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芙蓉ノ奇事録  作者: neg
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Chapter 07 - 「あなたって卑怯ね」

「なんにも見つからないわね」

「うーん、こうも手掛りが何もないとな」

「あ! ちょっとユマ、そこで三角倒立しながらアスリートっぽく叫んでみなさいよ」

「ん、こうか?」

「そうそう。そこで砲丸投げっぽく」

「うおぉぉぉぉぉ!しゅおぁぁぁぁ!」

「うーん、なかなかね」

「で、これがどうしたんだ?」

「いや、ほんとにやったらおもしろいかなと思って」

「…」

小春日和の休日の駅前通り。時間はお昼前。日差しには雲がかかっていて、過ごしやすいが少し肌寒い。人通りはまばら。この時間に駅を行き来するのは、これからお昼時に合わせてどこかに出かける人か、すでに用事を済ませて帰ってきた人のどちらかだろう。

「でもずっとこのあたりを漂っていたから、この近くに何かあるはずだと思うのよねー。私にゆかりある何かが!」

スイフヨウの自分探しは続いている。とは言っても何も手掛りがないので、実質はただの散歩だ。ユマの音楽プレーヤーに入る前、スイフヨウの意識は分散した霧のように、この街の上空を漂っていたという。霧散して消えなかったのは偶然なのか、それともこの地域にスイフヨウを留める何かがあったのか。どのくらい漂っていたかはスイフヨウも分からないらしい。一瞬だったのか、1年だったのか、あるいは1000年だったのか。ただスイフヨウが言うには、この地域にはもっとたくさんの「スイフヨウの欠片」が存在していたはずで、今の自分は、その中の10分の1ぐらいしか集まっておらず、それらをまとめてなんとか形作っているということだった。

あと9人分(?)のスイフヨウがいるということだろうか。それは大所帯だ。

「何かってなんだよ」

「そうね、例えば不動産価値の高そうなでっかいお城とか」

「入ったらゾンビとかうじゃうじゃ出てきそうだなぁ」

「そんなの嫌!」

「じゃあ落ち武者の幽霊とか」

「死霊系から離れなさいよ」

手掛りは見つからなかった。けどスイフヨウは別にいいかな、と思っていた。こうしてただ何気ない時間をユマと過ごすだけで楽しかったし、そういった時間が続くこと以上に大事なことは、さしあたり今のスイフヨウには思いあたらなかった。失われた自分の断片に何があったか好奇心はあった。集めきれたから気分的にもスッキリするかもしれない。その先で、本当に自分で歩ける足を得て、ユマに触れられる手を得ることができたら、確かにそれは素晴らしいだろう。けれどそれはあくまで「ない」ものに対するちょっとした執着でしかない。それらが本当に大切なものなのか、あるいは忘れてた方が幸せなものなのかは分からない。分からない以上、それらの収集を前提に何か自分のこの先の存在の仕方を決めようとは思わなかった。あればいいかもしれないけど、目の前にも楽しいことがある。それを全力で楽しむ方が、はるかに優先事項に思えた。

平和な日常。ユマとの逢瀬。何もしなくてもいずれ変ってしまうかもしれない関係だが、だからこそ今を大切にしたかった。

だからスイフヨウは、やがて来る崩壊の時など想像したくなかったし、できなかった。

「…ん、なんだ?」

「どうしたの?」

「いや、なんか今、後から引っ張られたような…」

ふと、ユマが足を止める。首筋あたりに、なんとなく冷たいような、生暖かいような、あまり気持ちがいいとは言い難い違和感。誰かの視線のようにも感じられるし、自分自身が背後に何かを置き忘れてしまったかのような、そんな不安感にも感じる。

肩越しに振り返るユマ。だがそこは何も変わらない駅前の風景があるだけだった。はたから見れば1人で何やら挙動不審なユマは若干奇異に見えなくもないが、それすら日常の風景に溶け込んでおり、それを気に留めて何か行動を起こすような人もいない。

しかし振り返るユマを見て、スイフヨウの顔はみるみる青ざめていった。

「だめ、ダメよ!」

「え?」

直後、辺りが突然異常な気配に包まれる。

泥と錆が入り混じったような焦げた臭いがし、空の色が緑色に変色するような錯覚を起こした。とても現実の中にいるとは思えないような感覚が、ユマの肌を突き刺す。

「だめ! 逃げて!」

「うぉ、おお!」

何が何だか分からない。が、とにかくユマはその場から離れようと駅を背にして走り出した。まわりを行き交う人々は何事もないかのように歩いており、それらが異様な風景と重なってより一層不気味に見せる。

「な、なんだぁ?」

ユマは走りながら声に出した。とりあえず走ってはみたものの、どこへ逃げてもあの異様な光景が追いかけてくる気がした。

「分からないけど、あれは…」

はぎれ悪く、何か言おうとするスイフヨウ。

ひとまず駅前を離れ、交差点の脇にある細い路地に入ったところで足を緩め、で一息つく。

緊張と全力疾走で呼吸が激しい。無理やり大きく息を吸い、3秒止め、それから大きく息を吐く。少しずつ、鼓動が落ち着きを取り戻しはじめてきたところで、スイフヨウが自信なさげに話し出す。

「あれは、私が目覚めた後からずっとわたしを付け回してたやつ、だと思う…」

「付け回してたって、初耳だぞ」

「今思い出したの!目覚めてからここに入るまでは、わたしの意識もあやふやだったから…」

スイフヨウは今にも消え入りそうな声だ。自分の責任を感じているような、でも自分のせいではないと言いたいような、どうしようといった感じで困っている少女の葛藤。そいつの目的は何なのかとか、正体はどんな奴なのかとか、聞きたいことは色々あったが、いずれにせよこの様子だと、見つかったらロクでもないことになりそうな気がした。

「まぁ、音楽プレーヤーがしゃべりだしてからは大抵の事に驚かなくなったけどな」

「…わたしのせいだ」

スイフヨウは下にうつむいて、いよいよ今にも泣きそうな状態になってしまった。きっと葛藤した末、自分がユマを巻き込んでしまった、と結論付けたのだろう。普段はわがままで気が強くても、自分が悪いと思ったときは、認めがたくても自覚する。その心の内は不安でいっぱいのただの少女だということを、ユマは知っていた。

ディスプレイから除く、申し訳なさそうに震えるその姿。不謹慎にも、なんだか可愛らしいな、と思ってしまう。

「たまたまだろ、気にすんな」

「…」

「やっぱり捕まったりするとヤバいのかな。焼かれて食べられたりとか」

「わかんないけど、きっとユマの顔も覚えちゃったから、追いかけてくると思う…」

「そうか。じゃあ何とかして逃げ切らないとな」

とは言え追跡者は明らかに異常だった。駅前からずっとついてくる現実離れした現象と感覚。もしこれが超常的な何かだとしたら、ただの中学生のユマに逃げ切ることなどできるのだろうか。

ユマはスイフヨウの方を見た。相手のことがもう少し分かれば、何か対処法が見つかるかもしれない。

「何かあれの弱点とかないか?」

「わかんない…でもあれはたぶん私を追ってきたから、私がいなくなればどっか行くかも…」

「お前を置いて行くわけないだろ」

ユマは即答した。何か深い考えがあったわけではない。義理や人情と目の前の危険を天秤にかけたわけでもない。ただそうすることが、あたり前のことだと思った。

スイフヨウははっと目を開いてユマを見上げた。ユマだって世の中から見ればまだまだ子供のはずなのに、どうしてこんなにもブレずにいられるんだろう。捕まった後の危険が想像できず、楽観的なだけなのだろうか。でも、そういうわけではないと分かっていた。きっとこれがユマという男の子なのだ。どんなに我が儘を言ったって、からかったって、ちょっとむくれることはあるけれど、決してわたしを見限ったりはしない。

スイフヨウは、自分の心が落ち着いて行くのを感じた。この頼もしい少年に巡り合えた偶然に、スイフヨウは心の底から感謝した。

「あれについて、他に何か分かることは?」

「…うーん、ちょっと待ってね」

とは言えユマは、自分が焦ればスイフヨウをさらに不安にさせてしまうだろうと、平静を装うのに必死だった。こんなに焦っているのはいつ以来だろうか。小学校の教室で飼育しているカエルが10匹ほど入った水槽を、アミがユマめがけて盛大にひっくり返してきた時も、ここまでではなかった気がする。

どうすれば逃げられるか。もしくはいっそ逆に向かって行ったらどうだろうか? 光景こそ異様だったが、ただのこけおどしかもしれない。そもそも捕まったとしても何もないのかもしれないし、だとすればそれほど恐怖を感じる必要はないんじゃないのか。スイフヨウは逃げろと言ったが、単にこの異様な気配に怯えているだけで、実害はないかもしれない。

もちろんそうでない本当に危険な可能性もあるが、そういった無理な考えでも持っておかないと平静でいられない。とにかく何でもいいから、まずは自分が落ち着き、冷静に状況を見据える必要があると思った。

「とりあえず、まずは一度お家に戻りましょう」

「家まで追いかけてこないか?」

「たぶん、大丈夫。今思い出したけどあいつ確か、最初は顔を覚えに来るだけだった気がするわ」

「そうなのか。よし、わかった。とりあえず戻って、それから落ち着いて色々考えよう」

情報としては曖昧だったし、そうは言っても自宅が特定されるのは気が引けたが、とは言え他にヒントになるようなものがあるわけでもなく、いつまでもうろうろしていても意味はない。選択肢がないことを悟ったユマは、スイフヨウが入っている音楽プレーヤーを守るように大事に内ポケットに入れ、なるべく背後を振り向かないようにして、急ぎ足でその場を離れた。

「たぶんあれは、わたしと似たようなものだと思うの」

「なるほど? 似たようなもの?」

 家について落ち着くと、スイフヨウはそう話を切り出した。いつの間にかあの気配は消えている。あの錆びたようなにおいも、緑色に見えた空も消え、いつもと変わらぬ平穏な日差しが窓から差し込んでいる。どうやらスイフヨウの言うとおり、あれは一旦退散したようだ。

「あれが何か知っているわけじゃないんだけど、そうなんだと思うわ。駅前で見たとき、そんな感じがした」

「ていうことはあれも、なんか電化製品にとりついたりするのか?」

「わかんない…でもそういうことができる可能性はあると思う。電化製品とは限らないと思うけど」

分かったような、分からないような。そもそもスイフヨウ自体が得体の知れないものなので、似たようなもの、と言われてもあまりピンとはこない。物に取りつくあたり、やっぱり幽霊のようなものなのだろうか。

「ただ、あいつはたぶん私より、もっとシンプルで純粋なものだと思う」

「と言いますと?」

「あれからは意志みたいなものを感じなかったの。なんていうか、機械が自動的に作業をこなすような、そんな感じ」

「そうなのか。じゃあそいつはあんまり複雑なことは考えてない、なんか単純に行動するだけのロボットみたいなもんってことか」

「たぶん、そう…だと思うんだけど…」

「ん?」

「いや、だったらなんでわたしを追っかけてきたのかしら。今更だけど」

「うーん、同族同士が更新する、電波みたいなのにひかれたとか?」

結局のところ、なんだかよく分からないものがなんだかよく分からないものを追いかけ回しており、その中でなんだかよく分からない事が起こった、と言う状態だ。

「捕まったらどうなるんだ?」

「分からない…けど絶対やばい気がする」

「確かに、やばい気はした」

「絶対食べられる気がするよね」

「ああ、食われるな」

根拠はないが、とりあえずそう言い切る2人。

「他に何か分かることはあったか?」

「…あとは…無い、かなぁ」

「要するに、何にも分からないってことか」

「…うう」

「でも、あいつがお前を追いかけてきた理由が分かれば、ひょっとしたらお前自身の探し物にも何か繋がるかもしれないな」

「うーーーーん、そう、なのかな…」

スイフヨウはユマの顔をそっと見上げた。

そんな事を言っている時ではない、とは思うのだが、身の危険があったにも関わらずスイフヨウの都合のことも考えてくれるユマに、つい顔が綻んでしまう

「そうだったらあんまり悲観することもないかもな。毎日自分探しのために放課後ウロウロしてた甲斐があったってもんだ。むしろチャンスが降ってきたってね」

「でも、きっとユマも危ないよ?」

「そうとは限らないだろ? それにお前も、失くしものを見つけて、自分の体を手に入れて、自分の足で買い物とか学校とか行きたいって言ってたじゃん。どうなるかは分からないけど、手掛かりになるかどうか、調べてみようぜ」

軽く言うユマ。自分だって巻き込まれて怖い目にあっているのに。

わたしのことなんて、気にかけている場合じゃないのに。どうしてこう、彼はいつもいつも。

「あなたって卑怯ね」


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