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鮮やかな思い出

 春は桜、夏は蛍、秋は月、冬は雪。


 巡り移る地上の―日本と呼ばれる国の四季を肌に感じながら、ベルタが煌也の手を取ってからもうすぐ二回目の桜が芽吹く。



 今度の桜が芽吹く時、煌也とベルタは王国で成人となる。

 ベルタ・シノ=フィアリスが“一人前の符術士”として、獅子導から旅立つことになるその瞬間が、刻々と迫る。





 いつまでも側にいることができないのはお互いが理解していたはずだった。それでも……。

 それでも、この優しい関係がいつまでも続くことを願っていた。



 人の願いほど儚いものは無いと、その事を自覚していながら目を逸らし続けていた、あの頃――




××××




ぱら


 細かい字で書き綴られている書物に目を通しながら、まだ終わっていない課題の山を見てベルタは深く溜息を吐いた。


「はぁ」


 それは来るべき一人前の符術士としての卒業試験をかねた、符術士資格取得のための試験だった。

 何度か経験した事のある試験の中でも広範囲から問題が出されるその名目の試験は、符術士を目指すものが必ず接する文字通り“最後の壁”だった。


コンコン


「煮詰まってる?」


 ノックの音とともに部屋に足を踏み入れた煌也には視線も向けず、ベルタは課題に視線を向けたまま溜息を吐いた。

「そーね。煮詰まりまくって焦げ付いてるわよ」

 どこか不貞腐れたように告げられたベルタの言葉に苦笑しながら、煌也は手にしていたマグカップをベルタに手渡すと、どこか楽しそうに口を開いた。

「じゃ、気分転換にいいものを見せてあげよう」

 悪戯を思いついたときのような楽しげな笑みを浮かべている煌也に、ベルタは胡散臭げに視線を向けた。

「……何を企んでるの?」

 警戒心をあらわにするベルタに、にこやかに微笑むと煌也は人差し指を唇にあてた。

「今はまだ秘密……ネタバレすると面白くないし」




××××




 どこか楽しげな煌也の後を追っていたベルタは、抵抗することも無く―できないのではなく面倒なのでしなかった―その道筋がガラス張りの中庭に続いていることに気づいた。

「……煌也?」

 訝しげなベルタの声に煌也はにっこりと微笑むとベルタの手を引いた。

「目、瞑ろうか?」

「……」

 どこか胡散臭げなその微笑を真正面から受けたベルタは、深い溜息を吐き出すと眉を寄せながらもおとなしく目を瞑った。


 そういった表情を浮かべている煌也に何を言っても無駄だということを、この二年近くでイヤというほど学んでいた。


 学べるくらいには側にいることを許されていた。


「あ、そこ足元気をつけて」

 何も見えない暗闇。そんな中でベルタを導くのは、煌也と繋がれている手だけ。



『では、参りましょうか? フィア・ベルタ』



 どこか胡散臭げな微笑とともに差し出されたその手。生きることも死ぬことにも興味が無かったあの頃。

 他者の命を奪うことで生きると決めたあの瞬間から、他者から命を奪われることは覚悟していた。

 差し出された手を取ったのは、煌也の言葉を信じたからじゃない。煌也の手を取ったのはただの気まぐれ。


―そのはず、だったのに。


 いつの間にか煌也に繋がれる手が、煌也の存在そのものが、ベルタの導となっている事にベルタは困惑にも似た不安と、同じくらいの安堵を感じていた。


「っと、この辺りかな?」


 楽しげな煌也の声に、ベルタは自分の思考から意識を現実へ向けた。

「目、開けていいよ?」

 オモチャを貰う直前の子供のような声で囁かれた煌也の言葉に、ベルタは内心溜息をつきつつもゆっくりと目を開いた。


「――っ!!」


 開いた目に飛び込んできたのは、満面の星空。雪が降り積もり見回す限り一面の白い大地に、暗闇の中で存在する空の光。

 言葉も無く、ただ息を呑んで口元を手で押さえたベルタに、煌也は満足げに微笑んだ。

「試験前で煮詰まっているだろう俺とベルタに、綺萌からの激励……ただし許可とって無いから、他言無用」

「許可、ってじゃあ……!」

 煌也から告げられた言葉に、ベルタは驚きながら煌也の顔に視線を向けた。

「優秀な獅子導のお姫様は、月と地上を行き来するゲートを創りあげる事に成功したらしいです」

 軽く肩をすくめながら告げられた言葉に、ベルタは呆然と口を開いた。

「ってことは最年少の創門師……?」

 ベルタの言葉に頷くと、煌也は周りに視線を向けた。

「とは言っても王国と地上を繋げる門を創れることが発覚したら、今まで以上に利用されるからな……今までだって十分利用されたと思うけど」

 どこか不機嫌そうに告げられた言葉に、ベルタは溜息をつきつつ頷いた。

「でも申請しないわけには行かないんでしょう……何かあったときに困るものね。近距離間で申請するの?」

 首を傾げながら訊いたベルタに、煌也は軽く笑って頷いた。

「そっ、そんなわけでこれを知っているのは俺とベルタだけ。で、俺たちは綺萌の作った門で初めて地上に来た、と」

「……それって激励を兼ねた実験台?」

 煌也の言葉にどこか不機嫌そうに告げたベルタに、煌也はのほほんと笑った。

「でもラッキーだろ、門は成功。おまけにこんな綺麗な景色まで見られるし」

 楽しそうに辺りを見渡す煌也に、ベルタも視線を周囲に向けた。

「ま、たまにはいいか」

 そういうベルタの表情も煌也と同じように、楽しげな笑みが浮かんでいた。




××××




 この地上で、もうすぐ春が来る。

 桜が芽吹くその季節、煌也とベルタは王国で成人を向かえる。


 この関係も、きっと変化する。


 ただ、この瞬間に見たこの風景だけは、けして忘れること無く二人の胸に残った。



 雪解けの季節は、もうすぐ……。

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