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魂が惹かれた

―嫌いなものなら、自分でも呆れるほどたくさんある





 家柄と格式にしか興味がない、身分でしか人の価値を図ることのできない、公大家や貴族の女たち。


 王家が発足してから先々代が退官するまで、側仕えとして常に歴史を支えてきた密かな「名家」である“獅子導”の“次男”に取り入ろうとする、アカデミーの同級生。


 エリート仕官としての道を歩むことを義務付けられていたせいか、いつの間にかインテリぶって鼻持ちならなくなった兄と、やはり身分でしか価値を図ろうとはしない、二人の妹。



 そして自分を、“獅子導の次男”としてしか見ていない、“獅子導の次男”としてしか価値がないような視線を向ける、周囲の大人――



 いつからか周りを囲む存在は、そんな下心や建前でしか接しない人間たちだったせいだろうか、気がつくと自分が心を許して眠れる場所がなくなっていた。





 だから、自分の心に鍵をかけた。





 心を許せる、唯一周りの思考に染まっていない妹、綺萌アヤメ以外の前では決してその鍵が外れることが無いように。

 嫌いなものたちに囲まれる自分が、それに染まってしまわぬように。





 荒みかけていた心が彩りを取り戻したのはあの日、彼女と出会った瞬間――




××××





「……疲れた」

 真夜中にも近い時間帯、ようやく『長からの頼み事』という名の雑用から解放された煌也は、いつもの中庭に足を運んだ。



「……ベルタ?」



 いつもは煌也の睡眠場所として使われている中庭のベンチは、この場所を知っている数少ない存在の一人であるベルタに占領されていた。

「……すぅ……すぅ……」

 気持ちよさ気に眠るベルタを見て煌也は困ったような笑みを浮かべると、ベンチの下に隠し置いていたブランケットを取り出してベルタにかけた。

「まさか……ベルタがこういう場所で眠るなんて、最初は想像もしてなかったんだけどな」

 ポツリと零された言葉はどこか優しさを孕み、煌也は額にかかっていたベルタの髪をそっと掻き分けるとベルタの頭元―ベンチの横に腰掛けた。



「もうすぐ……二年、か」



 ガラス張りの天井を見上げて零された煌也は、どこか辛そうな微笑を浮かべた。




××××




 貧乏街スラムと呼ばれる、王国に存在する「裏社会」の一つで煌也が見つけた、至高の宝石。


 一目見ただけで惹きつけられてやまない心は彼女を求め、そして煌也は彼女の手をとった。

 ただ、彼女を手に入れたい。その言葉だけが頭と心を占めた。




 様々な色彩を持つ王国の住人内でも珍しい青銀の長い髪を無造作に背中に流し、その少年とも少女ともつかない“殺人代行者”―鮮血の魔術師は、鳩の血の紅玉と深海の蒼いオッドアイを煌也に向けた。



「……また僕を殺しに来たやつ? それとも依頼人?」



 突きつけられた言葉は煌也が想像していたものよりも遙かに鋭く、敵に囲まれている“鮮血の魔術師”は、特定の人間にしか心を許すことができない“獅子導煌也”と大差ない場所で生きていると感じた。



「……一番近いのは、スカウトかな?」



 深く鋭い言葉と、この世のものとは思えない美しい外見を持つ“鮮血の魔術師”に心を奪われながらも、煌也はその動揺をおくびにも出さずに答えた。




 自身の本音を巧妙に隠し、少しだけ事実を混ぜて言葉を紡ぐ。



 ゆっくりと、しかし何よりも強固に張り巡らされた罠に気づくことなく、体を血に染めながらも魂までは穢れていない至高の存在は、煌也の手をとった。




××××




「“鮮血の魔術師”か……」

 囁くように呟いた煌也は、ベルタの顔に視線を向けて無意識のうちにベルタの髪を梳いていたことに気がついた。



くすっ



 無意識でもベルタに触れることを望んでいる自分に苦笑すると、煌也はベルタにそっと囁いた。

「……俺が、守るから」



 綺萌以外の気配には敏感な自分が、彼女の隣では気配に気づくこともなく気を緩めることができると知ったとき、驚愕にも近い感情を抱いた。




 それは、心が、魂が惹きつけられたただ一人の存在。




 この先、二人と現れることのない、煌也が愛せる、ただ一人――

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