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神を継ぐ魔女

 両親の顔は、知らない。



 親なんて知らない。気が付いたら汚濁に塗れたこの街で、あの人に育てられた。



 ただこの身に宿る不思議な能力は通常の人族とは大分異なり、色素の薄いその外見からも月神族げっしんぞくの血を引いていることを教えられた。



 だが体に宿るこの血は“月神族”と呼ばれる一族だけではなく、他の種族の血が混ざっているせいか“僕”はあの人以外とは関わらない、極端に狭い世界でしか生きていなかった。




 あの人と別れて、ずっと一人で生きてきた。

 だからこれからもずっと一人で生きていく。


 そう、思っていた……。




××××




 廃れ、くたびれた廃屋の集まりのような薄暗い都市に、依頼された殺人を確実に遂行すると言われる一人の“殺人代行者”がいると噂になったのは、まだ雨の残る初夏の季節のことだった。



「鮮血の魔術師だな」



 質問の形はとっていても、確信とともに告げられた言葉。

 不躾に投げかけられた言葉に、その少年とも少女とも思える性別の判断が付けにくい子供は、興味なさげにその人物――青年に視線を向けた。

「……だれ?」

 その子供――鮮血の魔術師と呼ばれた子供の問いには答えず、青年は鮮血の魔術師を見下すような笑みを口元に浮かべた。

「たかが子供とはいえ、廃屋都市で名の売れた“鮮血の魔術師”を倒せば、廃屋都市のトップは私ということだ! 悪く思うな!」

 どこかで聞いたことのあるような、鮮血の魔術師には全く興味の無い言葉を呟き、青年は唐突とも言える勢いで鮮血の魔術師に襲い掛かった。



トンッ



 子供の体など簡単に切り捨てられる。大ぶりの剣が鮮血の魔術師の体に届く前に、青年の体は冷たいコンクリートに落ちていた。

「な……」

 その腹部には、刃渡り十センチも無いような小ぶりの投げナイフが深く突き刺さっていた。

「……」

 驚愕に目を開いている青年を興味なさげに見下ろすと、鮮血の魔術師という名を持つ子供は無表情にそのナイフを捻じ込んだ。

「ぐっ……がはっ!」

 恐ろしいほどどす黒い血を吐いている青年を一瞬だけ視線に入れると、鮮血の魔術師は静かに呟いた。

混沌やみに、還れ」

 一番側にいるはずの青年にさえも聞き取れないくらい小さな声で呟くと、それまで存在していた青年の体は灰色の焔に包まれ、骨も、灰も遺すことなく消えた。



――パンパン――



 その焔をどこか呆然と瞳に映していた鮮血の魔術師は、手を叩く音に眉を寄せながら背後を振り返った。

「君が、噂に名高い“鮮血の魔術師”?」


 まだ少年の域を抜けきっていない、子供といっても間違っていない「彼」の言葉に、鮮血の魔術師は眉を寄せた。

「……また僕を殺しに来たやつ? それとも依頼人?」

 面倒そうに告げられた言葉に、少年は両手を軽く上げて苦笑した。

「君の敵ではない、今のところはね。“そっち”の仕事は回ってこないようになっているし、君を殺す理由が無い……一番近いのは、スカウトかな?」

 訝しげに眉を寄せる鮮血の魔術師を見ながら、少年は微笑を浮かべて手を下ろした。

「“獅子レオの姫”がね、噂に名高い“鮮血の魔術師”に興味を持って、ぜひ一度会ってみたいと。……君さえよければ、獅子導シシドウで君を保護することも出来る」

 少年に告げられた言葉に鮮血の魔術師は僅かに逡巡し、どこか不愉快そうに口を開いた。

「……王国に名高い旧家、公大十二家こうたいじゅうにけの一つが、月神げっしん水人すいじんのハーフの殺人鬼に好き好んで関わることはしないだろう」

 切り捨てるように突きつけられた鮮血の魔術師の言葉に、少年は面白そうに口元に笑みを浮かべた。

「ところが獅子導はそうじゃない。……獅子導の門下となる第一条件は稀有な能力を内包する存在であること。そして君には、“獅子の姫”に興味をもたれているという“アドバンテージ”がある」

「……」

 何かを考え込むように黙った鮮血の魔術師に視線を向けながら、少年はゆっくりと言葉を紡いだ。

「現在の“獅子の姫”は、獅子導家最大の能力保有者――今の獅子導において、彼女は“法”……彼女に気に入られている“鮮血の魔術師”の保護くらい、獅子導では簡単だよ」

 あくまでも挑発的に告げられる言葉に、鮮血の魔術師は僅かに眉を上げ、少年を見据えた。

「……へぇ、面白そう。会ってみたいな、その“獅子の姫君”に」

 鮮血の魔術師から引き出すことの出来た言葉に、少年は深く笑みを浮かべた。

「そう、それなら案内させていただくよ“鮮血の魔術師”殿。……あぁ、そうだ僕は獅子導煌也シシドウアキヤ。煌也と呼んでくれてかまわない」

 煌也の言葉に鮮血の魔術師は不愉快そうに煌也を見つめた。

「ベルタだ」

 不機嫌な声音とともに告げられた名前に、煌也は首をかしげて鮮血の魔術師を見つめた。

「ベルタ・シノ=フィアリス……鮮血の魔術師――鮮血の魔女は、僕の名じゃない」

 あくまでも不愉快という空気を隠そうともせずに視線をそらしたベルタを見て、煌也は笑みを浮かべながら手を差し出した。

「それは失礼。では行きましょうか、フィア・ベルタ?」

 僅かに逡巡した後、ベルタは溜息を吐き出すと煌也の手に自らの手を重ねた。





 後の世に、王国史上“最強の魔女”と呼ばれる事になる「漆黒の魔女」は、こうして自らの運命を選び取った。

 選び取った未来が、どれほど彼女を縛り付けるか、このときはまだ、分かってはいなかったけれど……。

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