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雨の傷痕




――ザァ――



 木々の覆い茂る、噴水とベンチが置かれたガラス張りの中庭。


 綺萌アヤメから煌也アキヤを起こすようにと頼まれていたベルタは、ガラス越しに僅かに見える空を見上げて、無意識のうちに声を零していた。

「あ……」

「……ベルタ……?」

 ベルタの声がきっかけになったのか、まだ寝ぼけている様子で横になっていた煌也の目がそっと開かれた。

「ごめんなさい、邪魔しちゃった……?」

 せっかく眠っていたところを起こしてしまったことに対する不安か、眉を寄せて訊ねるベルタに煌也は気だるげに腕を持ち上げて、手首に嵌めている時計に視線を向けた。

「ん……いや、そろそろ……起きなきゃいけない時間だったから」

 軽く全身を伸ばしてから勢いをつけて起き上がると、煌也はそれまで体を横たえていた場所に座り、ベルタに視線を向けた。

「んで、どうした?」

 重ねて訊ねる煌也に、ベルタはどこか困惑気に頷いた。

「うん……雨が、降ってるから……」

 ベルタの視線を追って空を見ながら、煌也は首を傾げた。

「雨……?」

 不思議そうに聞き返す煌也に頷くと、ベルタは空を見つけたまま言葉を続けた。

「うん……雨、だから……ここに来る前のことを、思い出したの」




××××




「初めましてっ、わたしはリレイル。みんなリレイとかレイルとか呼ぶから好きに呼んでくれると……あ、でも変な略し方はやめて欲しーな」


 唐突とも思える勢いで現れ、一方的に告げられた言葉に、ベルタは不審げにその少女に視線を向けた。


「お友達になろーよ」



 変わった子。不思議な子。

 雰囲気も、その言葉もどこか独特な少女は、ベルタがこれまで出会った中で“貧乏街スラム”が一番似合わない人物だった。


「ベ~ルっ」


 馴れ馴れしい態度。鬱陶しい空気。

 何が気に入られたのかは分からなかったが、リレイルは初めて会った時からベルタに付きまとうようになっていた。


「……人の名前を略すな、そこの人」

「にゃはは~いいじゃん、愛情表現だもん」


 どんなに毒を吐いても、傷つけるような言葉を突きつけても、リレイルは挫けることも、ベルタから離れていくこともなく、ベルタにまとわり続けた。



「ベル、お仕事だよ!」



 なぜだか分からなかったが、いつの間にかしっかりとベルタの仕事の相棒の位置に納まっていたリレイルに、ベルタは彼女に出会ってから何度目になったか分からない溜息を付くと本に視線を落としたまま、口を開いた。



「ん……準備、よろしく……リル」



 結局、付きまとうリレイルを突き放すことが出来なかったベルタは、名実共にリレイルとコンビを組んで、何度か仕事をこなすようになっていた。



「――っ! ……きゃぁ!」





 この先、ベルタに鬱陶しがられながらも、それでも笑いながらベルタの相棒の位置に収まっていると思っていたリレイルがいなくなったのは、何度目かの仕事の時。


 鬱蒼と木々か覆い茂る、暗く深い、雨の森。


 悲鳴だけを残して、リレイルはベルタの前から姿を消した。





 半年にも満たない時間。


 長い時間を共有したわけではないのに、それまで生きてきた数年よりも濃く、充実していた時間を過ごした、ただ一人の相棒。





 思い出も、関係も、築き始めたばかりだった。

 まだ、始めたばかり……何も、始まっていなかったのに――




××××




“ここに来る前のことを思い出した”



 そう言ったきり黙りこんでしまったベルタを見ていた煌也は、過去を思い出しているせいかだんだん暗い表情を浮かべるベルタの頭に軽く手を乗せた。




ぽん、ぽん




 言葉には出さず壊れ物に触れるかのような、ただひたすらに優しく慰める煌也の手に、ベルタはゆっくりと身を委ねた。






 王家に継ぐ、王国最大の勢力を持つ一族の人間である煌也と、人の命を奪いながら生きるしかなかったベルタ。


 身分があまりにも違うことは分かっていたが、それでもベルタは、煌也に惹かれていく自分を止めることは出来なかった。

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