アラフォーのハゲは、異世界で伝説のハゲになるようです
突然だが、俺はハゲが大好きだ。
ただし、ハゲの中にも「美しいハゲ」と「汚らしいハゲ」があると思っている。
美しいハゲとは、ツルツルピカピカにハゲているハゲである。毛がなければないほど美しい。たとえば、頭頂部がハゲ上がって側頭部と後頭部に毛が残っている「なみ*いスタイル」の場合は、残った毛も短く切り揃えておくほうが美しい。
汚らしいハゲとは、残った髪に見苦しくしがみついているハゲである。ハゲを隠そうとしているハゲだ。バーコード頭なんかその代表格である。側頭部や後頭部に残った毛をのばして頭頂部へ持っていってハゲを隠そうなんて事は避けるべきだ。よけい見苦しく汚らしく見えてしまう。
つまり、薄毛の悩み、ハゲの悩みというのは、髪があるから悩むのである! スキンヘッドにしてしまえば、そもそも髪がないのだから、何も悩む必要はない。お坊さんと落ち武者を比べてみるといい。スキンヘッドとバーコード頭を比べてみればいい。そこに共通点が見つかる。すなわち、ハゲが見苦しいのではない、残った髪が見苦しいのだ!
「というわけで、スキンヘッドにしよう。」
ハゲに悩んでいるその姿が見苦しいのであって、俺はハゲているぞと堂々としていれば見苦しくないのである。ツルツル頭をハゲます会……だったか? なんかそんな名前の、ハゲの会があるはずだ。頭に吸盤をつけて綱引きをするとか、ハゲを楽しんでいる会である。そのぐらい堂々とハゲていれば、何も見苦しい事はない。何も悩む必要はないのだ。
というわけで、まず用意したのは、市指定のゴミ袋|(大)。これを洗面台に広げて、切った髪を受ける。元々がスポーツ刈りだから、後頭部は短いところで2mmしかないが、頭頂部は長いところで2cmある。これを全部剃り落とすと、けっこうな毛の量になるはずだ。
次にハサミ。我が家にはバリカンなんてないのだ。用意したハサミも、髪ではなく紙を切る用の普通のハサミだ。まずはこれでジョキジョキ切っていく。
ハサミで髪を切ると、ハサミの刃の厚みで5mmぐらいは残ってしまう。なので、次に電気シェーバーで剃る。5mmというと3日のばしたヒゲぐらいの長さだ。T字カミソリではすぐ目詰まりしてしまうので、頻繁にバシャバシャ洗ってやらないといけない。毛の側面を刃が滑ってしまって剃り残しも生じる。それでは困るので電気シェーバーだ。少なくとも目詰まりの心配はない。
しかし電気シェーバーでも5mmの毛を剃ろうと思うと、どうしても剃り残しが生じる。刃のカバーにある穴に、うまく毛が入らないのだ。そこで、最後にT字カミソリの出番となる。剃り残しを剃る程度なら、目詰まりする心配もない。
泡立てて、剃って、最後に泡を洗い流せば、スッキリとスキンヘッドのできあがりだ。今後は、できるだけ毎日、少なくとも2日に1回はT字カミソリや電気シェーバーで剃ってやる必要がある。3日以上のばすと髪が伸びてきて見苦しくなる。床屋へ行って1回数千円支払うのと比べると、手間はかかるが経済的だろう。洗髪も洗顔のついでに10秒で終わるし、ドライヤーも必要ない。
「よーし! 明日はスキンヘッドで初出社だ!」
どんな反応をされるだろうか。驚くかもしれないし、笑われるかもしれない。だが、少なくとも見苦しく髪を残そうとあがくハゲを見るよりは、いっそ綺麗にないほうがマシな反応をされるはずだ。
枕の感触を頭皮に直接感じるのが新鮮だ。おやすみぃ……。
◇
そして朝。
「どうしてこうなった!?」
気づけば見知らぬ森の中。
赤・青・緑・黄色・ピンクなど原色の草に彩られた極彩色の地面。
見上げた空には太陽が2つ。
掌に乗るほど小さい人間みたいな何か半透明の生物が空中を楽しそうに飛び回っている。
目の前にはステータス画面。
名前:鶴岡光
種族:人間
性別:男
年齢:39
称号:転移者
技能:太陽神の寵愛 言語理解 鑑定
状態:健康 チャージ率1% 10:23
どう見ても異世界です。本当にありがとうございます。
ぽかーんとしていると、頭皮に風を感じて、そういえばスキンヘッドにしたんだったと急に現実に引き戻された。
「まいったな……。」
と、何となく自分の頭を撫でてみる。
キラーンと光った頭が、予想以上に太陽光を反射していたらしく、なで回す手の影が森に大きく映し出された。
「マジか……そんなにも、か……。」
頭から手を離すと、手の影が消えて周囲が明るく照らされた。
と、そこへ、木の枝をいくつもまとめてへし折るような音が聞こえ、木の葉が大量にこすれ合う音が近づいてきた。
「グオオオオオ!」
咆吼とともに、真っ黒な鱗に覆われた巨大な生物が姿を現わした!
あと、なぜか吠えた意味が理解できた。これが言語理解というやつか。
「ドラゴン!?」
驚いてビクッと飛び上がると、太陽光の反射角が変わって、鏡のようにドラゴンの顔へ太陽光が集中する。
「ギエエエエ!」
ドラゴンは顔を押さえてのたうち回る。
その巨体に押されて、周囲の木々が根元からバキバキ折れていく。
今のうちだ!
「っ……逃げろぉぉ!」
俺は走り出した。
だが太陽光が頭皮に反射して、俺の位置がバッチリ分かってしまう。
「グオオオオオ!」
明らかにお怒りの様子のドラゴン様が、俺を追いかけて猛然と走ってくる。
もちろん進路上の木々は薙ぎ倒された。とんだ森林破壊野郎だ!
「森は大切にしないとダメだろぉがぁぁぁ!」
文句を言いつつ逃げる。
そして、さっきみたいに太陽光が集中的に反射しないかなーと期待しつつ、頭の角度を調節してみる。
「こうか!? この角度か!?」
だいたい頭頂部よりやや前方、前頭部よりやや上へ、光が集中するようだ。
「ハゲビィィィーム!」
気合い一閃! 太陽光の反射が再びドラゴンの顔へ集中する!
≪チャージ率1%→0%≫
視界に浮かぶ謎の情報。
ちゅどーん!
なんとドラゴンの顔が爆発した!
「ギエエエエエ!」
「嘘ぉ!?」
ドラゴンの顔にそういう性質がある? いや、そんなバカな。
つまりこれは、俺のハゲビームの効果なのだ! 意味が分からん!
あと、今のドラゴンの咆吼は、ただの悲鳴だったようだ。
ドラゴンはそのまま倒れて息絶えた。やったね。とりあえず生き延びたぜ。
「……食えるのか?」
だんだん落ち着いてきて、最初に考えた事はそれだ。
見知らぬ森の中で、訳の分からない状況だが、生き延びるには衣食住が必要だ。仕留めたドラゴンが食えるなら、食事の問題はしばらく何とかなるかもしれない。解体して適当な大きさに切り分けた肉を燻製にでもして保存が利くようにしたいが、ナイフも何もないのにどうやってそんな事をするのかという問題が残っている。
どうしたものかとドラゴンを見ていると、鑑定結果が表示された。
名前:なし
種族:ブラックドラゴン
性別:男
年齢:1563
称号:Sランクモンスター
技能:使用不可
状態:死亡
備考:買い取り相場1300万金貨
「買い取り相場? ドラゴンの素材か……。」
そういうゲームなら高く売れそうだが……たぶん高く売れるのだろう。鱗が防具の材料になったり、牙が武器の材料になったりするのだろうか。
改めてドラゴンを見ると、その爪はけっこう鋭そうだ。もぎ取ったらナイフの代わりになるかもしれない。
「……てか、もぎ取れるのか?」
とりあえず試してみよう。掴んでむしり取る。
採れた。
「マジかよ。」
けっこう簡単に採れた。ブドウを1粒むしり取るような感じだった。
こんな簡単にむしり取れるんだったら、ドラゴンがこの爪で攻撃しようものなら自壊するのではないかと心配になるが、とりあえず使えそうなものが手に入ったことを喜ぶことにして、爪をナイフ代わりにドラゴンの解体を始めた。
◇
四苦八苦しながら解体作業を終えて、手頃な木をドラゴンの爪で切って集めてテントを作り、枯れ木を集めてハゲビームで着火。切り分けたドラゴンの肉を燻製にしていく。
それと試食で一部を食べてみたが、予想以上にウマかった。ブランド牛の霜降り肉みたいな感じだ。口の中でとろけて脂になって消えてしまう。これなら燻製にしてもウマいんじゃないだろうか。
……と、そうこうしている所へ、腕が4本ある熊に追われた女3人組がやってきた。
名前:なし
種族:アビスベア
性別:女
年齢:15
称号:Aランクモンスター
技能:防御力低下攻撃
状態:健康
備考:買い取り相場800万金貨
「こんな所に人ぉ!?」
「逃げて!」
「アビスベアよ!」
3人が口々に叫ぶ。
俺に注意を促すのはいいが、別の方向に逃げてくれないかな? これって俺、巻き込まれた形だよな。迷惑だ。
「ハゲビィィィーム!」
頭に両手を添えて、それっぽいポーズを取りながら角度を調整。そして発射だ。
≪チャージ率35%→30%≫
ちゅどーん!
腕が4本ある熊は、ハゲビームを喰らった瞬間、首から上が吹き飛んで消えてしまった。すごい威力だ。ドラゴンをやったときの5倍ぐらいの威力だろうか。……チャージ率って、そういう? どうすればチャージできるんだ?
もちろん熊が生きていられるわけもなく、残った体がその場に倒れる。
「うそォ!?」
「ナニソレぇぇぇ!?」
「意味わかんないんですけどォ!?」
心配するな。俺も分からん。
◇
3人組に確認したところ、やはりドラゴンの素材は売れるらしい。あとアビスベアも。
ついでに、3人組は冒険者だった。Bランクだそうだ。冒険者は上から順にS、A、B、C……とGランクまであって、つまりBランクは上から3番目。Cランクで熟練冒険者と言われるから、それより上のランクにいる彼女らは、頭1つ抜け出た強者というわけだ。しかも見たところ20代である。すごく才能があるという事だろう。それでもAランクモンスター相手には逃げるしかないという。ランクが1つ違うという事は、それほど違うということだそうだ。
せっかくなので竜と熊の死体を持っていって売ることにした。なぜか「今ならできる」という感覚があって、試してみたら簡単に引きずって運べたので、引きずって運ぶことにした。冒険者3人組がぽかーんとしていた。
当然最初に向かったのは冒険者ギルドだ。腐る前にさっさと売り払って現金化しておきたい。
「ブラックドラゴンにアビスベア!?」
受付嬢や周囲の冒険者たちに驚かれながら、竜と熊の死体を売る。
「どうしたんですか、これ!?」
「どうって、仕留めたんだが?」
「「仕留めたぁ!?」」
受付嬢に尋ねられて答えると、周囲の冒険者たちまで盛大に驚いた。
「嘘つけ、ハゲが。」
「あんなハゲが、ドラゴンを仕留められるわけねぇよ。」
「おおかた運良く死体を見つけただけだろ。」
などと言われてしまう。
「ハゲが仕留めちゃダメなのか?」
「ダメというか……無理というか……。」
受付嬢が申し訳なさそうに答える。
聞けば、この世界では髪に魔力が宿るのだそうだ。
つまりハゲは魔力が少なく、スキンヘッドは魔力ゼロ。髪が長いほど魔力が多いので、男も女も髪を伸ばす傾向にあり、特に肩より下まで伸びている奴はたいてい魔術師か僧侶だそうだ。僧侶もこの世界では長髪らしい。
魔物はこの限りではなく、髪とは関係なく魔力を持っているが、魔法の効果で鋼鉄より頑丈になっているドラゴンを、魔法の効果なしで仕留めるのは人間には無理だというのが、この世界の常識らしい。
なんだそれ……この世界でもフサフサが正義だと……!?
「ハゲを嘗めるな! ハゲビーム!」
キラーン。
≪チャージ率0%≫
ぽすん。
不発だった。
どっと巻き起こる大爆笑。俺はただの面白い奴という評価を得た。
ぐぬぬ……!
そのあと冒険者ギルドに登録して、ドラゴンの代金を受け取った。
鑑定結果に表示されていた通り、竜が1300万金貨、熊が800万金貨、しめて2100万金貨だ。どう見ても大金だが、実際どのぐらいの大金なのか理解できない。
冒険者3人組は、買い取り代金の受け取りを拒否した。自分たちが倒したわけではないし、巻き込んで迷惑をかけたからという事らしい。
◇
昼食をおごるからと言って冒険者3人組を誘い、おすすめの飯屋を聞き出してそこへ繰り出した。
当然、目的は情報収集だ。
「鑑定という技能があるだろ? あれで見える『技能』というやつは、どういう効果なのか、どうやって調べるんだ?」
「そんなの名前そのままの効果だろ。攻撃力上昇とか火属性攻撃とか。」
「でも、たまに名前からでは全容が分からない技能もありますよ。地母神の加護とか剣神の祝福とか。」
「そうね。そういうのはステータス画面の技能をさらに鑑定すると分かるわよ。」
「マジか。」
早速やってみる。
まず調べるのは「太陽神の寵愛」だ。
【太陽神の寵愛】
太陽神による最上級の加護。太陽が高く昇っているほど、全能力が上昇する。日光を浴びている間、日光をチャージする。チャージ率を消費して、全能力を一時的に上昇させたり、ビーム攻撃ができる。ビームはおでこから発射され、収束率は任意に変更できる。夜間は月光からチャージできるが、チャージ速度が10分の1になる。死亡しても翌朝の日の出とともに復活する。
なるほど。ハゲビームの正体が分かった。ていうか、死亡しても復活できるとか、とんでもないチートだ。
それに竜と熊を簡単に引きずって運べた理由も、冒険者ギルドでハゲビームが不発になった理由も分かった。竜と熊を引きずって運んだせいで、チャージ率を消費したのだ。たしか熊を倒したときには30%残っていた。1%でも竜を倒せるから、ビームの威力はものすごい。そのエネルギーを消費して全能力を上昇するわけだから、竜でも熊でも簡単に運べるわけだ。竜を倒してから熊を倒すまでは30分ぐらいだったから、昼間なら1分で1%チャージできるわけだ。ということは、夜なら10分で1%か。昼なら1時間40分で100%チャージできるが、夜だと16時間40分……て、それじゃあ夜が明けてる。
次いこう。状態のところに表示されている10:23という数字……あれ? 今は13:06になっている。これを鑑定してみよう。
【13:06】
現在時刻。すなわち現在の強化率。太陽神の寵愛によって、太陽が高く昇っているほど、全能力が上昇する。その状態を表わした数値。12:00のときに全能力が最高になり、0:00のときに全能力が最低になる。
なるほど、そういう事か。
ならば現在はピークを過ぎて、90%ぐらいの強化率になっているというわけだ。
時刻には注意が必要だが、時計代わりにも使えるのは地味に便利かもしれない。そして12:00で最高になり0:00で最低になるということは、1日は24時間ということだ。
あとは、時刻による強化率がどのぐらいなのか、調べてみる必要があるだろう。それとチャージ率を使用した強化についても。両方使うと竜と熊を片手で掴んで引きずって運べるという事は分かったが、片方だけ使ったらどうなるのか。夜中0時にはどこまでの事ができて、昼の12時にはどこまでの事ができるのか、知るべきことはまだ多い。
だが、とりあえず鑑定についてはここまでにしよう。
「お金について聞きたいんだが。」
どう見ても大金の2100万金貨。これをどうするべきか。
まずは価値を知りたいので、適当にいくつかの商品やサービスの値段を尋ねてみる。たとえば今食べている料理の値段は、1品4銭貨前後。宿屋に泊まると、彼女らが使っている宿は1泊5銅貨。1金貨=10銀貨=100銅貨=1000銭貨という換算で、大雑把な感覚としては銭貨が100円玉、銅貨が1000円札、銀貨が1万円札、金貨は1枚で10万円というわけだ。つまり2100万金貨というのは、2億1000万円ぐらい。ちょっと放心してしまうほどの大金だった。
◇
そのあとも色々とこの世界の常識について確認し、彼女らとは別れた。
ステータス画面を見ると、現在時刻は14:27。けっこう話し込んだようだ。
宿を探すにはちょっと早い時間だし、どうしようかと思っていると、いかにもチンピラっぽい風貌の男たち4人組に囲まれた。革鎧と剣で武装しているあたり、冒険者なのだろう。しかし顔つきや仕草がどう見てもチンピラで、素行不良を体現している。
「ちょっといいですかぁ~? よかったら財布みせてもらっていいですかねぇ~?」
「よくなくても見せてくださぁ~い。」
なるほど、2100万金貨も持っているのを、冒険者ギルドで見られたか。
周囲の通行人は、巻き込まれるのを恐れて遠巻きになっていく。
強化率を調べるために対戦相手は欲しいところだが、Sランクの竜やAランクの熊と比べると、こんなチンピラ冒険者では明らかに役不足だ。
「ハゲフラッシュ!」
それはハゲビームを全方位に照射する閃光弾! スタングレネードもびっくりの超絶光量だ。
ビームはおでこから発射されるが、スキンヘッドの場合は「どこまでがおでこなのか」というのが明確でない。生え際というのがないから、あと1mm後ろまで「おでこ」と言い張っても大丈夫、というのを繰り返せば、頭皮全体がおでこ扱いになる。
≪チャージ率15%→14%≫
至近距離にいきなり太陽が出現したかのような強烈な光を放ち、チンピラ冒険者のみならず周囲の通行人まで巻き込んで、その視界を奪う。全員が反射的に体を丸め、目を押さえてその場から動けないでいる。
とばっちり? 遠巻きにして助けてくれないんだったら、敵に荷担しているのと同じだ。嫁姑問題やいじめ問題でも同様である。義を見てせざるは勇なきなり、なんて言うが、勇気や勇敢の問題ではない。こういうときに何もしないというのは悪なのだ。巻き添えを食らわせても文句を言われる筋合いはない。お前らは敵だ。
さて、チンピラ冒険者たちが視力を失っているうちに逃げよう。
◇
ふと思いついた事があって、俺は再び冒険者ギルドへ戻った。
現在時刻は14:41。ギルド内は閑散としていた。この時間はみんな仕事に出ていて、まだ戻ってきていないようだ。
暇そうにしている受付嬢に話しかけ、情報を引き出す。
「最も品揃えが豊富な商人といったら、誰だろう?」
「猫耳商会のミケ様だと思いますが。」
「その猫耳商会からの依頼はあるかな?」
「ありますよ。
光さんは登録したばかりのGランクなので、受けられるのは……薬草採取ですね。」
納品先が猫耳商会に所属する薬師で、薬草からポーションを作って猫耳商会に納品しており、それが猫耳商会の商品として売られているらしい。
猫耳商会と直接関わる依頼を受けて、そこからミケさんに顔をつないでもらうつもりだったが、ちょっと遠回りすぎるので、計画を変更して、客として店へ行ってみることにした。
◇
商店街に建つ、ひときわ大きな店。招き猫の看板。そこが猫耳商会だ。
「武器防具からゴミ箱まで、何でも揃う猫耳商会へようこそ。
初めてのお客様ですね? 今日は何をお探しでしょうか?」
「この街には来たばかりだが、しばらく住むことになると思う。
まず貸家、それと調理器具や家具など必要なものをそろえたいが、貸家の案内はしていますか?」
「もちろんです。
ご予算やその他の条件はございますか?」
「まず相場を知りたい。一軒家の場合、家賃はどれぐらいになる?」
「その家の広さや立地によって違いますが、安いところで5銀貨から、高いところで3金貨ほどになりますね。」
5~30万円ぐらいか。まあまあ、そんなものだろう。
「独り暮らしだし、あまり広くなくていいが、治安のいい場所がいいな。」
「そうしましたら8銀貨程度の家がよろしいかと思います。
場所は……えー、これがこの街の地図になりますが、えーっと……このあたりですね。
閑静な住宅街が広がっておりまして、このあたりに10件ほど一軒家の貸家があります。」
実際に見せてもらうことにして、数件回ったあと契約した。
アドバイスをもらいながら、必要になる家財道具を手配してもらうことにして、いよいよ本題に入る。
「予算を丸ごと預けておいて、そこから購入代金を引いていくことはできますか?」
「預金口座サービスのご利用ですね。もちろんできます。
口座への入金は無料ですが、買い物代金を引くときや、現金を引き出すときには、手数料として1回につき1銭貨を頂戴しておりますが、よろしいですか?」
「お願いします。」
「かしこまりました。
そうしましたら、口座の新規開設ということで、こちらの書類に記入して頂きたいのですが。」
現在地は、契約した貸家だ。
さっきから商人の鞄からは色々な書類が出てくる。貸家の賃貸契約書、買いそろえる家財道具のパンフレットと購入契約書までは分かるが、預金口座の開設手続きの書類まで入っているとは、用意のいい事だ。
◇
所変わって、天文学研究所。
1000年以上も前から、星の動きや配置によって未来を知ろうとする「未来予知の魔法」が研究されており、現在では高性能の天体望遠鏡みたいな魔道具や、画像解析の魔法などを使って、太陽とか惑星とかの表面にある黒点や模様(気流)の変化までも加味して未来予知の魔法に使っている。
この研究の副次的な効果として、古くは地動説や測位計算式の発明、最近では星々がもつ衛星や、肉眼では見えない超遠距離の星の発見などが挙げられる。そして今日もまた、新しい星が発見された。
「こ、これは……!?」
今までの観測結果から、太陽の周囲にある星々は、その公転軌道がほぼ同じ面の上にある事が判明している。しかも全ての星が同じ方向に回っているのだ。自転の方向が逆向きの星はあるが、公転の方向が逆向きの星はない。考えてみるとこれは不思議なことだ。なぜ公転の方向が同じ向きに揃っていて、公転軌道が同じ面の上に集中しているのだろうか。
だが、理由はともかくとして1つ分かることは、そういう状態が「正常」であるという事だ。だからこそ、公転軌道面を無視した軌道で動く星があったら、それは「異常事態」なのである。
「この角度……! この大きさ……!」
研究員はペンを走らせ、計算していく。
そして計算が1つ進むたびに、だんだんと顔色が悪くなっていった。
「なんてこった……! 世界がハゲちまう!」
絶望的な計算結果が出てしまい、研究員は頭を抱えた。
その頭はバーコード頭だったので、ちょっと気持ちが落ち着いてからしっかり撫でつけて元通りに整えておいた。少しでも毛があるように見せたいのだ。しかし、それこそがハゲを見苦しくしてしまう行為だという事に、研究員は気づいていない。
◇
天文学研究所が発見した新しい星に関する情報は、間もなく王宮にも報告された。
「直径10kmの隕石だと? 落ちたらどうなる?」
「時速7万kmほどで落下し、地面を吹っ飛ばして直径160kmほど、深さ30kmほどの巨大なクレーターを作ります。」
「それはまた巨大なハゲであるな。
して、どこに落下するのだ?」
「それはまだ計算中ですが、どこに落下しても同じ事です。
クレーターから吹き飛んだ地面は、大量の粉塵として分厚い雲になって広い範囲を覆い尽くし、1年ほど太陽光が遮断されます。深刻な日照不足が発生し、平均気温が氷点下になるほど気温が下がり、農作物に壊滅的なダメージが生じます。結果、地上の生物のおよそ4分の3ほどが絶滅するでしょう。
端的に申し上げますと、世界のピンチです。」
「世界のどこかがハゲるだけでは済まないと……。」
「はい。」
「世界全体がハゲ上がるほどの大損害を被るわけだな。」
「まさしく。」
「1年後に日光が戻っても、今度はハゲ散らかした粉塵が降り積もってしまうと……。
火山の噴火に似て……それよりも遙かに大きな影響であるな。」
「おっしゃる通りです。」
う~む……と、うなって国王は自分の頭を撫でた。
その頭頂部より少し後ろ、つむじの近くに、即位後のストレスでできた10円ハゲがあるのは、国王だけの秘密だ。だが、たびたび頭を撫でる仕草をするようになったので――また10円ハゲが大きくなるんじゃないかと心配して撫でてしまうのだが――そのことで重臣たちは王様の頭に10円ハゲがある事に気づいてしまった。
(うわー! 王様の頭にハゲがあるぅ! どえらいものを見つけてしまった!)
と、心の中では思っても、重臣たちは王様に忖度して口を閉ざし、紳士の矜恃をもってその事に気づかないふりをしている。
「避難誘導をしようにも逃げ場がないとなれば、無駄に混乱を招くのは避けるべきだな。
箝口令を敷け。
それと、天文学研究所に、隕石の落下を回避する方法を計算させよ。」
「御意のままに。」
◇
天文学研究所は、王様からの命令に対して、まったく異なる2つの答えを出した。
1つは、大規模な儀式魔法ぐらいの威力を加えれば、隕石を破壊できるというもの。
もう1つは、それでも破壊は無理だというもの。
答えが食い違う理由は、隕石の強度をどの程度と仮定するかによる。つまり、もし隕石が金属を多く含む頑丈なものなら破壊は無理だが、炭素が多いようなら高温に晒せば燃え尽きてガス化することで無力化できる部分が大きいというわけだ。他にも、隕石が1個の岩塊なのか、無数の小さな岩が重力で集まっているだけの集合体なのか、という違いにも大きな影響を受ける。1個の岩塊なら破壊は難しいが、集合体なら吹っ飛ばすのは比較的簡単だ。ただし、吹っ飛ばす力が不十分だとバラバラになったあとで再び重力によって「元通り」になる可能性もある。
「要するに、やってみないと分からないわけだな。
よし、ならばやってみよう。準備しろ。」
「はっ。」
成功率が低くても、試せる事があるなら試してみればいい。とりわけ悪影響が出ない方法ならなおさらだ。破壊に失敗しても、いくらか勢いを殺したり軌道を変えたりできるかもしれない。
「まあ、完全に無駄になった時に備えて、別の方法も検討しなければならないが……。」
王様はつぶやき、ため息をつく。
◇
現役の宮廷魔術師、軍の魔術師部隊、魔法学校の在学生、冒険者、およびそれらのOB・OG。国中の魔術師を見習いまで含めて集められるだけ集め、大規模な儀式魔法による隕石破壊作戦が始まった。
複数の会場に分かれて集まった魔術師たちは、それぞれの会場に用意された魔方陣や祭壇を囲んで魔力を注ぎ込む。この儀式魔法は、敵の拠点を攻略する際に、初撃の空爆代わりに使われるものだ。今回はそれを大規模化して使っている。複数の拠点にある魔方陣や祭壇はそれぞれ異なる機能を果たす部品であり、全体が連結することで1個の強力な破壊魔法として発動する。
まず最初に召喚魔法が発動し、注ぎ込まれた魔力量に応じて自動的に選ばれた「可能な限り強力な魔物」が召喚される。そして召喚された魔物から魔力を根こそぎ吸い取ると、このとき吸い取ることができる魔力量は、召喚に使った魔力量よりも多くなる。こうして取り出した魔力が、最後の破壊魔法に注ぎ込まれて、ようやく破壊魔法が発動するという仕組みだ。雷管の爆発で火薬を爆発させて弾丸を飛ばすとか、起爆剤の爆発で核燃料を爆発させて核爆発を起こすとか、そういうアレに似た手順である。意図せず爆発しない安定性や、必要な時に爆発する確実性を求めると、そういう構造になるらしい。
そうして発動した巨大な破壊魔法が、その破壊エネルギーの槍を飛ばして隕石を直撃した。サイズ的には隕石のほうが大きいが、空気抵抗のない宇宙でのこと、爆発による炎は重力以外に邪魔するものもなく広がるため、空気中よりも大きい爆炎を撒き散らす。結果、命中したことは分かるが、炎に包まれて隕石が隠れる。
「やった! 命中だ!」
「どうなった!?」
と観測していた天文学研究所で、研究員たちが天体望遠鏡の魔道具から送られてくる映像に注目していると、爆炎が落ち着いてきた頃には隕石の岩肌が見えてきていた。
「くそ! ダメだったか!」
「予想の範囲内とはいえ、頑丈なほうに的中したか……!」
結果が王城へ報告され、王城から魔術師たちに命令が飛ぶ。
1発じゃ無理だったから、壊れるまで何度でも繰り返せ、と。
だが、ありったけの魔力を注ぎ込んでしまった魔術師たちは、今や魔力切れで2度目の攻撃は無理だった。
この情報が王城へ伝わると、王様は軍の備蓄を使うことを決めた。
「ポーションを使用せよ。」
魔力回復のポーションが各会場に届けられ、魔術師たちはこれを服用して2度目の攻撃を試みる事になった。
だが、1度目で大して壊れなかったものが2度目で大きく壊れるわけもなく、魔術師たちはポーションをがぶ飲みして儀式魔法を連発することになった。
◇
軍が備蓄していたポーションを使い切ったとの報告を受け、王様は商人たちからポーションを買い集めるように命令した。この命令に従って、大勢の兵士が商人たちのもとへ詰めかけることになる。
こうなると、もう箝口令を敷いた意味はなくなる。冒険者や学生を集めるために作ったカバーストーリーも、もはや意味をなさない。よく分からないが何か大きな危険が迫っているらしい、という事は、一般人でも察しが付く。
人々が不穏な空気を感じている頃――俺は公園のベンチでのんびり日光浴をしていた。チャージ率を上げるためだ。今後何をするにしても、チャージ率は高く保っておくほうがいい。身体能力の底上げやビームの発射には、チャージ率を消費するのだから、チャージしておくのが当然だ。さもなければ、鞘だけ持っていて剣がないとか、銃だけ持っていて弾丸がないとか、そういう事になってしまう。
ただ日光を浴びるだけでチャージできるから、取り立ててやる事もなく、俺はベンチに座ってぼーっとしていたのだが、チャージ完了までは1時間40分かかる。そのうち座ってぼーっとしているのにも飽きて、誰も隣に座らないのをいい事に、ベンチを簡易ベッド代わりにして横になった。
スヤァ……。
「……んっ……。」
不意に体が冷えて、俺は目を覚ます。
うっかり眠ってしまったようだ。
見上げれば空には大きな黒雲が……いや、違う。あれは雲じゃない。岩か何かの巨大な塊だ。ああいう魔物だろうか? あんな巨大なものが空を飛ぶなんて、ファンタジーな世界だな……。
「……あれ? 近づいて……落ちてきてないか……?」
だんだん大きく、近く見えるようになってきた。
全体がよほど大きいらしく、未だに雲のほうが下に見えているが。
周囲の人々も不安げに空を見上げ、ざわざわと声を漏らしている。
不意に、どこかから飛んでいった光が、空の巨大な物体に命中した。大爆発が起きて、耳がおかしくなるほどの轟音とともに雲が吹き飛び、炎のドームが発生する。だが、その大爆発でさえ、空から落ちてくる巨大な物体の前では小さく見えた。
「そうだ。鑑定は……。」
【隕石】
宇宙空間から飛来した岩塊。直径10km。時速7万kmで落下中。このサイズの隕石が落ちると、地上の生命は75%ほど死滅する。
「超やべぇ奴じゃん。」
どうしよう……って、どうしようもないよな。地上の生命が75%も死滅するってことは、逃げ場はないって事じゃねえか。恐竜の絶滅かよ。誰が恐竜だ、バカ。いきなり異世界に放り込まれたかと思ったら、巨大隕石で現地生物の大半を道連れにして死ぬとか、どんな不幸だよ。
「くっそ……! なんで俺がこんな目に……!」
と、その時、不意に鑑定画面が現れた。
≪太陽神からのお知らせ≫
その隕石ぶっ壊してね。そのために呼んだんだから、よろしく。生き延びたら後は好きなように生きていいからね。
追伸、太陽神の寵愛は、隕石をぶっ壊してくれたら、そのまま残しておくよ。
「お前のせいかああっ!」
何が「あとは好きなように生きていい」だ。俺はスキンヘッドにして寝ただけだぞ!? 本当なら会社行って働いてコンビニで飯買って、休日に掃除と洗濯をまとめて片付けたり、たまに晩酌しながらゲームしたり、好き勝手に生きてられたんだ。あの便利な日本に帰らせろよ!
≪太陽神からのお知らせ≫
ゴメン、無理。
「クソがあああ!」
≪太陽神からのお知らせ≫
早く壊さないと、隕石が落ちちゃうよ。
「やりゃあいいんだろ、やりゃあ!
チクショーッ! これでも喰らいやがれぇぇぇッ!」
≪チャージ率100%→0%≫
怒りのスーパーウルトラグレートデリシャスワンダフル全力ハゲビィィィームッ!
それはやけっぱちの一撃! 全てを無に帰す自暴自棄の破壊光線ッ!
ズガッ! と光線が隕石を貫通し、直後に隕石がひび割れて内部から光り出したかと思うと、木っ端微塵に大爆発! ビームと爆発の強烈な光で目がくらみ、空が一瞬暗くなったかのように錯覚した直後、そこには隕石など最初からなかったかのように青空が広がっていた。
「「うおおおおおっ!」」
周囲からわき上がる大歓声。
そして殺到する野次馬。取り囲まれる俺。
まるで増殖するエージェントに囲まれた救世主みたいな絵面だ。
逃げられない!
俺は、野次馬に担ぎ上げられて、胴上げされながら街を練り歩く羽目になった。
しかも、それから連日あちこちの偉い人に呼び出されて、賞賛と勧誘を受けまくり、Sランク冒険者だの騎士だのと称号を色々貰うことになった。辟易した頃になって、しまいには王様からも呼び出され、同じことを言われたので、これこれの称号は他の人たちから貰っていますと説明すると、それならといって新しい称号をくれた。
そんな感じで忙しく過ごしたあと、1日の休みを挟んで、久しぶりに冒険者ギルドへ顔を出す。すると、すぐに冒険者たちが俺に気づいた。
「おお! 『伝説のハゲ』のご登場だ!」
「世界を救った英雄『伝説のハゲ』に栄光あれ!」
褒めてるのかけなしてるのか分からない称号だ。
王様には、もうちょっと考えて貰いたかったな。いくら俺がハゲ大好きといっても、ハゲハゲ言われるのはちょっとな……。自分で言うのはいいが、人に言われるのは嫌というやつだ。しかし、こうなった以上、俺は「伝説のハゲ」として名を残すのだろう。ただのアラフォーのハゲだったのに、まさか異世界で「伝説のハゲ」になるとは……。
◇
ちなみに――
王様もハゲが好きらしい。
謁見したときも、俺の頭をしげしげと見つめて「なるほど、そういう頭にすれば……今なら英雄にあやかった事にできるし……」とかブツブツ言っていた。後日、本当にスキンヘッドにしたらしい。王様の髪を整えるだけの専門の係の人が、仕事がなくなって泣いたそうだ。オレノセイジャナイ。