毒婦と呼ばれた女〜最愛の妹が勇者になるので、ハンター辞めて陰から支援します!〜
短編です!
面白かったら応援や感想をお願いします!
「なんだいアンタかい? 久し振りじゃないか」
溜息と紫煙を吐きつつそう言葉を発したのは、華美に過ぎない、しかし身体の凹凸をこれでもかと主張するような、ピッチリとしたドレスを身に纏った一人の妙齢の女性であった。
薄桃色の脚まで届くかというほどの長髪を無造作に床に垂らし、その部屋の主だと言わんばかりの豪奢な椅子に脚を組んで座り、煙管を吹かしている。
その女性と相対するのは、歳の頃で言えば17歳くらいの可愛らしい少女であった。
「わたし、イザベラさんに謝りたくて……! だってその傷は、わたしが……!」
「それも何度目かねぇ。別にアンタのせいじゃないんだよ、コレは。あたしの腕が鈍って落ちてたってだけなんだから、気にするんじゃないよ」
そう言って自身の額に手を当てる、イザベラと呼ばれた女性。
その額には、生々しく禍々しい、三本の傷が在った。
「姉さん……」
弱々しくイザベラを姉と呼ぶ少女。
その傷に触れながらイザベラは、あの日のことを思い返す――――
◆
二年前のその日イザベラと少女は、国王の遣いとして迎えに来た親衛隊と呼ばれる騎士達に連れられ、一路王都へと馬車に揺られていた。
二人は同じ孤児院で育った先輩後輩の間柄で、五つ歳の離れたイザベラに少女――ハンナは良く懐き、いつも行動を共にしていた。
孤児院の、いわゆる身元の知れぬそのような二人を何故国王が王都へと召喚したのか。
それは、成人となる15歳に教会で受ける“天職の儀”が原因であった。
「しっかし、まさかハンナが選ばれし“勇者”様だとはねぇ……」
「わ、わたしがなりたくてなった訳じゃないもんっ!」
「分かってるよ。だけど一人では国王様の所へ行きたくないからって、お姉ちゃんを呼び出すなんてね。相変わらず可愛い妹分だよ」
「だって……、院長先生は子供達のことがあるし、頼れるって言ったらイザベラ姉さんだけだったんだもん……」
「あたしがアンタの“天職の儀”に合わせて帰らずに他で依頼を受けてたら、どうするつもりだったんだかねぇ〜?」
「うっ……! もうっ、イザベラ姉さんの意地悪っ!」
「あっはは! 久し振りにそのむくれっ面を見たねぇ♪ ああ可愛い可愛い♡」
「もぉ〜! からかわないでよぉ!」
馬車の座席に並んで座る、片やよそ行きの、平民にしては上等な衣服を纏ったハンナ。そして片や扇情的な、身体に張り付くようなデザインのドレスに上等なローブを羽織り露出を控えるイザベラ。
そんな端から見たらまるで本当の姉妹のように仲睦まじく戯れる二人に、対面に座る男性から咳払いが届いた。
「ん、んんっ! お二人が仲が良いのは充分に理解した。しかしイザベラ殿……といったか。あまり我らの勇者様に馴れ馴れしくし過ぎないでいただきたい」
「……ああん?」
そんな男――騎士の正装に身を包んだ美男子だ――の言葉に、不機嫌そうに顔を向けるイザベラ。美しく切れ長で、しかし威圧的なその鋭い視線に、思わず騎士はたじろぐ。
「なんだい、何か文句があんのかい? この子の天職が“勇者”だからと国が無理矢理取り上げるクセに、今度は家族の絆まで奪おうってのかい?」
「い、いや、決してそのような事は……」
「そう言ってるじゃないのさ。姉が愛する妹とイチャイチャして何が悪いんだい? ただでさえお国に取られて、会える機会も減るってのにさ」
「ね、姉さん! 偉い騎士様に、そんなこと……!」
「ハンナは黙ってな。いいかい騎士様? この子を城に連れて行くことは他ならぬこの子が望み、許したことだ。だからあたしはそれに関しちゃあ文句は無いよ。だけどね――――」
殺気の一歩手前とでも言うべき闘気が、敵意が騎士に叩き付けられる。
その整った妖艶な表情を氷の微笑に染めて、真っ直ぐに騎士を見据えるイザベラ。
「この子を不幸な目に遭わせてごらんよ。騎士団だろうが王国軍だろうが、国王様だろうがタダじゃおかないよ。この【毒婦】と呼ばれるS級探索者のイザベラがね」
「え、S級……それに、【毒婦】だと……!?」
「なんだい、“勇者”様に夢中でその周囲の情報収集に手を抜いたのかい? ハンナだけじゃあないよ。この子に言うことを聞かせるためとか言ってあの孤児院の子供らに手を出してごらん。その時は王都をあたしの【毒】が地獄に変えてやるからねぇ……!」
「イザベラ姉さんッ!!」
いい加減に不味いと感じたのか、ハンナが大声を上げてイザベラを制止する。騎士の男性は冷や汗をかいたまま顔色を悪くし、そのまま押し黙った。
「姉さんが過保護なのは昔からだし、わたしのことを思ってしてくれてるのは嬉しい。だけどこれはわたしが決めたことだし、そんな危ないこと言って王様に危険って思われたらどうするの!?」
「何言ってんだいハンナ。S級ハンターの身内に無体な事を仕出かしたら、そりゃあ戦争にもなるってもんさ。あたしはソレを親切に教えてやっただけだよ」
「だからって――――」
「襲撃だァーーッ!! 魔物が出たぞォーーッ!!」
言い合う姉妹の声を、突如不穏な叫び声と大きな揺れが遮った。
王都のほど近くまで来たこの街道で……? と急停車した馬車内の誰もが訝しむ中、車外から護衛の騎士や兵士達の絶叫が響き渡る。
「ギャァアアアアッッ!!??」
「な、なんでこんなヤツがこんな所に出るんだよォッ!!??」
「くっそ! くく来るな! 来るなァーーッ!!?」
大混乱に陥っている車外の様子を一瞥し、舌打ちをする者が一人。
「王国の騎士も質が落ちたもんだねぇ。これでも親衛隊かい?」
「め、面目ない……。どうかイザベラ殿、勇者様を連れて脱出してくれまいか? ヤツは我等が何としても止める故。S級ハンターの腕を見込んで、頼むっ」
ゆらりと車内で立ち上がり、ローブの下……腰に着けたポーチの中に手を差し込むイザベラ。
そんな彼女に、対面に立ち上がった騎士が頭を下げて頼む。それをつまらなそうに眺めたイザベラは、あろうことか騎士を鼻で笑ってみせた。
「馬鹿お言いでないよ。迎えに行った騎士が戻りませんなんて話になってごらん。この子の“勇者”としての門出にケチが付くじゃないか。加勢してやるから、気張って倒すんだよ。あの――――」
そう話しながら、馬車の扉を開け放つ。
「――――特Aランクの魔物、グラップルベアーをね……!」
そう言うや否や、イザベラは馬車の屋根に手を掛けてヒラリと身体を屋根に押し上げた。その手には、今まで影も形も無かったはずの意匠の凝った大弓が握られている。
「熊が一頭、残りはダイアウルフが十五頭だよ! 野郎ども、一旦馬車まで退いて隊列を整えなッ!!」
瞬時に戦況を把握して大声で護衛達に指示を飛ばす。その間にもその手はポーチから矢を引き摺り出しては弦に番え、後退に手こずっている者を襲うダイアウルフ――狼型の大型の魔物だ――の眉間や脇腹など、一撃必倒の急所を正確に射抜いていた。
「おい、アンタ偉いんだろ!? さっさと態勢を整えなよ!」
「あ、相分かった! 皆の者怯むな!! 勇者様を護り、無事に王都へとお連れするぞ!!」
遅れて馬車から飛び出てきた騎士へと叱咤を飛ばすと、イザベラはグラップルベアーを睨み付ける。
(こんな王都近郊の浅い森にねぇ? ずいぶんキナ臭いじゃないか。あたしが大キライな陰謀の臭いがプンプンするよ……!)
「アレの相手はあたしがする! アンタ達は死ぬ気で勇者様を守りな!!」
胸中で毒吐きながら。
大声で宣言するが早いか、イザベラは標的をグラップルベアーへと切り替え立て続けに五本の矢を放つ。五本の矢はそれぞれに魔力を纏い、荒ぶる熊へと空気を引き裂き飛翔し、突き立たんとする――――が。
「グボォオオオオオーーーッ!!」
「チッ……! 遠間の普通の矢如きじゃ歯が立たないかい。流石は“格闘熊”だねぇ!」
グラップルベアーは飛来する矢に目敏く気付き、あるいは獣の敏捷性で躱し、あるいはその冠する名の通りに洗練された武術スキルを用いて弾き、叩き落とした。
イザベラはそれを見るや否や再びポーチに手を突っ込み、今までとは異なる輝きを放つ矢を三本取り出す。
「持ってて良かった“ミスリルの魔矢”ってねぇ。ほら、叩き落としてごらんよォ!」
イザベラは三本の矢のそれぞれに素早く魔力を付与し、一本目を弓に番える。そして何を思ったか、一本目の矢を何も無い空目掛けて射ったではないか。
馬鹿にされたとでも思ったのか、グラップルベアーが地面を叩き咆哮を上げ、イザベラの乗る馬車へと突進してくる。
「ゴボォオアアアアアーーーーッ!!」
「辛抱が足らないねぇ。お慌てでないよ、熊っころ。今特製の矢を喰らわせてあげるからねぇ!」
二射目は、今度は間違いなくグラップルベアーに向けて放たれた。するとどうだろうか。魔力を付与された矢は強い輝きを放ち、辺りを閃光で埋め尽くしたではないか。
「グギャオオオオーーーッ!!??」
「驚いたかい? そら、もう一本お喰らいよ」
閃光は二射目の矢の姿を見事に眩まして、グラップルベアーの左の前脚にその鏃を深々と突き立てた。そして閃光が去る直前に放たれた今までの比ではない速度の三射目が、右の前脚に突き刺さる。
グラップルベアーは突然の両の前脚を襲った痛みにもんどり打って転倒し、仰向けとなって空にその身を晒した――――
「仕舞いだよ」
「ゴボアッ!!?? ゴボッ……! ガアァァ…………」
まるで最初から狙い澄ましたかのように。
仰向けに倒れ顎を開いたグラップルベアーの口腔に一射目の矢が、空高く放った一本目の矢が吸い込まれ、その命に突き立った。
口から血を吹き出し断末魔も満足に上げられぬまま、グラップルベアーは沈黙する。
イザベラは念のためトドメの矢を番えながら馬車から飛び降り、グラップルベアーを引き付けたことで優勢に盛り返した騎士達を迂回して亡骸の様子を探りに行く。
「……ふん、雄かい。気に入らないねぇ。この時期の熊は番いが多い。仮にこれが仕組まれた罠だとして、雌は何処に――――」
「バォオオオオオオオオーーーーーッッ!!!」
「きゃああああーーーーッ!!??」
突如後方で上がるけたたましい咆哮と、聞き慣れた少女の物に良く似た悲鳴。慌てて振り返ったイザベラの視界が映したのは、先程の雄の個体より二回りは巨大な熊の魔物が、馬車をその剛腕で粉砕している姿。そしてそこから慌てて飛び出し、地面に転がる大事な愛しい妹の姿だった。
(やられた……ッ!!)
トドメの一射を念のため雄の眉間に撃ち込みながら、即座に踵を返すイザベラ。同時にその豊かな胸に手を当て、魔力を練り込みながら疾駆する。
雄よりも巨大な雌のグラップルベアーは、先程まで自身が乗り妹と談笑していた馬車を粉々に砕いてから、彼女の妹――ハンナに殺意の込もった視線を投げる。
ハンナはまるで蛇に睨まれた蛙の如く、身を震わせて動くことができないでいる。
「勇者様、お下がりくださいッ!!」
ハンナと巨大な熊の間に割り込んだのは、同じく先程まで馬車に同乗していた騎士の男性だった。
(馬鹿がっ! 迎えの責任者のアンタが死んじまったら、誰がハンナやあたしの身の潔白を証明できるってんだいッ!?)
さしものイザベラも、その時ばかりは冷静さを欠いていた。
「バルオオオオオオオオオーーーッッ!!!」
「どきなァッッ!!!」
魔物相手には頼り無い、儀礼用の細剣を構える騎士を突き飛ばし、振り下ろされる鋭く巨大な爪にその身を晒したのだ。そして――――
「――――ぐ……ッソがぁあッ!! アンタ達、とにかく退がりな!!!」
「イザベラ殿ッ!?」
「イザベラ姉さん!? 顔が! 血がっ!!?」
「いいからお退がりッ! 巻き込んじまうだろ!!」
そこには額から膨大な量の血を流し、その整った顔を真っ赤に染めたイザベラが立ちはだかっていた。
鬼神もかくやといったその形相に、その鋭い声音に気圧され萎縮し、ハンナと騎士は彼女から渋々距離を取った。
「バルアアアア……ッ!!」
「ああそうだよ。アンタの旦那様を殺ったのはあたしさね。狙うならあたしだけにおしよっ!」
額からは尚も大量の血が流れ出ている。だというのに、イザベラの声には恐れも、痛みに苦しむ様子すら感じ取れない。
そのまま巨熊と対峙するかと思いきや、イザベラは弓を地面に突き刺し手放した。そしてポーチから新たに取り出したのは、一本の美しい彫刻の為された煙管であった。
「奇しくもあたしが風上だ。アンタはもう、逃げられないよ」
一緒に取り出した小袋から刻み煙草を一つまみ取り出し、慣れた手つきで煙管の火皿に詰める。指先に魔法で火を灯し、遠火で火皿の煙草に火を着け味わいながら吸い込む。
「【ウィルス生成】――――【自死を告げる者】」
その呟きとも取れない小声と共に、紫煙がその血に濡れた唇から吐き出される。煙草の煙は音も無く風に流され、雌のグラップルベアーの元へと届いた。そして――――
「ガッ!? ゴボルァアアアアーーーッッ!!??」
突如藻掻き、苦しみ出したグラップルベアー。地面をのたうち回り、口から……いや、身体の穴という穴から血を噴き出し、眼球すらも血走り、破れた毛細血管から血が滴り飛び散っている。
「アンタの身体ん中では今、総ての因子が崩壊し死へと向かっている。あたしの妹を殺そうとしたんだから、返り討ちにされる覚悟はできてただろうねぇ? ……っても、魔物なんかにゃ分からないか」
パンッと煙管を叩いて灰を落としたイザベラは、最後に火皿に残った灰を空吹きして飛ばすと、ポーチへと戻した。
力の限り地面を転がり回っていたグラップルベアーは、いつの間にか大量の血を流して絶命していた。
「おい、親衛隊の」
「な、なんだイザベラ殿……? アイツは、死んだ……のか?」
「ああ。毒を使って殺したからね、死骸はすぐに焼き払っておくれ。間違っても素材を取ろうとするんじゃないよ? 遠間から火魔法で焼き尽くしな。討伐証明は雄の一頭で充分だろ?」
「わ、分かった……! その、手当ては……?」
「見た目ほど酷くはないから、手持ちのポーションで事足りるよ。ほら、さっさとおし!」
「り、了解した!」
◆
「もう、二年になるのかい。早いもんだねぇ……」
「まだたったの二年だよ! わたし驚いたんだから! 学園に通っている間に探索者ギルドに行ったら、『S級のイザベラが引退して娼婦になった』って聞いて!!」
「そうかいそうかい、ハンター資格も取ったんだねぇ。あの泣き虫のハンナが立派に成ったもんだねぇ」
「もうっ! はぐらかさないでよ!! あと泣き虫じゃないもんっ! こう見えて剣技と魔法は学年トップの人と互角なんだからね!?」
「変わんないよ。アンタは小さな頃からあたしにくっ付いてきた、“泣き虫ハンナ”だよ。それはこの先も変わらないさ」
「…………なんでハンターを辞めたの?」
「だから言ったじゃないか。グラップルベアー如きに手痛い目に遭わされたんだ。腕の衰えだよ」
肩を竦めて、未だ22歳のうら若き娼館の主人は自嘲する。
いつの間にか消えていた煙管の灰を落として、新たに刻み煙草を詰めて火を着ける。
「嘘だ。今のわたしなら分かるもん。イザベラ姉さんはまだまだ、わたしなんか足元にも及ばないくらいに強いって。それに、雌のグラップルベアーを殺した能力だって――――」
「買い被りさね。自分のことは自分で一番理解しているよ。ほら、もう帰んな。アンタみたいな若い可愛い子が、娼館なんかに出入りするもんじゃないよ。それと、あたしの能力についてもあまり深入りするんじゃないよ。使わないならそれに越したことのないチカラなんだ」
「わたし、また来るから。今よりもっともっと強くなって、魔族軍だって倒してみせる。だからその時はまた……一緒に暮らそうよ、姉さん……!」
「結構娼館の女将ってのも気に入ってるんだけどねぇ。それにあたしが抱かれるのは、この眼で見定めたよっぽどのイイ男だけさ。アンタが心配するようなことは、まったく無いんだけどねぇ……」
「それでも! それでもわたしは、イザベラ姉さんと……お姉ちゃんと暮らしたい」
「……困った甘えん坊さんだねぇ。まあ、精々怪我をしないように、気を付けるんだよ。何か困った事があったら、院長先生に相談しな。あたしはハンターはもう引退したんだからね」
「…………またね、イザベラ姉さん」
静かに閉まった扉をしばらく眺めていたイザベラは、何度目かになる燃え尽きてしまった灰を落としてから、煙管を机に置いた。
窓辺へと立ち、娼館から出て表通りへと遠ざかって行く妹の背中を見送る。そして完全に見えなくなったところで――――
「なんっ……だいありゃあ……!? 可愛すぎるだろあたしの妹ったら!! ああっ、抱き締めたかった……! 抱き締めて思い切り香りを嗅いで、その唇も他の初めての何もかも奪ってやりたかったよぉ……ッ!!」
ヘタリと床に崩れ落ち、自身の身を抱いて息も荒々しく身悶え始めた。
「あのー、女将?」
「あの丸くてスベスベなモッチリとした頬! プルンと弾力のある小さな蕾のような唇……! ああっ、味わいたい……! 全てあたしの……お姉ちゃんのモノにしたいよぉ……ッ!!」
「女将さーん? イザベラさーん? もしもーし?」
「金色のクリっとした瞳も、黄金色のサラサラな髪も何もかも…………って、なんだい? 久し振りに妹に会えた人の悦びを邪魔するんじゃないよ。無粋だねぇ」
「いやあの子……ハンナちゃんの身辺調査と護衛してこいって言ったの、女将じゃないですかぁ。その報告、要らないんですかぁ?」
「話を聞こうじゃないか!」
いつの間にか部屋の中央に佇んでいた一人の女性。ありふれた女性探索者の出で立ちで、主にして女将であるイザベラの先程の豹変ぶりにも全く動じていない女性は、素早く執務机に着席したイザベラへと溜息を吐きながら向き直る。
「あーい。まずハンナちゃんの警護体制ですね。王宮から推薦された戦闘侍従が一人、常に傍に控えています。あとは遠巻きに親衛隊の暗部の精鋭が四から五人ほど、学園外では常に警護してます」
「ねえ? その専属侍従って……」
「もちろん女性ですよー。ハンナちゃんが自分から女性が良いって希望を出したみたいです」
「さすがあたしの妹! そうさ、男なんてみんな狼なんだから、そんな側仕えなんかに選んじゃダメだよ!!」
「続けマース。学園内は如何な暗部といえど立ち入りを禁じられていますので、トラブルが起こるのはもっぱら学園内ですねー。ウチの息の掛かった生徒も四六時中張り付いてる訳にもいかないもんで、そこは仕方ないかと」
「そのトラブルって、具体的には?」
「良くあるイチャモンの類いですねー。『お前のような小娘が“勇者”だと!?』みたいなのです。あ、あとはナンパされたのが数度ありましたねー」
「…………ちょっと行って学園滅ぼしてくるわ」
「だーめーでーすー。何のためにウチら腕っコキの女性ハンターを集めて娼館モドキなんて開いたんですかー。全てはハンナちゃんが勇者として立派に成長して、無事に務めを果たせるよう陰ながら支援するためでしょう?」
「むぅー」
「むぅー、じゃありません。みんな女将に助けられて、実は家族思いで優しいところに惹かれて娼館で働いてるんですから、台無しにしないでくださいよー」
「はぁい、分かったよぉ……。でもそのイチャモン付けた奴とナンパしてきた奴は要チェックだね。何か良からぬ事を企ててたら即座に排除しな」
再び机の上の煙管を手に取り、刻み煙草を詰めて火を着けるイザベラ。
その表情は冷たく、二年前のあの日に騎士に見せた、冷たい氷のような微笑を浮かべて紫煙をくゆらせる。
「あーい。そういえばもう二回生も後半ですねー。ハンナちゃんの成績だったら“武闘大会”の学年代表も狙えるんじゃないですかねー?」
「……なんですって?」
「年度終わりに学園の卒業生も交えた武闘大会が有るんですよー。二回生から出場できるんですけど、知らなかったんですか? 代表選考予戦は二週間後からですよー」
「な・ん・で!? どうしてそれを早く言わないの!? こうしちゃ居られないじゃないか!! あたしはすぐに王都に行くからね!! あの子は“勇者”ってことで転移陣で直接帰る筈だから、バッタリ会うこともないだろうしね!」
「ち、ちょっ!? い、今からですかぁ!?」
「当ったり前だよォ! 愛しの妹の晴れ舞台を観れずして、何がお姉ちゃんか!! あたしのマジックポーチは何処だいッ!?」
「ちょっと女将!? 娼館はどうするんですかぁ!?」
「そんなモン休館にしとけばいいさね! どうせ本番なんかヤらせずにチヤホヤして追い返すだけなんだから!」
「ええぇ……、い、いいのソレで……!?」
「女将のあたしがそうするって言ってるんだ! ついでだしみんなにも休暇だと伝えておいで! お小遣いは奮発するから、館の維持管理だけは交代でちゃんとおやりよ!」
「は、はーい、分かりましたよぉー!」
猛然と下された女将の命令に、慌てて扉から飛び出ていく報告者の女性。
それを見送った娼館の女将であるイザベラは自身の私室へと駆け込むと、無数にあるクローゼットの中身を片っ端から広げて、旅の服装を物色し始めた。
「やっぱり大会当日は気合いを入れないとねぇ。あ、でもあんまり派手に決めても目立ってあの子に見付かって集中を乱してもいけないし……。下着は一番良いヤツと新品とどっちが良いかねぇ? やっぱり勝負事だから色は赤にするとして…………」
これから小一時間以上、イザベラは荷物作りに頭を悩ませるのであった。
「それじゃあ、行ってくるからねぇ。休みだからって、くれぐれも羽目を外し過ぎるんじゃないよ」
「「「イザベラ女将、行ってらっしゃい!」」」
花園のような美しくうら若い女性達に見送られて、妹を深く愛し過ぎている元ハンターの女性、【毒婦】イザベラは駿馬に跨り娼館を後にした。
足まで届くかというほどの薄桃色の長髪は一本に編み首に回し、乗馬に適した旅装――とは言っても過分に上等な物だが――に腰には様々なアイテムや衣服を詰め込んだマジックポーチを着けた身軽な格好で。
「女将ー、待ってくださいよー! 女将の愛馬速すぎですー!」
「何だいアーニャ? アンタは休暇要らないのかい?」
風を切り猛然と駆け出した愛馬に揺られていると、後ろから大声で呼び掛けながら追いすがってくる一騎の姿があった。
先程イザベラに妹ハンナの近況報告をした女性である。
「いやいや休みは欲しいですけどぉー! まあ本音言えば遊興に出る女将に随伴した方が良い思いできそうかなーって……じゃなくてですね? 向こうに残って探り入れてる仲間とも情報交換した方がいいでしょ? なんで、ウチもお供しまーす」
「本音がだいぶ漏れてたけど……まあ、いいさね。それなら精々観光案内しておくれよ」
「まっかせてくださいー! ハンナちゃんのお気に入りのお店巡りプランとかも、バッチリ組み上げてありますからー!」
「でかしたよアーニャ!! いやぁ、昂ってきたねぇ!」
「あ、ちょっ……!? だから速いんですってばー!?」
二人を乗せた二頭の馬が街道を走る。
片や元S級ハンターとして探索者の頂きに立ち、【毒婦】の異名で呼ばれた女傑。片やその偵察能力を買われ、また【毒婦】に恩を抱くうら若き乙女。
こうして、“勇者”となる愛しの妹を陰ながら見守る姉が、本拠地から一路王都へと旅立った。
二年前のあの時と違うのは、己が既にハンターではないということ。そしてその時から、自ら精力的に集めた仲間が大勢居て、各地に根を張り巡らせているということ。そして何より、最愛の妹は王都で“勇者”足るべく必死に努力を重ねていて、傍らに居ないということ。
妹のためなら王都すら滅ぼすと豪語したこの女性が、往く先々で一体どんな事件を巻き起こすのか。
それは今は、神のみぞ知るといったところか――――