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漆黒を纏う女神



――ことん――



 符――あるいは紙――に紋様や方陣を描き、世界に巡る気の流れを汲み、その力を統べる公大十二家の一つ獅子導家。

 符術という未知に近い術を統べ、王国内でも誉れ高い獅子導家に“保護”されたベルタは、宛がわれた自室でシーツに包まりながら、深く溜息を吐いた。



「……“王子様”か」



 吐き出した自分の言葉に、ベルタは僅かに眉を寄せた。




××××




 いつものようにベルタがノートを手に歩いていると、ベルタと同じように符術を学んでいる生徒達が影で囁きあっている声が耳に届いた。

「……あの方が、煌也様が直々に迎えに行ったという方ですの?」



 慇懃無礼。



 ある程度身分のある出自なのか、表面上の言葉こそ綺麗ではあったが、告げられた言葉は明らかに貧乏街スラムで生きていたベルタを見下している言葉だった。


綺萌アヤメ姫までもがあの方の潜在能力に興味を持たれたとか……」


 囁く程度で交わされる会話は、ベルタを気に入らないという単純な悪意と嫉妬。


「でもあの方……以前は貧乏街で人殺しを請け負っていた方なのでしょう? 同じ敷地内にいて、大丈夫でしょうか?」


 そして彼女たちの紡ぐ言葉は、生きるためにベルタが選んだ道、手を染めたことに対しての断罪。

 ベルタが切り捨てることを望む過去。



「……っ」



 思わず噛み締めた唇の端から、紅い雫が零れ落ちた。



 否応無く突きつけられる“ベルタ”は人の命を奪い、他人の命を代償にして生き延びていた殺人者。

 そしてそんなベルタを気に留めているのが、穢れ無き獅子導の至宝である『獅子導の姫』とエリートの道が確約されている煌也。



 誰に言われることが無くても、ベルタは、明らかに身分が違うということを意識しないわけには行かなかった。


「……」



 好奇の視線をベルタに送る彼女たちを視界に入れないようにし、ベルタは、気持ち足早にその場を離れた。




――ぱしゃん――




 目的地も無く黙々と足を進めていたベルタは、水の跳ねる音に我に返り、周りの風景に意識を向けた。

「ここ……」

 ベルタが見たことも無い、草木が覆い茂るその場所にただ視線を巡らせていると、驚いたような声がベルタに掛かった。

「誰?」

 振り向いたベルタの視界に現れたのは、長い藍色の髪を耳の後ろで二つに束ねている獅子導の姫君だった。

「綺萌様……」

 思ってもいなかった人物との対面に、呆然と紡いだベルタの言葉を聞いた綺萌は眉を寄せた。

「“様”は要らない。私は、他人ひとからそう呼ばれるほど自分の力で何かを成し遂げたわけじゃないから」

 不機嫌そうにそう言い切ると、表情を一転させて微笑みながらベルタの顔を下から覗き込んだ。

「ね、ベルタ。この後、時間空いてる?」

 年相応にキラキラと瞳を輝かせ、悪戯を考えているような綺萌の瞳に、ベルタは困惑しながらも頷いた。

「はい……今日の講義は、もう終わりましたから」

「敬語禁止」

 あくまでも控えめに告げるベルタに、綺萌は何事かを考え込みながら視線も寄越さずベルタに言い捨てた。

「あ、はい……じゃなくて、うん」

 律儀に言い直したベルタに微笑むと、綺萌は木々の奥――丁度こちらからは死角になっている場所を指差した。

「ここ、木々があるから日中は気持ちいいんだけど、日が翳ると寒くなるのね。私は長に呼ばれているから、行かなくちゃならないんだけど……」

 そこまで一気に言い切るとにっこりと微笑み、綺萌はベルタに視線を向けた。

「悪いんだけど、日が翳るまでここにいて、向こうで寝てる人、風邪引かないように起こしてくれない?」

 否とは言わせないような微笑を向けられ、この後の予定も無かったことが災いしてベルタは思わず頷いた。

「いい……けど」

 驚きながら承諾したベルタに嬉しそうに微笑むと、綺萌は両手を合わせて安堵の溜息を吐いた。

「良かった……この場所は他の生徒たちには知られてないの。中には部屋にまで押しかけてくる人がいて、ゆっくり休めないって言ってたから……それじゃあ、お願いね」



――ここを見つけたのが、ベルタで良かった。



 ベルタの耳に掠めるようにそう告げると、ベルタが驚いて振り返る前に綺萌は背を向けて走り去った。

「……ゆっくり休めない?」

 告げられた言葉に首を傾げつつ、綺萌に指し示された奥にベルタは足を進めた。



「……」




 木漏れ日の当たる入り口からの死角、絶好のお昼寝ポイントとでも言う場所で、ベルタはなるべくならば関わりたくない人物の姿を見つけた。

「煌也……」

 ベルタの目に映る、煌也の姿は普段よりも幼い印象が強く、無防備に眠っている姿は年相応、普通の少年に見えた。

「疲れてるんだ……」

 煌也が気を許している家族――厳密に言えば綺萌――以外の人が近づいても眠っていられるくらい疲弊している煌也の姿に、ベルタは困ったように微笑を零すと、煌也の横に腰掛けた。

「日が沈むまで、だからね」

 慈愛を滲ませたように微笑むと、ベルタは煌也の頬に掛かっていた髪をそっと払い、持っていたノートに視線を向けた。




――獅子導家の王子様。




 それでもベルタは、煌也が眠っている今だけは、自分たちを縛る鬱陶しい柵から目を背けていることにした。

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