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107.かつての敵は


「それともうひとつ相談があるのですが」


 そう、アラタに必要なのは武器だけではないのだ。


「なに?」

「強化薬って用意できますか? 戦闘中に一時的なバフとして使えるタイプの」

「ああ、それは作れへん」


 あまりにあっさりとした解答に、アラタは一瞬呆気に取られた。

 困ったな、というシンプルな感想から、次にどうすればいいのかわからなくなる。


「作れないというのは材料的な? それとも職人クラスのレベルの問題ですか?」

「後者やね。アラタは職人クラスの仕様知らんの?」

「知りません」

「まあそんなことだろうとは思ったけど。職人クラスは全クラスで合計レベルが決まってるんよ。今だと合計90レベルが上限。そいで個々のクラスのキャップはレベル30。三つのクラスを上限にしたら他は上げられないって感じやね。無論9つのクラスを10レベルずつっていうのもできなくはないけど、あんまり意味がないしウチはやっとらん」

「つまりユキナは強化薬を作れるクラスは上げてないと」

「錬金術師ね。上げとらん」


 さてどうするか。

 アラタはバザーを確認したが、上位の強化薬は売られていなかった。

 売買の履歴はあったので出品できるプレイヤーは存在しているようなのだが、メンテまでにそういったプレイヤーが再度出品するかは怪しく思える。

 そうなるとNPCでも売っているような下位の強化薬を使うことになるかもしれない。

 ないよりはマシだ。


「まあツテはあるから頼んでみるわ。ちょっと待ってな」


 ユキナから念信の気配がした。

 沈黙の時間から、相手が応答していることがわかる。

 しばし待つと、ユキナが頷いた。


「話聞いてくれるって。今からガイゼルのポータルで待ち合わせ」



 ***



 ガイゼルのポータルは、人で賑わっていた。

 NPCではなくプレイヤーキャラで、だ。

 それなりにプレイしている層の進捗がちょうどこのあたりなのだろう。

 前よりもずっとプレイヤーが増えている。


 アラタはユキナと共にガイゼルに飛び、そこで見覚えのある男を見つけた。

 武闘会で戦ったあの男だ。名前がすぐに思い出せなかったが、公開情報からヤンという名前が読み取れた。


ARATA-RES:どういうことですか?

YUKINA-RES:どういうこともなにも、ヤンは錬金術のレベル上げとるから。

ARATA-RES:なんでそんなことを知ってるんですか?

YUKINA-RES:だってフレンドやもん。


 正気か。アラタはそう考えたが、すぐに思い直した。

 イベントで競い合った相手というだけで敵というわけではないのだ。

 それでも、そんな相手と繋がりがあるのは予想していなかった。


YUKINA-RES:ヤンはウチが上げてない3つのクラスを上げてるんよ。確か錬金術と調理と彫金。お互い上げてるクラス被らん方が競争にならんからね。


 話はわかった。

 しかし正直気まずい。かつて倒した相手とどう接すればいいのか。

 ユキナは直接戦ったわけではないが、アラタは直接戦って下しているわけだ。


 ヤンがアラタたちに気付いて近づいてきた。


「こんにちは。薬がほしいというのは、アラタさんですか」

「せや、サプライズやろ?」

「まあ、ある意味では驚きですね」


 ヤンは柔和な笑顔を浮かべている。そこから敵意は感じられない。


「作ってくれるか?」

「条件次第ですね」


ARATA-RES:僕が話しますよ。

YUKINA-RES:大丈夫か?

ARATA-RES:交渉くらいは自分でやりますよ。そこまで世話になれません。

YUKINA-RES:わかった。あとな、こういう取引相手の前で念信はマナー違反やで。


「ごめんなー、アラタが直接交渉したいって」

「気にしませんよ。私は利益があればそれでいいですし」


 ヤンの表情は変わらない。

 そこから読み取れる情報はないが、どちらかと言えば友好的に感じる。


「助かります。こちらは攻撃力を一時的に上げるタイプの強化薬が希望です。バザーにあるようなものではなく、できるだけ高品質なものが」

「出せますよ、それなら」

「ではそちらの希望は?」

「そうですね、手伝いをお願いできますか?」

「というと?」

「今の私はシュテルンハイムの手前で足止めをくらってる状態です。信頼できる攻略メンバーが見つからなくてね。そこを手伝って欲しいんです。こと戦闘においてアナタが信頼できるのは身を持って味わっていますからね」


 そう言ってヤンは自嘲じみた笑みを浮かべた。


 アラタは念信をしようとしたが思いとどまった。


「ちょっといいですか? 相談したいんで」

「どうぞ」


 それからユキナを呼んでいったん席を外す。


「手伝い、お願いできますか? ユキナとロンにも」

「ええよ。向こうもそのつもりやろうしな」

「ありがとうございます」

「そうそう、存分に恩に着といてな」


 ヤンの元に戻り、了承の返事を返した。


「それともう一つなんですが、調理というのは一時的にバフが乗る料理が作れるんですよね?」

「もちろん」

「ではそれもお願いできますか?」

「手伝いの対価に追加ということですか?」

「いいえ、それはまた別件で」

「では対価は何をいただけるのですか?」

「情報というのはどうですか? シュテルンハイム以降の美味しいクエストの情報で」


 アラタは前にユキナ達に送った情報の一部をヤンに送った。

 ヤンの目つきが虚ろになる。送った情報に目を通しているのだろう。


「これはその一部で、受けてくれればもっと多くを見せますよ」


 ヤンの目つきが戻り、それからにこやかに笑った。


「十分です。喜んで受けますよ。しかし強化薬に料理、そんなに入念に準備していったい何と戦うんですか?」

「世の理不尽ってところですかね」

「そこは企業秘密というわけですか。まあいいでしょう。こちらとしては美味すぎて何か裏があるのではと思うくらいですよ」


 アラタの網膜にウインドが開く。

 そこにはヤンからのフレンド申請があった。

 ヤンが笑う。


「あなたと繋がっておくのは得になりそうですね」


 ***


 ダンジョンの攻略は、信じられないくらい容易かった。

 手伝い組のレベルはホストのレベルと同じになるとはいえ、ヤンのレベルも十分過ぎるほど高かったからだ。


 その翌日に、アラタにとって至福の時が訪れた。

 それは、強化薬を受け取ったあとに起こった。


 ユキナの工房で、ヤンが料理を作った。

 そうしてアラタの元に運ばれてきたのは、なんとラーメンだった。


 オーソドックスな醤油ラーメンなのだろうが、見た瞬間から唾液が口の中を満たした。

 実のところ、アラタはアルカディア内でラーメンを探してみたことがあったのだが、今の今まで見つけることができなかったのだ。

 アラタはカップ麺でなくともラーメンは大好きだ。

 カップ麺はそのチープさと自由に食べられるところが好きだが、純粋な味だけで言えば真っ当なラーメンの方が上である。


「どうぞ、召し上がってください」


 ヤンが勧める。

 アラタはラーメンからあがる湯気を見つめて唾液を飲み込んだ。


「どうしました?」

「いえ、のばしてから食べようかと思いまして。それが好きなんです」

「そ、そうですか……」


 たっぷり三分は待ってから麺に手をつけた。

 至福の時だった。


 ヤンはそんなアラタを、終始なんとも言えない表情で見守っていた。

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