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二を結ぶジュビア  作者: 暁 恒河
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少女の憂鬱と

 私は雨が嫌いだ。ジメジメして気分が上がらないし、バスも電車も遅れるから学校に行くのがとてつもなく面倒になる。夏なら蒸すし、冬なら寒さが増す。服も靴も濡れて気持ちが悪い。おまけに気分が上がらないから、暗いことを考える比率が高くなって嫌になる。だから私は雨が大嫌いだ。


 ある朝目を覚ますとバケツをひっくり返し、その上シャワーを付け足したようなひどい雨が降っていた。

「絶対ダイヤ乱れるから、早めに学校行きな――」

 と母に言われ、私としては珍しく早く家を出た。

 いつもより雨が染み込むのが早い靴、濡れてフェルトみたいになるスカート。六月が始まったばかりなのに冷房のよく効いたバスや電車が足元からじわりじわりと私の熱を奪っていく。それなのに混んでいる電車やバスは人の熱で蒸すので、上半身は不快な暑さで、若干具合が悪くなってきた。まだ学校についてないのにひどく憂鬱だ。やっとの思いで学校の最寄りの駅に着いたけど、ここからまだ学校までのバスが待っている。混まないといいな。冷房の寒さより、人の熱気のほうが苦手だ。学校まで行くバスのバス停には屋根がついているが、横から雨に煽られる。髪もシャツも、もはや全身が追い打ちで濡らされる。前言撤回。このままだとバスの冷房もきつい。目の前の水溜まりは風によって海のように波を立てている。なぜこんな大雨なのに学校に行かなきゃいけないんだろう。まぁテストだから、仕方ないんだけど。でも今日私が受けるテストは一科目だけなのだ。高校三年生にもなると、自分の進路によって授業が変わってくる。当然全体の必修科目は少なくなり、個々人の選択科目が増えてくる。今日のテストは必修科目の一科目だけで、他は私が受けていない科目のテストなので、一科目だけ受けにこうして登校しているのだ。なのにこの雨。本当についてないな。最近こんなことばかりだ。梅雨時期だし雨が多いだけでも嫌なのに、楽しいことがなに一つもない。憂鬱なことばかり。思わずため息がこぼれる。

 暗い気分のまましばらく待っていると、ようやく学校行きのバスが来た。いつの間にか私の後ろにはかなりの数の人数が並んでいて、バスには乗りこめたものの、次々に人が入ってきて、あっという間にぎゅうぎゅうになり梅雨特有のじめじめとした空気がバス内に立ち込めた。バスは重たそうにバス停を出発したが、いつもより揺れる。近くの人にぶつかってしまうし、誰かの傘がずっとあたったままで、私のスカートや靴下がさらに湿っぽくなる。一刻も早く学校につかないかしら。


 バスは五分遅れで学校の近くのバス停に到着した。同じ学校の人が一斉に降りる流れにのまれ、投げ出されるようにバスから降りる。熱気から解放され、一息つくのもつかの間、外は依然として大雨だ。早く傘を差さないと濡れる。このままだと風邪をひいても文句は言えない。人の波に間を見出し、傘を差し、人の間を縫うようにそそくさと歩き、教室へ向かった。

 教室につき、友達との挨拶もそこそこに自分の席に着き、靴下を脱ぐ。道中でも散々感じてはいたが、靴下がぐしょぐしょで気持ち悪い。教室に着くまで、廊下や階段を踏みしめるたびに、水分がにじみだすのを感じ気持ちが悪くて仕方なかった。いつもは雨で靴下が濡れても、履き替えるのが面倒で履き替えないけど、今日はそんなこと言ってられない。グッショリ濡れた靴下を一刻も早く脱ぎ捨てたかった。幸いにもいつもは持ち合わせない替えの靴下を、今日は母の助言によりきちんと持っていた。これが今日の唯一の救いかもしれない。    

 替えの靴下を出そうとすると、それは私のではなく、家族の誰か――おそらく父のものだった。私の靴下が入れてある場所に入れた母も母だが、何でよりにもよって今日、ピンポイントでこれを引き当ててしまったんだろう。本当についてない。年頃の女の子の私には、こんな状況でさえ、腹をくくり父の靴下をはく気にはなれなかった。自分の席で落胆していると、親切な友達は彼女が用意していた自身の靴下を貸してくれた。

 ひどい雨に、靴下事件。正直、テストに身が入るわけがなかった。はぁ、今日はどこかにより道でもしようかな。まだ明日もテストがあるし、勉強しなきゃいけないけど、気分転換でもしない限りこのどんよりとした気持ちがなくならない気がした。


 テストが終わり、校門を出るとすでにバス停にバスが停まっていた。水たまりに突っ込むのも、濡れるのもいとわず、なんとかバスに滑り込む。帰りまでこんなになるとは。まぁ今更追加で濡れても、もういいんだけど。

「本当についてないな」

 ほかの乗客もそれなりにいるのに、そう呟いてしまった。これ以上落ち込んでも仕方がないので気を取り直すとして、実は日頃から気になっていた喫茶店があるのだ。外観がすごく綺麗で、落ち着いた雰囲気で、ちょっぴりレトロ。シンプルなのになぜか妙に特別な雰囲気と存在感があって普段だと少しだけ入りにくい。でも今、この雨によって創られた独特の空間でなら入れる気がした。

 カランコロン。ドアについているベルの音が耳に心地よい。マスターも渋そうで大人の落ち着きのある素敵そうな人だ。午前の憂鬱な気持ちが少し晴れたような気がする。でもこういうかしこまった雰囲気のお店に今まで入ったことがなく、どうすればいいかわからない。カウンター席はさすがにハードルが高いので、とりあえず適当な席に座ったが、そのまま金縛りにあったように固まっていた。しばらくしてカランコロン、とまた音が鳴る。その音に弾かれるようにして、体をドアの方に向けると一人の男の子が入ってきた。同い年……高校生だろうか。結構カッコいい。傘で防ぎきれなかった雨により、髪から水が滴り、濡れたシャツ越しに少し焦げた肌が透けている。まさに水も滴るイイ男という感じだ。面食いと言うわけではないけれど、私は柄にもなくその男の子に見惚れてしまった。

一瞬目が合った気がしたが、気のせいだろう。彼は常連なのかマスターと親しげに挨拶を交わし珈琲を注文し、スタスタと私の目の前を通り過ぎ、私に比較的近いカウンター席に腰かけた。ばれないように横目で彼を見ていると店員さんが近づいてきて、そろそろ注文を、と言われてしまった。そういえばまだ何も頼んでなかった。私は迷うことなく彼と同じ珈琲を注文した。運ばれてきた珈琲は美しく澄んでいて、カップに顔を近づけなくても十分にいい香りが漂ってくる。彼のことが気になって、ちらりと見ると、彼は佐藤もミルクも入れないで、すました顔で飲んでいた。ブラックのめるんだなぁ、なんてぼんやり考えていると、胸が少し高鳴った。なぜだろう?彼に倣い私も同じように何も入れずに一口飲んでみるが、割と苦い。今まで珈琲をブラックで飲んだことはなかったが、想像していたよりかなり苦い。でもおいしい。この店の珈琲がそのままでもおいしいのか、はたまた……。もう一度横目に彼を見て、彼と同じものを飲んでいると考えて、再び珈琲を口に運ぶと、さっきより苦みが少し薄まった感じがした。それどころか『彼と同じ』という響きがミルクみたいな甘さを感じさせる。不思議な感覚だ。

 彼は飲み終わると帰ってしまった。午後にかけて雨が酷くなるという予報だったから当然のことだろう。話してみたかったな。まぁ見知らぬ人にいきなり話しかけられるほどの勇気なんて私にはないけど。それより私も帰らなきゃ。マスターにお礼を言って喫茶店を後にした。彼の後姿を探してみるけど、見つからない。足が速いのかな。あぁテスト勉強しなきゃ。併せて受験勉強も。憂鬱がまだ口に残る珈琲のように渋く、苦く、胸に広がってくる。でも朝ほど憂鬱にならない。彼に会えたからかな?

「良いことあるじゃん」

 なんて口からこぼれていた。


 あれから何週間かしたある日、学校の最寄り駅に着くとまた酷い雨が降っていた。しかし前回の雨ほどは酷くなかった。とはいえ家の近くの最寄り駅は降ってなかったので、傘はもちろん持ってない。どうしようバス停まで少しだけ距離がある。コンビニも近くにあるけど、コンビニまで走れば、その時点で濡れてしまうので無駄だろう。仕方ないと腹をくくって大雨の中を走った。バス停に着くと、シャツまでグッショリして肌に張り付いている。それを不快に感じながらバスを待っていると、誰かもこのバス停に向かって走ってくるのが見えた。その人も傘を忘れたのかバッグを頭上に掲げて走っているので顔はよく見えないが、制服から男子であることは分かった。しかしその人が近づくにつれ、私の鼓動が高まる。まさか、あれは……!?

「ふぅ……結構濡れたな……」

 喫茶店で見た彼だった。

 彼の声がじんわりと私の体を巡る。胸の奥で炭酸が弾けたみたいなしゅわぁっとした感覚が、雨の憂鬱を爽快に塗り替えていく。

「タオル、使いますか……?」

「えっ……?」

 つい口から出た言葉に、彼も、自分でさえもビックリする。

「あ、ありがとう……?」

 突然の出来事に彼の方も、つい口から出てしまったというようにお礼を言って私が差し出したタオルに手を伸ばす。

「「あっ」」

 二人の手が少し触れる。微妙に気恥ずかしい空気が流れ、なんだかくすぐったい。

「あっ、これ使って」

と言って、バッグから取り出されさっと掛けられたのは彼のカーディガンだった。驚いて彼を見ると、顔は思いっきり背けられており、頬がほんのり紅く染まっていた。彼の行動を疑問に思っていると、視界にちらっと何かが見えた。私の肌だ。どうやら雨のせいで透け出たらしい。それを見た彼が気を利かせて自分のカーディガンを掛けてくれたのだ。彼の謎行為の理由を理解すると、とたんに恥ずかしくなって俯いた時、ちょうど私が待っていたバスが来たので、そのまま滑り込む。彼は続いて入ってこなかった。経路が違うのだろうか。程なくしてバスは発車した。少し落ち着いてくると彼のカーディガンを着てきてしまったことに気づく。

「返さなきゃ……」

 といっても彼の名前は知らない。もちろん学校も。ただ分かっているのは彼の優しい声とカーディガンから香る彼の匂いだけだった。


「傘持ってなかったのかよ」

 昇降口に着くなり、後ろから来た同じクラスの仲のいい男子が馬鹿にしたようにそう言ってくる。

「仕方ないじゃない。家の近く降ってなかったんだもの」

 靴を履き替えながら適当に返事をする。

「あれ、そんなカーデ持ってたっけ?」

 不意をつく言葉にドキリとした。そう、これは彼の。私のではない。だけど、その話をこいつにするのは癪だわ。こいつは私に何かと絡んでくる。一年の頃……とかからだったか、あれ、いつからだっけ。気づいたらいつも近くにいた気がする。だからわかる。本当のことを言えばきっとうるさいし、馬鹿にしてくるだろう。それに、このことは私だけの思い出にしたい。

「別に、元々持ってたわよ」

 不自然さが出ないように答え、そのまま二人で教室に向かった。


「恋煩いですか?お嬢さん?」

「急に何よ……」

 彼のカーディガンを借りてきてしまってから何日かたったある日。彼に会えないかと思って、あの時と同じ時間帯のバス停に通ったが会えずにいた。彼と会ったこと自体が幻に思えてきて、あれが幻ではなかったと借りたままのカーディガンを見つめ確認していた時だった。親友は私の顔を覗き込むようにして、冗談混じりにそんなことを言ってきた。

「いや、半分冗談だったんだけどね?だってさっきから呼んでるのに気づかないで、そのカーデばっか熱心に見てるんだもん。まさか図星なの?」

 と、にやにやしながら私の頬をつつき、からかってくる。恋煩いという予想外の言葉になにも言い返せないでいると、親友の目はだんだんと興奮したような目つきに代わり

「え、まさかホントなの? やっぱり!?そんなカーデ持ってなかったし、もし最近ずっと上の空だったから、もしかしたらって思ったのよねー」

 といって腕を組みながらうんうんと、一人で勝手に納得したようにうなずいている。

「か、勝手に話進めないでよ……」

「え、それお前のカーデじゃなかったの?」

 一体どこから聞いていたのか、あの仲のいい男子まで勝手に話の輪に割って入ってきた。二人の目から逃れられないことを悟り、仕方なく彼のことを話した。

「もう、それは恋ね。だってあんたさっきから嬉しそうにその『彼君』のこと話すんだもん」

「えっ、そんな顔してた……?」

 人から指摘されると余計に恥ずかしくなって、急に顔が熱くなるそうか、私彼に恋してたんだ。そう思うと心にストンと入ってきて、じんわりと胸が温かくなる。これが『恋』

なんだ。

「なんで、嘘ついたの」

 ふと聞こえたその小さなつぶやきに、さっきまで暖かかった心が一瞬にして冷たくなる。見ると男友達が暗い顔で突っ立ていた。その顔は少し切なそうで、あの時嘘をついてしまったことへの罪悪感に襲われる。このつぶやきは親友にも聞こえていたようで、男友達の背中を、バシッと叩き

「あんた、バカねぇ。乙女心わかってやりなさいよ!」

 叩かれた男友達はいつも通りの表情に戻り、痛えと親友に文句を言っている。さっきの思いつめたような、傷ついたような顔は気のせいだったのかな。

「でも、怪しくないか? だってまだ二回しか会ってないんだろ? そんなどこの誰かもわかんねー奴なんてやめとけよ」

「分かってないわね!!一目惚れから始まる恋だってあるのよ!!」

「私を置いて盛り上がらないでよ……」

 二人が勝手に盛り上がって話すので、我慢できなくなってつい口を挟む。

「ねえ、告白は!?」

「まさか、しないよな?」

 二人がずいっと顔を近づけ私に聞く。

「だから勝手に話を進めないでよ。そもそも彼にいつ会えるかも分からないのにそんな……」

「今までどんな時に会ってたの?」

 親友が間を置かずに質問をする。

「一回目は放課後で……二回目は朝……あっ雨?」

「「雨??」」

 目の前の二人が驚いた顔をしてシンクロした。

「えぇ、雨の日。二回とも」

「雨かぁ……。それまた変な偶然ね……」

「うん、私は雨嫌いだから複雑なんだけどね」

「俺は雨好きだけどな」

「「は?」」

「だって、雨の日っていつもより落ち着いた感じがするじゃん?雨の音もなんかいいし。それと……」

 頼まれてももいないのに、雨の良さについて勝手に話し出す。私も親友も呆れて話を聞き流した。そっか雨か……。やはり少し複雑だな。雨は嫌いだけど、彼に会えると思えば、悪くないかもしれない。

「そんなあんたに朗報だよ」

 しばらくスマホを操作していた親友がいたずらっぽい笑みを浮かべ、こっそりと耳打ちをしてくる。

「明日『雨』だって」


 親友の言葉通りに雨が降る。だけど朝のバスでは会えなかった。やっぱりただの偶然だったのかな。今日の雨はそれほど酷くなかったので、いつもより憂鬱じゃない。でも、彼に会えないならやっぱり雨は嫌いだな。特に何事もなく学校が終わり、放課後になる。もし本当に彼に会えるのだとしたらこれからということになる。またあの喫茶店に行ってみようかな。いや、もうおとなしく家に帰ろう。まだ『雨の日』が彼に会える条件だと決まったわけじゃなかったし。やっぱり見当違いだったんだ。別の日にまた会えるかもしれない。さて今日はどうやって帰ろうかな。雨だけど今日は歩いて帰ろうかな。何故か無性に歩いて帰りたい気分だった。

 シトシトと緩やかに雨が落ちている。しばらく歩いていると、パチャパチャっと私ではない別の誰かが水を跳ねる音が聞こえる。その音はかなりの速度で私に近づいてくる。雨の中誰が走っているんだろうと気になって、少し振り返ろうと足を止め体制を変えようとした瞬間、急に傘を持ち上げられ、視線がぶつかった。

「やっと見つけた」

 彼が爽やかな笑顔を向けて立っていた。


 急な出来事に呆然としていたが、だんだん状況を把握できるようになると、目の前の光景に度肝を抜かれた。彼が私の傘の中に入っている。待ち望んだ彼が。

「傘忘れたから入れてくれる?」

 はにかむような笑顔が眩しい。私は頷くだけで精一杯だった。そのまま彼が私の傘を持ち、二人で歩き出す。

「はい、これ」

 そう言って彼から差し出されたものは私がこの前貸したタオルだった。そういえば私も彼に渡したままだったことに今更気づく。自分が借りてきてしまったことで頭がいっぱいになり、タオルの存在をすっかり忘れていた。

「あ、ごめんなさい……! それと、私もこれ」

 あの日からずっと持っていた彼のカーディガンを返す。いつ彼と会えてもいいように、肌身離さず持っていたから、少し寂しい。それから二人はまた無言で歩き出す。ドキドキはするけど、沈黙が気まずくはない。何だか前からお互いを知っていたような、前にもこんなことがあったような漠然とした安心感がある。おかしいな、彼とは最近会ったばかりのはずで、彼のことまだ何も知らないはずなのに。それでもさりげなく私のほうに傾けられた傘や、身長がそれなりに離れているのに彼が私の歩幅に合わせてゆっくり歩いてくれること。こまごまとした気遣いが、まだそれほど知らないはずの彼のやさしさを十分に教えてくれる。それだけでうれしかった。

 結局何も話さないまま、駅に着き別れた。でも私は彼に会えただけで、ほんの少しでも一緒に入れて、相合傘ができただけで、それだけで大満足だった。


「どうよ、愛しの彼には会えたかな?」

 翌日学校に着くなり親友は興味津々と言ったように話しかけてくる。その親友の後ろからあの男友達もこちらを気にするようにチラチラと見てくるのが見える。

「……会えたわよ」

「はぁん、何か良いことでもあった?」

 昨日の相合い傘を思いだし、少し口元が緩んだその一瞬を見逃さず、親友はニヤニヤと見てくる。

「……別に何もないってば」

「本当にー? でも本当に雨の日にしか会えないなんて、まるで『雨の妖精』ね」

「何ロマンチックなこと言ってるのよ」

「そうでもないんじゃないか?」

 冗談を言う親友の頭を小突いていると、また男友達が勝手に話に割ってくる。

「雨の日にしか会えないんだろ? マジで妖精か幽霊とかかもよ」

「そんなこと……!」

 『ない』とは言い切れない。実際に今までに彼とは三回しか会ってない、それも今のところ『雨の日』だけ。制服もここら辺ではあまり見かけない高校のものだった。確かに妖精みたいだ。

 こわばった私の顔を見た男友達は

「そんないるか、いないか分かんない男なんか止めて……」

「あんたまだ言うわけー?」

 やいやいと二人が騒ぐ。確かにこいつの言うことにも一理ある。だけど……

『彼が誰だとしても私は彼が好きだから……』

「二人ともストップ!! 私頑張るから」

 二人は私の決意に満ちた目を見て、騒ぐのをやめ、素直に応援すると言ってくれた。

まぁ男友達の方は不服そうな顔をしたままだったけど。窓の外では私の決心を嘲笑うように太陽がキラキラと光輝いていた。


 それから数日晴天が続き、彼には一度も会えていない。しかもこの数日間、やけに『雨の妖精』についての噂を聞く。――『嫌な噂』を……。

『雨の妖精はこの地域に昔からいて、見初めた人間をさらっていく。――激しい雨と共に』

『雨の妖精は人間が嫌いで、滅多に人前に姿を表さないが、人間にその姿を見られるとその人間に大量の雨を浴びせ溺死させる』

 それはもう多くの噂を聞いた。『雨の妖精』とロマンチックなわりにいい噂をひとつも聞かなかったのが逆に不思議だった。聞くたびに彼を否定されているようで心が締め付けられた。

「ねえ、大丈夫? その、色々さ……」

 親友が心配して声をかけてくれた。彼女も共にこの数日間『雨の妖精』についての噂を聞いていたため、私の心情を察してくれたのだろう。

「だから言ったろ。止めとけって」

 毎度の如く私たちの会話に割り混んでくるこの男の口角が少し上がっているように見えるのは気のせいだろうか。

「あんた余計なことしか言えないわけー!?」

 親友がたまらず食って掛かり、また二人でギャーギャー騒ぐ。

「二人とも落ち着いて。彼がまだ『雨の妖精』だって決まった訳じゃないんだから……」

「お前も聞いてんだろ、噂。色々言われてるけど『雨の日にしか姿を表さない』っていうのが必ず言われてたじゃねぇか」

「それは、そうだけど……」

「今この子傷心中なのよ!? もっと気の利いたこと言えないの!?」

「気の利いたことって言ったって事実は事実だろ? まだ三回しか会ったことないんだし、諦めたって……」

「それは嫌っ……!!」

 自分でも驚くぐらい無意識に大声を出してしまったようで、二人どころか教室中の視線が私に視線集まる。決まりが悪くなって、自分の席で縮こまったけど、私の意思はこんなにも強く決まっていた。私彼を諦めたくない、絶対。ゆっくりと二人に視線を向け

「たとえ彼が『雨の妖精』だとしても、三回しか会ったことなくても、好きになった事実は変わらない」

 私のかつてない気迫に男友達は口を閉じ、親友は、よく言ったというように私を撫で回した。

「あっ」

しばらく口を閉ざし、スマホをいじっていた男友達が小さく声をあげる。私と親友がじっと見つめると、なんとも言えない表情で私を見て

「明日『雨』だって」


 時刻は午前零時。部屋の窓から外を覗くと綺麗な満月が見える。明日は雨だというが、雨雲も、ただの雲もさえもなく澄み切った美しい夜空が広がっていた。

「本当に雨降るのかな……」

 明日の決戦に備え、入念にスキンケアをして、慣れないマニキュア(うすいピンク)なんかもしてみた。あとは明日になり、雨が降っているのを祈るだけだ。でもなかなか寝付けなくてこうして月を眺めていた。そういえば月に関して有名な言葉があった気がする……。

「『月が綺麗ですね(あなたを愛しています)』か……」

 思い出した言葉はいつのまにか口から零れていた。何となく他に似たような言葉が無いか気になって、眠れないし、しばらくの間探してみることにした。

「あっ」

 見つけた。今の私にぴったりな言葉。文字だけだとちょっと矛盾するけど……。

「『明日晴れますか?(明日私の恋心は晴れますか)』」

 無意識に呟いてしまっていたが、なんだか急に恥ずかしくなってそのまま布団をかぶり静かな闇に落ちた。


 目が覚める。音はシンッとしてる。焦りを感じ、窓を勢いよく開け放つとサーッと心地のよい音を立て雨が降っていた。今までで一番優しい雨。きっと大丈夫、そう思わせてくれる雨だった。

 もうすぐ夏休みが始まるので学校は午前授業。朝には彼に会えなかった。もし会えるとしたら、放課後。でも今までとは時間帯が違う。放課後に近づくにつれ焦りと緊張が増し、教科書を上下逆さまにしたり、移動教室を間違えたりしてしまった。こんな調子で大丈夫かな?何て上の空で考えているといつの間にか放課後になっていた。まだ緩やかに雨が降っている。彼はどこにいるんだろう?足早に教室を立ち去ろうとすると、あの男友達に呼び止められた。

「なぁ、今日一緒に帰らん?」

「えっ……?」

「駅のほうに用事あるからさ……。あと……」

 そういえば前はこいつと一緒に帰っていた時期があったけ。駅に用事があると言って。異性の友人の中では一番話しやすかったから、二人で帰るのはわりと楽しかった。だけど『今日』だけは……。

「ごめん。私、今日……」

「『雨の妖精』か?」

 いざ言われると、黙ってしまう。けれど決意を込めて私はゆっくり頷いた。そうすると男友達は目を逸らし、吐き捨てるように小さく

「……頑張れよ」

 そう言った男友達の顔は伏せられたままで、どんな顔をしているのか私には分からない。それにその顔を私は見てはいけない気がした。

 ありがと、と小さく呟き男友達に背を向け、小走りに学校を出る。足は自然と彼と最初に出会った喫茶店に向かう。喫茶店を通りすぎ、いつものバス通りにでて、彼と相合傘をしたあの駅へ続く道に出る。鼓動に合わせて足を進めると私の音じゃない、別の誰かの音が重なって聞こえてきた。早まる鼓動に合わせるように振り向くと、やっぱり彼がいた。いつもと違う少し真剣な顔。それだけで堪らなく好きになる。

「「あのっ!!」」

 二人とも同時に口を開く。

「「初めて会ったときから好きです。付き合ってください。『雨の妖精』さん」」

 続く言葉も同じ。二人で大きく開いた目を見合わせ、笑い、涙が溢れた。そんな二人を祝福するように、雲間から一筋の光が指す。いつの間にか雨は止み、太陽の光が二人を照らす。ああ、明日二人に報告しよう、親友と……あとは?誰だっけ?

「雨の妖精じゃなかったんだね」

 なんて今までで一番優しい顔で彼が言うから、疑問なんて消しとんで、それから、こっちの台詞だというように笑い、抱きつく。ふと昨日見たサイトの言葉が浮かび、試しに彼に言ってみた。

「雨止みませんね(もう少し傍にいていいですか?)」

 彼は少し驚き、それから二人は手を繋ぎ初めて会ったあの喫茶店に向かうのだった。


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