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103.楽観主義の代償


 アラタはとにかく安置に駆け込むことを優先した。

 広がった黒い部分は、穴というよりは染みのようだった。

 染みの部分には変わらず電撃がはしっておらず安置なのだろう。


 アラタは安置に入り、離れた虎を見る。

 虎から意思は感じない。今までのボスとなんら変わりない。

 なんなら、坑道の魔道士のほうがまだ特殊だったくらいだ。


 再び光の柱が空間を満たした。

 ピリピリと静電気のような感触にアラタの髪の毛が逆立つ。


 疑問。

 安置が増えているとはどういうことか。

 染みが広がった分だけ安置が先程よりも増えている。

 が、これがいいことなはずはない。

 直感的にもこれは時間切れに関係した何かであるはずだ。


 光の柱を見据えながら、アラタは印を結んだ。

 光がおさまり視界が開ける。


 そこには、巨大な虎が接近してきていた。

 アラタは後ろに跳び、虎の爪をギリギリで躱せる距離に着地した。


 そうして、言う。


「雷神」


 迸る雷撃が虎を包んだ。

 物理攻撃は通じている様子はなく、とにかくダメージを与えなければ何も始まりそうにない。

 それ以上できることがない故に、仕方なく放った一撃であった。

 

 効果は、あった。

 虎がうなり声を上げ、着地が崩れた。

 アラタはさらにそこを狙った。


 忍者刀での一点突き。

 右の紫色の目を狙った。


 突きは綺麗に入ったが、虎は微動だにしなかった。

 眼球に傷がついた様子もなく、虎は反撃として右の爪を振りかざして襲いかかってくる。

 アラタはスライディングの要領で身を沈めてあえて前に向かって回避した。

 さらにリキャが戻った縮地を切って距離をあける。


 遖肴エ・逋ス陌

 HP???/???


 網膜に映るデータ上では効果があったのかまったくわからない。

 だが、同撃を入れた雷神は効果があったように見えた。

 突きのほうはおそらくだが効果はない。

 眼球は普通クリティカル扱いになる箇所なのにふざけた話だ。


 アラタは仮説を立てる。

 一定以下のダメージを完全無効化する能力があるのではないか。

 物理攻撃無効化という線もあるかもしれないが、強制ソロで挑まされる戦いでそれはないのではと思う。

 

 かなりまずい状況ではあった。

 アラタが使える高威力の攻撃は、雷神が残り一発に八重桜だけだ。

 これで仕留めきれなければ詰みである。

 残された手札で倒し切るか、あるいはダメージの足切りが最初のフェーズだけの特性であることを祈るしかない。


 一瞬、感じたことのない悪寒がはしった。

 虎の行動にではない。アラタ自身の脳裏に浮かんだ考えだ。


 消滅。


 その二文字が色濃さを増していた。

 

 意識を無理やり虎へと戻す。

 虎は同じように突進からの爪攻撃を繰り返していた。

 アラタは距離をあけながら回避を続ける。

 反撃はせず、雷神のリキャがあけるのを待つ。

 

 その間にも、地面の染みは徐々に広がっていた。

 世界がなにかに侵食されているかのような不気味な演出。

 空が黒く染まっていく。


 虎が大口を開けながら飛びかかってくる。

 今までに見たことのない攻撃パターンだ。


 狙った。


 アラタは忍者刀で虎の口の中から脳を狙うような突きをあわせた。

 十分な運動量に同撃まで乗っているというのに、突き入れた感触は金属の壁を攻撃したようなものだった。

 アラタは即座に刀を放棄した。刀を残しつつ回避するほどの余裕がない。

 アラタは虎の下を潜って攻撃をやり過ごした。


 虎は追撃せずにアラタを睨んでいるように見えた。

 紫と青のオッドアイが、怪しく光っている。


 虎が咆哮を放ち、地面に電撃がはしった。

 染みは広がり続け、通常の地面と黒い部分が同じくらいになっていた。

 これならほとんどが安置だ。


 アラタの直感が本当にそうか、と訴えていた。

 時間経過で安置が増え続ける攻撃、そんな攻撃があるはずはない。


 気付いたのはほとんど偶然だった。

 何も表示されてなかったはずのバトルログに、アラタは一瞬だけ目をはしらせた。


 遖肴エ・逋ス陌:CAST>>鏡騒惑乱。


 鏡。

 その一文字に、アラタは直感だけでオールインした。

 

 アラタはあえて黒い染み側には逃げず、電撃がはしっている地面の方に残った。

 保険で空蝉を切る。

 軽減で生き残れるかはわからないが何もしないよりはマシだ。


 黒。

 アラタの視界の半分が、闇の柱で潰されていた。

 黒い染みだった場所から、闇の柱が立ち上っているのだ。

 アラタが残った通常の地面側に光の柱が立つことはなく。

 

 九死に一生を得たが、打開策が見つかったわけではない。

 むしろ、時間切れの結末が明確に見えただけだ。

 最後には染みが全フィールドを満たし、回避不能の闇の柱に殺されるのだろう。


 本当の、本当に殺されるわけだ。

 アラタの中に、恐怖というものが首をもたげていた。

 ぼんやりとしたものではなく、現実感を持った恐怖が。


 闇の柱が収まり、お決まりの突撃を狙った。

 アラタは踏み込みをあわせ、虎の爪をかいくぐり全体重を乗せた肘を虎の胸部にブチ当てた。


 虎が唸りと共に吹き飛んだ。

 一回転、二回転と転がり、体勢を立て直してアラタに再度飛びかかろうとする。


 その時にはもう、アラタは密接していた。


「同撃雷神」


 わざわざ一拍待って、虎の爪に合わせて撃った。

 命中し、虎はもんどり打つように転がる。


 効いてはいる。雷神も、物理攻撃である八重桜も。

 それでも、虎が消えたりしない。

 アラタのスキルを使っての高威力攻撃はこれで品切れだ。

 これで虎の何かが変わらなければもはや詰みである。


 虎が起き上がる。

 そして絶望を知らせる、繰り返しの突撃を再び開始した。

 

 アラタの中で消滅の二文字が瞬いていた。

 徐々に、徐々に、地面の染みが広がるように実感が伴っていた。

 地面の染みは既にフィールドの七割まで広がっていた。

 空は不気味な黒にところどころ青空が覗いている。

 地面は一部荒野が荒野で、闇がかなりの面積を専有している。


 消える。

 死ぬ。

 永遠に考えることができなくなる。


 わからない。

 わからないからこそ、それが怖かった。

 斜めに構えている余裕などない。

 純粋に怖いと感じた。

 古の人間が味わってきた恐怖が、アラタを喰らおうとしていた。


 アラタは走る。

 刀の元へと。

 忍者刀を拾い、追いすがっていた虎に斬りつける。

 やはり感触は金属に斬りつけたようで、虎にスキルを当てた時のような反応は見られない。


 反応が一瞬遅れた。

 虎の右爪に対し、攻撃を欲張り過ぎて回避が一瞬遅れたのだ。

 

 左肩に凶悪な爪が引っかかり痛みが走る。

 距離をあけながら左肩を確認すると、そこにはグロテスクな傷と気が遠のくような出血があった。

 半ば察してはいたが、これもPvPと同じ仕様なわけだ。


 集中力が乱れている。

 意識を虎に集中させようとしても、消滅の二文字が常に頭から離れない。


 攻撃を通す手段はなく、状況が好転する要素は何一つなかった。

 黒い染みはもう九割近く広がり、暗黒の空間ができつつあった。


 負ける。

 

 勝ち筋が見えない。

 どこで何を間違ったのか。


 アラタは血の滴る左肩を抑えながら、虎の咆哮を聞いていた。

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