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パチパチと音を立てて、眼の前で火の粉が踊っている。
暗闇の底から引き揚げられた意識。それが何度目の覚醒で、何度目の同じ光景なのか、私はもう数えるのをやめていました。
瞼は可変的に重量を変え、短い眠りと覚醒を私にもたらします。これまで何度となく繰り返されたそのサイクルは、私から時間感覚を奪い、しかし時は片時も止まらずに流れ続けています。
ふと気になって窓の外を見ると、そこは黄昏時。傾いた日差しが丘の稜線の向こう側に消え去り、景色を再び夜の世界の入り口へと誘っています。
「…………」
少し、体力が回復したのかもしれません。もぞもぞと動いて、私は寝床となってしまっていたその場所から這いだしました。
傍にあったもので身体を覆い、起き上がって隣を見ます。そこには愛しい人の寝顔がある。きめ細やかなその頬にそっと手を沿わすと、あれほど低かった体温が私と変わらない程度にまで戻っていました。きっともう心配はないのでしょう。
お肌に負けず劣らず白いそのお髪をそっと撫でて、私は燃え盛る暖炉の炎へともう一度視線を移しました。
熱とともに投げかけられる赤い光は私の瞳に宿り、その内側にあるものをも照らし出してくれるのでしょうか。そうしたら、私は答えを得られるのでしょうか。
――ミザリア、あなたは本当にこれで良かったの?
☆★☆
レイザー様が倒れられたとき、私の脳裏にはひとつの推論がありました。
本来ならば記憶を失っているか、領内に出られているはずのレイザー様が、どうして昨夜の記憶を保持したまま私の前におられるのか。
ルージュ・ペダンで至福の一時を過ごしたのは、なにも昨夜が初めてのことではありません。これまでだって何度も、私はこの密かな楽しみに興じてきました。
ルージュ・ペダンを嗜まれ、酒精の魔法にかかられたレイザー様は、お休みになった翌日には例外なく酔われている間の記憶を失われておられました。
では何故、私の前に立つレイザー様は記憶を失っていないのでしょう?
その答えはとても単純で、それゆえ、私にとっておそるべき想像だったのです。
「――レイザー様っ!!」
精一杯伸ばした手をすり抜け、音もなく部屋の床に臥せられたレイザー様に向かって、私は一目散に駆け寄りました。
そして、そのお身体に触れることで気がつきます。レイザー様のお召しになっている衣類が、じっとりとして重いことに。
青褪めた頬に手で触れ、気つけのために張ります。けれど反応がない。掌を通じて伝わってくる氷の如き冷たさに、私は自分の想像が半ば以上的中していることに焦りを感じました。
もはや一刻の猶予だってありません。私は今この瞬間も生死の狭間におられるレイザー様を救うため、恥も外聞もなく声を荒らげました。
「誰か来て! レイザー様が!!」
いつもならば私つきのメイドが駆けつけたことでしょう。しかし邸宅内から返事はありませんでした。2度、3度と声を張って、新たな事実に気がつきます。
「まさか……私との会話を他の者の耳に入れないために?」
先刻、レイザー様はおっしゃいました。私と大事な話があると。
であるならば、一切の邪魔立てを拒絶するため、あらかじめ邸宅内の人払いをしていてもおかしくはない。
「……く」
けれど、ショックを受けている暇はありませんでした。
誰もいないのなら、私自身がやるしかない。悩んでいる時間も、調べている時間だってありません。思いついた傍からやるべきことをやるしかありませんでした。
私はまず、やっと室内を温かくし始めた暖炉に、ある分の薪をすべて放り込みました。ふだんなら危ないと逆に中の木を掻きだすほどの火柱を上げ、暖炉が強くなった熱波を放ち始めます。
それを終えると、私は毛布を取ってこようと2階へ急ぎます。
途中、階段の踊り場の窓からそれを見ました。庭園に降りしきる雪。なだらかな傾斜の途中に置かれたベンチの一部分だけが、純白の浸食から逃れているのを。
「どうして、こんなこと……」
涙が出そうになるのを、足が止まりそうになるのを、私はぐっと堪えて寝室に急ぎます。
ベッドから乱雑に毛布を搔き集めながら、私は、私の最悪の想像が完全に的中したのだという思いに胸を痛めていました。
私の分とレイザー様の分、2枚の毛布を両腕で抱えて階下に戻ります。暖炉の傍、依然として臥せられたままのレイザー様に駆け寄ると、私は毛布を放りだしてレイザー様のお召し物へと手をかけました。
先程感じたよりもよりじっとりとした感触が手につき、私はレイザー様が忍ばれた苦痛を想起します。
どうして、もっと早く気づかなかったのでしょう? 降りしきる雪をその身で受けられて、そのお髪で受けられて、もっと早く私が気づいていれば――。
「でも、今はそんな場合じゃない!」
異変に気づけなかったことは、妻として失格なのかもしれません。でも今だけはその事実は関係ない。私は、どうあっても愛しい人を救わねばならない。
衣類を剥いで肌を露出させると、手繰った毛布でお身体に着いた水気を拭き取ります。そして、乾いたままのもう一方の毛布を隙間なく巻きつけて、暖炉の傍まで力を込めてレイザー様のお身体を移動させました。
「……うぅ」
苦しそうな声を上げられるレイザー様の様子を見守って、休んでいる暇はありませんでした。私は息を乱したまま立ち上がり、履き物もそのままにその足で外へと向かいます。
凍えた身体にもっとも必要なもの、それは温かい飲み物です。
お湯を沸かし、熱い紅茶を飲ませることができたなら、きっとレイザー様のお身体にだって体温が戻るはず――。
「……そんな」
積もる雪の上に足跡を残しながら走ってきた私を待ち受けていたのは、昨夜から続く寒さに凍りついた井戸でした。
鉄のハンドルは両の手でどれだけ力を込めても微動だにせず、ポンプで地下から水を組み上げることはできません。
頭上からは、降りしきる雪。あまりの寒さと絶望感からその場にへたり込みかけた瞬間、脳裏に過ぎるものがありました。
(そうだ……私にはまだ、できることがある!!)
白く残る吐息とともに、私は胸の奥から絶望感を吐き出します。
素早く踵を返し、館に戻る途中で内履きの靴が脱げました。背後を顧みる一瞬すら惜しみ、私は新雪の中に裸足の足跡を残しながら館の中へ急ぎます。
それは最後の手段といっても過言ではないもの。家の中に、あの場所に、レイザー様の命をお救いするための最後の希望が残されている。
開け放たれたままのドアの向こうから視線を巡らせ、私は暖炉の脇に炎の刻む陰影が施されたそれを見つけました。
焦る心をそのままに早足に歩み寄る私にとって、それは万病をも癒すことのできる至高の霊薬に見えたのです。
これさえあれば、レイザー様の命もきっと救われる。
私は無心にそれに向かって手を伸ばし、そして――。
「……どれだけ、眠っていた」
物思いに耽る私を呼び戻したのは、そんなレイザー様のお声でした。
眼の前には、変わらずパチパチと音を立てて燃える暖炉の火。
私の頭は、うつらうつらと船を漕いでいました。単調な光景の連続に、またしても眠りの淵へと誘われたのかもしれません。
ひょっとしたら今の回想だって脳裏に思い描いたものではなく、束の間の眠りがもたらした短い夢なのかもしれません。
「レイザー、様……」
「ミザリア。君が介抱してくれていたのか」
その質問に、咄嗟にお答えすることはできませんでした。
レイザー様がご無事だった、その事実で胸がいっぱいだったからです。
胸が詰まる感覚は上方に移動して、私の鼻と涙腺を刺激します。けれど、まだ泣けない。私はレイザー様に気づかれないようにそっと、眼元からこぼれ落ちようとする涙を指で拭いました。
「日が落ちました。半日もの間、お眠りに」
「世話をかけて、済まない」
目覚めたレイザー様は仰向けの体勢のまま、じっと天井を見つめられておられます。昏睡から起きだしたばかりで、まだ光に慣れていないのでしょう。室内を淡く照らす、弱々しい暖炉の火の反射にすら眩しそうに眼を細められていると、やがてひとつの事実にお気づきになられました。
「――どういう、ことだ?」
ハッと眼を瞠られるこの瞬間を、私は脳裏で繰り返し思い描いていました。
だからこそ、私の口からは伝えるべき言葉が自動的に溢れだしたのです。
「ごめんなさい」
「どうして君が謝る」
「私はあなた様に、正しい処置を施しませんでした」
だから、ごめんなさい――誠心誠意から繰り返す、私の謝罪。
それが氷の伯爵様の困惑を、より深いものにしたようでした。
「私は、覚えている……つまりそれが答えか」
「はい」
「どうして、ルージュ・ぺダンを飲ませなかった?」
記憶の淵、何度も思い描いた光景のその先で、レイザー様は一字一句同じ文言で私に訊ねられました。
毛布をかけられたまま少し身を起こしたレイザー様が、私に告げます。
「今朝方、君は私の話を聞きたがらなかった。うぬぼれながら、私と別れたくなかったのではないのか。もしそうなら、私にルージュ・ペダンを飲ませるのは都合がよかったはずだ。酒精を入れれば私の身には体温が戻り、昨日から連続していた記憶は……きっと、失われていた」
――なのに、何故?
緋の瞳の訴えかけは、言葉より強い迫真さで私の身へと迫りました。
私は眼を閉じます。そして自問します。
ミザリア、あなたは今どう思ってる――。
迷いはもう、ない。
「お伝えしないといけないことが、あったからです」
レイザー様が眼を瞠られたのは、きっと私が微笑んでいたから。
額に手を当て、解せないといった表情でこちらを注視されます。
きゅっと口元を噤んで、昨日の続きを語られたのです。
「今更だ。昨日の君の姿がすべてだろう。私は、君につらい思いをさせた。助けを必要としていた妻に気づけなかった。夫として……失格だった」
ご自分を貶める言葉をお使いになって、気づかれたのでしょう。
レイザー様は眼を見開き、再び私の顔を見られます。
「そうか。君の口から直に伝えようと……ならば構わない。私は、どのような罵言であっても甘んじて受ける。それだけの仕打ちを、君にしてきたのだから」
緋の瞳。正面で燃える暖炉の火を反射して、今の私にはルビーの如きそれがはっきりと見えておりました。
レイザー様のお気持ち。苦痛とともに昨夜からずっと抱えてらしたもの。そのすべてを知った私がこの場ですべきことは――。
静かに、首を横に振ること。
「違うだと? それならば何故……」
「レイザー様に、記憶を失ってほしくはなかったからです」
「夫婦の関係を維持するつもりも、私を糾弾するつもりもなかったというのか」
理解できない――困惑する様子を見せられるレイザー様に私はしっかりと頷くと、決意とともにこう申し上げたのです。
「だってあのとき、レイザー様は私のことを見ようとしてくださっていました」
お顔を見て、真っ直ぐに申し上げたその言に、私は自分自身が鼓舞されてゆくのを自覚しました。
――ずっと、考えていました。
レイザー様が倒れられて、一時も離れずそのお傍に寄り添ってから。
導きだした答えを、私は愛しい人に聞かせなければならない。
「私がどんな女なのか、初めて深く知ろうとしてくださいました」
「たしかにそうだ。4年もの間、私は執務に注心して君を碌に見ようとしなかった。だからこそ、私は己の罪を自覚して……」
「違います。罪なら私にだってあります。ずっと秘密にしてきたことだって」
そう告げ、しあわせな気持ちが胸の奥から沸々と湧き上がるのを感じながら、私は大切に仕舞っていた秘密を心の奥から取りだしました。
万感の思いとともに、しっかりとそれを口にしたのです。
「レイザー様が、私の初恋でした」
「……私、が」
愕然とした驚きの表情は、頭の中で思い描いた通りのもの。
きっとお気づきにならなかったのです。今の今まで――今日この瞬間まで。
レイザー様は珍しく、驚愕の顔で勢い込んで口を開かれました。
「……しかし、君にはリチャードが」
「婚約者より先に、家族のようなものでした。よくできた兄のような」
「互いに支え合う君たちは、理想の夫婦に見えた」
「家族ならば、無条件に支え合うものだとお思いになりませんか」
無言の時間に、思いを巡らされたのでしょう。レイザー様も、もし隣を歩まれるのがお母様だとすれば、きっと献身的に振る舞われたに相違ありません。
私の言葉は届いた。
だから、この先を続けることができる。
「きっと、最初からいなかったんです」
レイザー様のお顔を見て、その眼を見て。
「リチャード殿下に寄り添う完璧な令嬢のミザリアも、連理の枝の如き2人の姿も。何故なら私たちは生まれという偶然の計らいでともにいただけで、お互いの心は恋人同士と呼べるものではなかったからです」
そう、リチャード殿下がイヴトーチカさんに懸想されたように。
私もまた、本物の恋をする準備ができていなかっただけ。
「ですから、レイザー様」
ひとつ呼吸を挟んで、私は真っ直ぐに愛しいお人に告げます。
「どうか私と、離縁してください」
私は、私の意思を伝えます。
「何故なら努力家で、勤勉で、なにより深く妻のことを思ってくださるレイザー様のお傍に、私の存在は相応しくなどないからです」
「ミザリア……」
私の名を呼んでくださるそのお方に、心の奥を明かします。
「でも、もしも、私のことをまだ思っていてくださるなら、理想の連理の枝の片割れでなくとも構わないなら――」
私の本当の気持ちは――。
「私と、ずっと一緒にいてはもらえませんか?」
まるで、時が止まったかのようでした。
いいえ、この瞬間、間違いなく時は止まっていたのです。
間断なく爆ぜ続ける薪の音を除いて、揺らめく暖炉の炎を置いて、この部屋の中にあって動くものなどなにもなかったのですから。
私とレイザー様。この4年の結婚生活で、こんなにも長い間、お互いに見つめ合う機会はありませんでした。炎の赤が照らしだす相手の瞳の中に、私たちはこれまでずっと出せずにいた答えを探していたのかもしれません。
永遠にも感じる、刹那の如き瞬間。
それもやがて終わりがくる。
先に動かれたのはレイザー様でした。
私の注ぐ視線からそっと眼をお外しになって、気まずげに。
「君の気持ちは、わかった。だが――私には罪がある」
「それは本当に罪?」
「君は、なにを……」
くしゃりと髪を掻き毟られたレイザー様が、己自身に刃を向けられました。
「決まっている。私は君の気持ちを一顧だにしなかった。自分自身の納得のためだけに動いていた。昨夜君は言ったはずだ。心細かったと、寂しかったと」
たしかに、それを否定することはできません。
私にとってシュトラウドの地での結婚生活は、決して快いものではなかった。
けれど、それとレイザー様のおっしゃる罪の間に直接の結びつきはないのです。
私は静かに首を振って、ハッキリと断言しました。
「それは、レイザー様の罪なんかじゃありません」
「バカな、そんなはずが……私は、君に無理強いして」
「いいえ。だって私は、私の意思でこの生活を受け入れていたんです」
最初に、この生活を選んだのは私。
愛する人の隣にいたいと思ったのも私。
でも、ただ隣にいるだけの関係など歪でしかない。
自分を押し殺して、すべてを受け入れて諦めた振りをするのも。だから――。
それは、とても簡単なこと。
そして、とても大事なこと。
「――言えば、良かったんですよ」
あまりに単純で明快な答え。
唖然とされるレイザー様に、私は言葉を連ねます。
「つらいって、ひとりぼっちが嫌だって、レイザー様が恋しいって、お手紙でもなんでも使って、私は言うだけでよかったんです。そしたらきっと、私の最高の旦那様は、私の願いを聞き届けてくださったに違いありませんから」
じっとそのお顔を見たまま、私はレイザー様のお返事を待ちます。
レイザー様はかしこまって考えられ、そして。
「たしかにそれは……そうではあるが」
「でしたら、それはレイザー様の罪などではありません。ご領主の妻として、夫に報告義務を怠った私の罪と言えるのではないでしょうか」
「なにをそんな、都合がいい」
「そうでしょうか」
礼儀作法の訓練を受け、レイザー様を待つばかりの間、きっと私は浸っていました。自らの境遇に。生まれた場所から遠く離れた異郷の地に、たったひとりで取り残されることに。
不幸は、毒です。でもそれは、甘美な苦みでもある。孤独に耐え、健気に夫の帰りを待つ私は、自分を悲劇のヒロインになぞらえていた。
日の落ちた窓際に立ち、いつお見えになるかもわからぬ人影を探す自分の姿に、いつしか酔ってしまっていたのです。
本当は、そんな必要なんてないのに。
だって私はこんなにも恵まれていて、こんなにも愛しい人に愛されていたのに。
私の罪は――。
「ずっと、思っていました。ここに来て、レイザー様のお帰りを待つ間、もしこの地に身を寄せなければどうなっていたかって。この地にさえこなければ、私はもっと別の人生を歩んでいたのにって」
「ミザリア……君は……」
「だから罪というなら、私の方がずっと罪深いんです」
こんなにも力強く、レイザー様に語りかけたのは初めてでした。
こんなにも積極的に、レイザー様になにかを訴えたのは初めてでした。
私の言葉を受け、レイザー様は困惑の度を深められておられます。
でも、そうでなくては困ります。
私は、レイザー様が思う私なんかじゃない。
そしてレイザー様も、私の思うレイザー様などでは――。
「私は、酔っておられるレイザー様が好きでした。私だけを見て、私のことを褒めてくださって、私にやさしくしてくれる、そんなレイザー様と何度もお会いしたくて、毎年故郷からルージュ・ペダンを取り寄せていたんです。けれどそんなの、酒精の見せる都合のいい幻でしかなかった。私だって、本当のレイザー様のことを見ようとはしていませんでした」
レイザー様がシュトラウドの地に帰られたのは、家督を継がれるため。
今は亡きお父君に代わって、ご領主としての務めと責任を果たすため。
ですから、最初は私にもわかっていたはずです。
ちゃんとその覚悟があったはずなのです。
レイザー様は私だけのものではない。シュトラウド家の抱える数多くの家臣、それに広大なこの地に住まうすべての領民の生活のために、身を粉にして尽くさねばならぬ領国の主なのだと。
その身に帯びる大きな使命を、支えるべき妻こそが、私なのだと。
「私は、レイザー様を独り占めしたかった。そんな勝手な気持ちで、この地で今日まで生きてきてしまったんです」
今となってはもう、遅すぎる反省かもしれません。
けれど私の心はレイザー様にお伝えできた。だから――。
「レイザー様。あなたのことが好きで好きで、本当は完璧なんかじゃなくって甘えん坊で、それでもこれから辺境伯夫人としてがんばりたいと思う今の私に、どうか最後の答えをくださいませんか」
今度は真っ直ぐに、はっきりと。
私は、私の受けるべき答えをレイザー様に求めることができました。
もう迷うことも、眼を逸らすこともありません。今ここに、愛する御方が無事にいてくださるだけで充分。何故ならミザリアにとって、それ以上のしあわせはこの世に存在しないのですから。
だから答えがどうのようなものであっても、きっと受け入れてみせる。
「私、は――」
そこで、お言葉が途切れる。レイザー様は悩まれているご様子でした。ご自分の心の中に答えを求めるために視線を落とされ、はらりと髪の一房が垂れて炎の赤を反射する。憂いを秘められた表情はとても美しく、もしも時間を止められたなら、きっと私はいつまでだって眺めていられたでしょう。
でも、本当は時は流れ続けている。
この世界が生じてから一度だって、それは止まったことがない。
レイザー様も、遂にそれを見つけられたようでした。
顔を上げ、再び私の瞳を直視して、決意とともにこう申されたのです。
「『君と、永遠にある』」