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神は悪戯に人を傷つける

「また、ね」

 僅かに憂いを含んだような表情で、それでもベルタは微笑みながら煌也に右手を差し出した。

「また……」

 差し出されたベルタの手を握りながら、煌也もどこか寂しげに口を開いた。





 永遠と呼ぶような別れなどではないはずなのに、ベルタの表情は憂いを含んだまま晴れることはない。

 そんなベルタの表情に引きずられているかのように、煌也もどこか緊張した面持ちでベルタを見つめていた。





 出会ってからはずっと、誰よりも近くにいた。

 元が一つの存在だったかのように、魂が惹かれ合った。





 この世界に確固たる確かなものなど無いと理解していたはずだったのに、それが当てはまらないと思い込んでいた。

 そんな幼い幻想を持つことが許される時期は、疾うに通り過ぎていることを知っていたはずなのに。





 二人の別れを見守っていたのは、空から舞い落ちる薄紅色の花弁――




××××




 夜空に輝く星々の僅かな光さえも届かない漆黒に包まれた森の中を、ベルタは必死で走っていた。

 悔しさでかみ締める唇の端からは血が流れ、険しい表情をしながらもただ前だけを見つめて。

「イリア……」

 口から零れた名前は、ベルタが護るべきただ一人の君主であり親友でもある少女。





DE 六十三年、四月。

 星々だけが世界を照らす、夜明けにはまだ遠い時刻のことだった。




××××




「煌也!!」

 この二年の間で見慣れた青年の背中を見つけたベルタは、青年の背中に向かって飛びついた。

「ベルタ!?」

 普段は決して飛びついたり抱きついたりしないベルタに驚き、煌也は慌てふためきながら背後に視線を向けた。

「符術士試験、今期トップで合格っ! 契約符術士として王宮に登城することになりました!」

 よほど嬉しいのか、普段の落ち着いた印象を払拭させるかのようなベルタに苦笑しながら煌也はベルタに持っていた拝命書を突き出した。

「何?」

「男性王族護衛仕官の拝命書」

 仕官の中でも誉れ高いその仕事内容に驚き、ベルタは突き出された拝命書に食い入るかのように見つめた。

「本当だ……今の王族で護衛だったら第二王子?」

 首を傾げながら聞いたベルタに、煌也は肩を竦めた。

「そこまでは……新期から護衛官が変わるのかもしれないし」

 それまで煌也に背後から飛びついた衝撃で座り込んでいたベルタは、煌也に差し出された手をとって立ち上がった。

「これでお互い、一人前かな」

 楽しそうに告げる煌也に、ベルタは不機嫌そうに煌也を睨み付けた。

「……符術士が資格を頂いてから半年は見習い扱いだって事を理解していて言っている?」

「じゃあお互い半人前」

 あっさりと前言撤回した煌也に眉を寄せると、種明かしをするかのように煌也は笑った。

「仕官資格も前期、半年は見習い扱い」

 告げられた言葉に顔を見合わせて笑い合うと、ベルタはそれまでとは一転してどこか寂しげな表情を浮かべた。

「……これで獅子導から独立して、王宮中心の生活になるね」

「そう……だな」

 物悲しげな空気が辺りを包みだすと、ベルタは僅かに困惑しながらも微笑んで右手を差し出した。

「また、ね」

 差し出されたベルタの手を握りながら、煌也もどこか寂しげに口を開いた。

「また……」


 獅子導で共に暮らした二年間。

 まだ遠いと思っていた別れの時間に、二人は僅かな寂しさを感じた。


 会おうと思えばいつでも会える。それでも道は別れ、環境が変わると共に顔を合わせる回数は減っていく。

 それでも「さよなら」は言いたくなかった。





 握られていた手が同時に離れると、二人は別々の方角を見つめて歩き出した。





DE 六十年、三月。

 薄紅色の花が咲き始めたばかりのこの季節、後に王国史上「最強の魔女」と呼ばれることになる少女と、獅子導の王子はそれぞれの道を歩き始めた。




××××




「イリア……」

 フードのついた裾の長い漆黒のコートを着てはいるがそれでも注意力が散漫になっているせいか、素足の部分は草で切れて薄く血が流れていた。

 痛みがないはずがないのに、ベルタはそれを気にすることなく森の中を駆け抜ける。




 城下町を中心に月神族が密かに襲われ始めていたのに気がついてから、ベルタは慎重に“生き残る”ためのルートを確保しておいた。


 ベルタが絶対的に護らなくてはならないのは、月神族を治める長の血を引くイリア。


 王宮内でいつ、誰が裏切っても逃げ延びることが出来るように、ベルタは離宮から城外へ脱出するためのルートを作り上げていた。

 城外にさえ出ることが出来れば、それだけ生き残れる確立が高くなる。そう計算して。




 そして僅か半刻ほど前、離宮を中心に火の手が上がった。

 王宮が不穏な空気を感じてから頻繁に「協力者」に会いにベルタが外に出ていたこんな日に。

 驚きはしたが、イリアには幾重もの守護魔法や符術で守りを掛けてある。

 刺されても火に巻かれても命を落とすことはないが、相手は確実に殺すつもりできていることが容易に知れた。



―だから……



「護らなくては……せめて、イリアだけは」




××××




 離宮に突然の火の手が上がったその夜、稀なる月神族の姫と稀代の魔女が王都から姿を消した。

 それと同時に、月神族の血に連なる者たちも城下近くから姿を隠すようにして消えた。


 王は姫であるイリアと漆黒の魔女なるフィア・ベルタを中心とした月神族の反乱を危惧し、すぐさま特務隊に追捕の命を出した。





 それが、はじまり。









 そして魔女と王子は出会う。

 それは二人が一番望んでいなかった形――





「追う者」と「追われる者」として。

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