火だ。
花火が上がっている。
花火に気を取られた一瞬で、場の雰囲気が変わっていた。
人だ。人がいる。
アラタの周りにたくさんの人がいた。
それに暗黒だった空間は、いつの間にか夜の草原に変わっていた。
闇夜に月と星が輝いているのが見える。
どこまで続いているかもわからない草原だった。
そこかしこにテーブルが用意され、人々が談笑している。
よく見るとプレイヤーネームが表示されていて、そこにいる全員がプレイヤーだということがわかった。
何が起こっているのか。
再び花火、そして喝采。
まるでパーティのようだった。
月明かりと星あかりに照らされた夜の草原でパーティが行われている。
何かの罠か、幻覚の類か。
まだ試練とやらは続いているのだろうか。
アラタは半ばパニックに陥りつつも自分を落ち着け、状況を確認しようとする。
どうすれば状況が把握できるのか。
周囲のプレイヤーに話かけてみるか、それとも他になにか……。
アラタは閃き、それを実行した。
すると、網膜にはある文字列が表示されていた。
そこには、こうある。
本当にログアウトしてよろしいですか?
はい いいえ
一気に脱力した。
アラタは今まで、ログアウトのコマンドをしてもエラーが出ていたのだ。
それが今は違う。
やったのだ。
よくわからない試練とやらをクリアし、ログアウトできる状態になったに違いない。
何が起きているかわからないがとにかくログアウトして、そう思ったところで、声が聞こえた。
周囲の声ではっきりとは聞こえなかったが、それでも聞き覚えのある声だった。
「あら、アラタじゃない」
声の方に振り向くと、そこにはメイリィがいた。




