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112/202

112.いきる


 間違いなく念信だ。

 アラタのログにもしっかり表示が残っている。

 

遖肴エ・逋ス陌-RES:まさか俺に出番が回ってくるとはな。


 宙に浮いていた煙虎が、ボコリと膨れた。

 まるで中にいる何かが暴れるかのように、その体が不規則に盛り上がっている。

 その様はひどくグロテスクで、いい予感はまるでしない。


 アラタは迷わず飛び出した。

 何が起きているかわからないが、変化の最中を狙う。

 アラタはヒーローが変身中に攻撃されないことに常々疑問を抱いていた派だ。

 もしそういった変化なら叩かない理由の方が少ない。


 流星刀を両手で握り、思い切りつけようとした。

 そこで、全身に衝撃を感じた。


 アラタは吹き飛ばされ、宙で身をよじり着地。

 ダメージのないノックバックだ。

 着地から虎の方を見ると、そこには一体の獣人がいた。


 そのまま、虎の獣人だ。

 このタイプはアルカディアで見たことがない。

 共通の種族というより固有の敵扱いなのだろう。

 大きさもプレイヤーキャラの二倍はある。


遖肴エ・逋ス陌-RES:待たせたな。


 またも念信。どうするべきか。

 この獣人はさきほどアラタのことをシャンバラ人と言っていた。

 ということはつまり、この獣人はエデン人なのか。

 

 今まで虎に意思があったような素振りは見られなかった。

 虎を撃破したことでコイツが現れたということか。


ARATA-RES:別に待つつもりはなかったんですけどね。

遖肴エ・逋ス陌-RES:だろうな。


 獣人は牙を剥いて笑っていた。


ARATA-RES:それで? これから僕はどんな愉快なことをやらされるんですか?

遖肴エ・逋ス陌-RES:無論、戦うのさ。


 虎が拳を握って開いてを繰り返している。

 その拳はアラタの頭と同じくらいの大きさで、物騒な爪まで生えていた。


ARATA-RES:なんだ、今までと変わらないじゃないですか。

肴エ・逋ス陌-RES:そうだといいがな。


 その言葉は、今までとは違うということを明確に示唆していた。

 極めて不味い展開だ。

 アラタは雷神を二発、八重桜を一発と使える大技は使い切っている。

 それどころかMPが空なので手裏剣すら投げられない。

 できるのはシンプルな近接戦闘だけ。


 改めて獣人を見る。

 白い身体に青みがかった縞模様で、筋骨隆々どころではない膨れ方をしている。瞳は前までと変わらぬオッドアイだった。

 そんな怪物が二足で立っている。


肴エ・逋ス陌-RES:今からお前は俺と戦う。

ARATA-RES:ではやりましょうか。

肴エ・逋ス陌-RES:まあ待て。


 獣人の様子はひどく人間臭く感じた。

 今までの相手が正体不明のNPCだっただけに、このギャップはむしろスケールダウンしたように感じる。


肴エ・逋ス陌-RES:パトリック・サハミエスは知っているだろう?

ARATA-RES:どなたですか?

肴エ・逋ス陌-RES:お前、本気か?

ARATA-RES:あいにくあまり外に出ないので。


 獣人が首を鳴らす。


肴エ・逋ス陌-RES:パトリック・サハミエス。ミッシングナイト・グランドチャンピオンシップ四連覇。ドゥームズデイ初代王者。

ARATA-RES:いきなりなんです?

肴エ・逋ス陌-RES:自己紹介だよ。自分を倒す相手の名前くらい知りたいだろう?


 本当に聞いたことがない名前だった。ゲームの名前もだ。

 たぶんコイツもエデン人の複製体で、アラタとは時代の違う元人間なのだろう。

 過去の強豪が乗り手のエネミーを倒せということか。


肴エ・逋ス陌-RES:まずは舞台を整えようか。


 虎が言うと、空間自体に一滴の雫が落ちたような波紋が広がった。

 景色が一変する。

 暗黒だった空間に色彩が広がり、そこに広がっていたのは荒野だった。

 初めと同じ荒野だ。ただし染みはどこにもない。


肴エ・逋ス陌-RES:気付いたか? それが試練だ。


 虎が何を言っているのかわからない。

 フィールドの景色が変わった。それはわかる。

 ただ、虎が言っているのはもっと別のことであるように思えた。


肴エ・逋ス陌-RES:是空。全ての感覚系スキルを無効にするフィールドだ。


 虎が牙を剥いてニタリと笑う。

 

肴エ・逋ス陌-RES:つまりお前は、この俺とシラフで戦うということさ。


 それでようやく理由がわかった。

 アラタが何も感じなかった理由が。


 そもそもアラタは感覚系のスキルには手裏剣術以外振っていない。

 そしてその手裏剣術もMPがないので今はなんの意味もないものだ。

 つまり、虎がしたり顔で説明したものは無でしかない。

 砂漠がそれ以上枯れることがないのと同じで、アラタにはなんの効果もなかった。


ARATA-RES:大した試練ではなさそうですね。

肴エ・逋ス陌-RES:なんだと?

ARATA-RES:ハンデ戦を仕掛けて得意になってるアナタの力量も大したことがなさそうだ。


 虎はしばし無言。そこから、


肴エ・逋ス陌-RES:挑発して是空を解除させようって腹か? 悪いが試練はそういうものでもないんだ。


 悪くない状況だ。アラタはそう感じていた。

 これなら勝てる。ログアウトできる。

 死なない。生きる。生きられる。

 高揚と希望がアラタの胸の内を満たしていた。


 この相手は、ハンデ戦前提の相手だ。

 そして一連の流れを通して感じているのは、クリア不能な設定にはしていないというところ。

 それならばアラタに勝てないはずはない。

 

ARATA-RES:アラタ・トカシキ。ツウシンカラテ十段。世間ではデイサバイバーの方が通りがいいみたいですけどね。アルカディアに来るまでは個人領域に引きこもって売れないEバイヤーをやってました。好きなバンドはBeginner Visionで、好きな食べ物はカップ麺。ちょっと伸ばしてから食べるのが大好きです。


 虎が困惑しているような仕草を見せた。

 実に人間らしい動きだ。


肴エ・逋ス陌-RES:いきなり何を言っている?

ARATA-RES:自己紹介ですよ。自分を倒す相手の名前くらい、知っておいた方がいいでしょう?

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