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106.恐ろしき代償


 相応の代償が求められるとアラタは予想していた。

 何の代償かといえば、ユキナに武器を作ってもらうための代償である。


 ただ武器を作ってもらうのにそこまで身構える必要があるのかと思うかもしれないが、たぶんある。

 アラタは普通の武器を作ってもらうつもりはなかった。

 現状で作り得る最強装備がほしいのだ。


 ユキナは武器を作ったところで現状の装備からそれほど変わらないと言っていた。

 ただし、それには裏があるはずだ。

 武器の話をしている時、ユキナが気になる言い回しをしたのだ。

 普通の素材で作ろうとするならば、と。


 それはつまり、普通でない素材を使えばさらに強力な武器を作れることを意味しているのだろう。

 そしてその普通ではない素材とは、メテオライトを指しているのではないかと思う。

 あの武闘会の優勝賞品になっていた素材だ。


 ユキナとしては、メテオライトは温存してミラーが統合される次フェーズにとっておきたいのだろう。

 それを使って武器を作ってくれと頼むわけだ。

 対価として何を求められるかわかったものではないし、もしかしたら作ってくれない可能性だってあるかもしれない。


 それでも、アラタには絶対に武器が必要だった。

 試練の虎に攻撃を通すために。


 アラタは一人ユキナの工房に来ていた。

 事前に話をしたいとは伝えてある。

 過去にユキナに呼び出された時に、ユキナは交渉は直接会ってと言っていた。

 だからアラタは念信で片付けずに直接出向いたわけだ。


 アラタが扉をノックすると、ロンが姿を現した。


「よお、お嬢から話は聞いてるぜ」


 アラタは工房の中へと通される。

 前に来た時は綺麗だったのに、今ではすっかり物が散乱していた。


「思ったんですけど、片付けはしないんですか?」

「俺だってしてぇよ」

「ならなんでしないんですか?」

「怒るんだよ、お嬢が。物の位置はわかってるから勝手に変えるなーって」

「苦労しますね」

「苦労するよ。さあ、お嬢が二階で待ってるぞ」


 アラタは二階への階段を上がる。

 さてどうなるか。

 アラタとユキナの仲であれば頼み込めば作ってくれそうな気はする。

 が、そもそもアラタとユキナはどういう仲なのか。嫌われている気はしないが、好かれてるというのは頭に乗っている気もする。

 ソロゲーのように好感度がわかれば話が早いのに、そこらへんが人付き合いの難しいところだ。


 二階はワンフロアの広い工房になっていて、すぐにユキナの姿が目に入った。

 作業台の前に立って何やら作っている様子であった。

 いつもと衣装が違う。戦闘時に使う装備ではなく私服にエプロンのような装備をつけていた。

 職人用の装備なのだろう。


 アラタに気付いたユキナが顔をあげた。


「その顔、なんか頼み事やね?」

「御名答です」

「当ててみよっか、武器を作ってくれ」


 顔に出てしまったのだろう。

 ユキナがくふふと愉快そうに笑っていた。


「正解?」

「どうしてわかりました?」

「話がある、に深刻そうな顔。そんなんかなり限られるやろ」

「僕は負けました」


 いきなり核心を告げると、ユキナの笑みが引っ込んだ。


「正確に言えば、負けかけて戻ってきたんですけどね」

「どゆこと?」

「時逆の杖ですよ。どういう理屈かは知りませんが、負けそうになったところから戻ってきたんですよ」

「あのアイテムか。あるんやね、そんなことが。それってかなりアカンやつなんちゃう?」

「でしょうね。時間を戻す、どんな仕組みでできたにせよまともではないです」

「それでリベンジのために武器がほしいと」

「そうです、それも特別な武器が」

「わかった。ウチが作ったる!」

「え?」


 意外すぎて、思わず声が出た。

 それをユキナは不服そうにしている。


「なんや、え?って」

「いや、そんなにすんなり了承してくれるとは思わなかったので。念の為に言っておきますと、できればメテオライトを使った武器をお願いしたいんです」

「特別、やろ? わかっとるって」

「その、いいんですか?」

「アラタがここから脱出できるかがかかっとるんやろ?」


 アラタは頷く。


「ちなみにメンテまでに脱出できなかった場合はどうなるん?」


 アラタは言うか迷う。

 既に作ってくれると言っている以上さらなる同情を引く必要はないが、正直な話をするのが筋という気もする。

 ユキナはそんなアラタの態度で何かを察したようだった。


「影響が出るんやね? ろくでもない」

「そのとおりです」

「ならゲームじゃなく真面目な話や。ウチをなめたらアカンで。助けたる」

「対価はどうすれば?」

「早速ナメとるやんけ。いらんよそんなの」

「本当ですか?」

「ただ恩に着てくれればええ。一生忘れんくらいに」


 ユキナはそう言って冗談っぽく笑った。


「おっかないですね」

「なんや、救いの女神に対して」

「それなら信者よろしく崇めましょうか?」

「んなきっしょい趣味ないわ」


 軽口を叩きあうのが楽しいのか、ユキナの耳がピョコピョコと動いていた。


「ちなみにどれくらいかかりますか? 時間の話です」

「せやんね、もう下準備はかなり進んでるから、今日中にはできると思うよ」

「下準備? 進んでる?」

「それくらいの上位装備になるとね、使う素材の加工まで必要なんよ。どうせそんな話だろうと思ったから準備は進めといたわ。無駄になっても加工した素材はそのうち使うしな」


 アラタは素直に関心した。その先見の明に。

 それに、アラタのためにそこまでしてくれていることに、密かに感動もしていた。

 だから、思ってもみなかった言葉が口から出ていた。


「どうしてそこまでしてくれるんですか?」

「どうしてって……」


 ユキナはそこで口ごもり、何やら考えている様子であった。

 そこから再度口を開き、


「なら、アラタはなんでウチを助けてくれたん?」

「助けてくれたって?」

「ウチがゴロツキに絡まれとったやん」

「ああ、あれですか」


 そういえばそんなこともあった。

 アラタは理由を考えようとするが、なかなか考えがまとまらない。


「それはまあ、助けてと言われて助けられる状況なら、普通助けると思いますよ」

「ならウチもそれが答え。目の前に本当に困ってる人がいて、自分が助けられる力を持っていたら普通助ける、人間ってそういうもんやと思うよ」


 そう言うユキナは、いつもよりもずっと大人びて見えた。

 金儲けに血眼になるゲーマーにはとても見えない。

 古の時代劇に出てくる姫のような風貌そのままの、高貴な何者かに見えた。


「なに変な顔しとるん?」

「いえ、僕はユキナのことを誤解していたかもと思いまして」

「ウチをなんだと思ってたん?」

「そうですね、金に目がなくて、守銭奴で、よくわからないタイミングに猪突猛進で――――」

「別に今から対価求めてもええんやで?」

「じょ、冗談ですよ、冗談。僕は最初からユキナを信じてました」

「まあなんと言おうと助けたる。それと約束は覚えてるよな?」


 約束、そう言われてから思い出すまでにワンテンポかかった。


「出られるようになったらシャンバラで会うって約束ですよね?」

「そうそう、メンテ中に家に来てな」

「家? ってユキナの個人領域ですか?」

「ちゃうちゃう。家や」


 家、とはつまり家だろうか。

 シャンバラでは、住居と言えば普通個人領域となる

 共有の領域に住居を構えているというのは目玉が飛び出るほどの名誉が必要だ。

 そういえば、とロンがユキナをお嬢呼びしていることを思い出す。

 もしやユキナはとんでもない名家のお嬢様なのだろうか。

 急に面倒事の気配がしてきた。


「あ、なんか面倒そうな顔しとる!!」


 自分ではそんな自覚はないが、アラタは感情が顔に出やすいタイプなのだろうか。

 アラタはすぐに表情を取り繕い、


「いえ、そんな顔してませんって」

「まあ来てもらうけどな」


 そこでユキナはとっておきの笑みを見せて言う。


「アラタ、タダより高いものはないって言葉、知っとるよな?」

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