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真夜中のお茶会

 騙し合いは日常茶飯事。

 そんな貧乏街の片隅で出会った時、たぶん考えるより先に私は貴方の手をとった。



 どうしてだろう。



 命がけで騙し合いがあるような場所で、本能が貴方に付いて行くことを選択した。

 殺されるとも知れないのに、ってずっと不思議だった。





 あの時にはわからなかった答えが、今ならわかる。





 たぶん私は……



 貴方の手に掛かって死にたい、と望んでいた。





××××




 暗闇が王国を支配してから数刻。



 王国で暮らす殆どの住人が眠りについた時刻でありながら、符術士候補としての最初の試験をようやく終えたばかりのベルタは、本を山積みにした机に向かって何かを書き連ねていた。


「“――この法則により、符を媒介とした術は有効且つ必然的に生まれたものだと判断してよいものだと考えることができる”と」

 一区切りついたのだろう、軽く息を吐くとそれまで持っていたペンを机に投げ出し、ベルタは軽く体を伸ばした。

「よーやく終わった……たとえ講習単位が足りていても、論文落として最終試験を受けられなかったら、泣くに泣けない」

 疲れたような笑みを浮かべながら戯れていたベルタは、この部屋に近づいてくる気配を感じて時刻を確認すると、首を傾げた。



コツ



 微かに響く靴の音。

 その足音を聞いているうちに、ベルタはどこか呆れたように笑みを浮かべ、机の横にあるコーヒーメーカーに手を伸ばした。

「女の子の部屋を訪れる時間にしては、少し非常識だと思わない?」

 視線も向けずに楽しげに扉に声をかけると、今まさにノックをしようとしていた人物は苦笑しながら扉を開いた。

「一応、邪魔しない程度にはしてたつもりなんだけど……こんばんは、ベルタ」

 苦笑しつつも少し悔しかったのだろう、どこか拗ねた様子で告げられた言葉にベルタは肩をすくめてコーヒーを差し出した。

「ちょうど終わったところだったから、タイミングはばっちりだったんだけどね、煌也」

 やはりどこか楽しそうに告げられた言葉に、煌也は軽くため息を付いてコーヒーカップに口をつけた。

「終わったんだ、さすがだね?」

「当たり前でしょ。論文落として最終試験を受けられなくて卒業できなかったら、バカみたいじゃない。私に興味を持った綺萌にだって泥を塗る事になりかねないし」

 疲労としばらく顔を合わせる時間も無かったことが手伝ってか、普段のベルタに比べると幾分子供っぽい口調でベルタは煌也を睨み付けた。



 もっとも煌也本人にしてみれば見つめられたようにしか感じないのだが。



「とりあえずじゃあこれは慰労、かな。最終試験の激励も兼ねてるけど」

 深い意味もなくつぶやくと、煌也は持っていた箱をベルタの頭に軽く乗せた。

「何?」

 頭を動かすことができないため箱の側面に手を添えたベルタは、煌也が手を離したことを確認してから膝の上にそれを乗せた。

「……開けていいの?」

 上目遣いに訊くと、煌也は僅かに苦笑しながら頷いた。

「……これ“メイプル”のミルフィーユ? うれし~。よく買えたね?」

「お気に召したなら何より……前に話したとき、食べたいって言ってただろ?」

 箱の中に鎮座していたのは、王宮に程近い場所に店を構える洋菓子店“メイプル”で一番人気の苺のミルフィーユと季節のタルトだった。

「うん、良く覚えてたね」

 ベルタはどこか感心したように言うと、煌也は肩をすくめた。

「公式にはまだだけど一応……見習い扱いで仕官として登城してたから、帰ってくる時に買ってくるように綺萌に言われたからそのついで。俺も食べたかったし」

「綺萌の分は別にしてあるんでしょ?」

 念のために訊ねてみると煌也が頷くのを見て、ベルタはケーキの入った箱を持って立ち上がった。

「それならお茶淹れるから、一緒に食べよ?」

「手伝おうか?」

 煌也の申し出を聞く前に自室に隣接している簡易キッチンの扉を開きながら、ベルタは楽しそうに口を開いた。

「んー大丈夫。煌也はコーヒーと紅茶どっちがいい?」

 ベルタの言葉に煌也はソファに腰を落ち着けると、コーヒーメーカーに視線を向けながら訊いた。

「コーヒーメーカーはインスタント?」

「うん」

 間髪いれずに返ってきた答えに僅かに逡巡すると、煌也はコーヒーカップに視線を落とした。

「……面倒じゃなかったらコーヒー淹れてほしい」

 僅かに躊躇いながらも告げられた言葉に、ベルタは口元を緩ませた。

「りょーかいっ」

 ケルトにお湯を入れてコンロにかけると、ベルタは自分の分の紅茶と煌也の分のコーヒーの用意をして、少し悩むとミルフィーユを皿に乗せた。

 タルトは簡易キッチンの中にある小さめの冷蔵庫に入れて冷やしておくことにして、沸騰したお湯で紅茶とコーヒーを淹れた。

「煌也もミルフィーユで良いよね?」

 用意したすべてをプレートに乗せながら持っていくと、煌也は微笑みながら口を開いた。

「もちろん……でもこんな時間にお茶会なんて、珍しい」

 その言葉に煌也の視線をたどって見ると、ベルタは日付が変わる時間帯になっていることにようやく気が付いた。

「確かに。でもどこかで……」

 カップとケーキの乗った皿をテーブルに載せながら、ベルタはどこかで変わったお茶会の話を聞いたことがあるような気がして首を傾げた。

「……アリス、かな?」

 どこか楽しげに告げられた言葉に、ベルタは目を瞠って頷いた。

「そうだ、帽子屋さんのお茶会だ」

 疑問が晴れてすっきりしたのか、微笑みながらソファに座るとベルタは自分のカップを持ち上げた。

「なんでもない日に乾杯?」

 疑問系で告げられた言葉に苦笑し、煌也は少し考えた後でベルタが淹れなおしたコーヒーの入ったカップを持ち上げた。

「どうせならベルタのレポート完成を祝って、だな」



コン



 軽くカップを触れ合わせると、二人は微笑みながら二人きりの真夜中のお茶会を始めた。

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