1話 スライムくん
そういえば朝彼の姿を見てないな。家を出て数歩、僕は後ろを振り返って何時も遊びに来る彼の事を思い出した。今日、パンがうまく焼けたから食べに来ればよかったのに。勿体ないなと思いつつも森の中へと侵入する。入った者は二度と出て来られないと噂されてはいるが、実際はそんなに脅威が存在しない安全な森である。
(一応、武器と盾は持ってきてるけど……)
使いこなせる自信は一切ない。だって使った事ないし。そもそも使う機会が出来た事自体が奇跡みたいなものだ。念のために持って来た武器を手に何か出て来ないかなと足を進める。
「わわわ! 誰か助けてぇ!」
「うん? そこに居るのは朝美味しいパンを食べ損ねたスライムくんじゃないか。おはよう」
「おはようバケツくん! でもぼくの状況見て、何してると思う?」
「……地面を転がり回って環境破壊」
「ちっがーう! 逃げてるんだよ、後ろから付いてきてる狼から!」
へぇ、物騒だなと僕はスライムくんの後ろを追っている狼に目を送る。牙を剥き出しにして襲い来る様は成程恐怖だ。だが、追われているのはスライムくんである、何をそんなに慌てる必要があるのだろうか。
「もしかして番? でも逃げてるみたいだから無理やり? スライムくんも苦労してるんだね……」
「どれでもないよ! なんでもいいから助けて!」
「うーん、友達の頼みだししょうがない。これあげるから、頑張って!」
そういって僕は木の枝をスライムくんの進行方向に投げた。あぶねという声と共にスライムくんの進行方向が変わる。
「あれ、何で受け取らないの」
「悪意じゃないのがなんとも言えない。ぼく逃げてるんだけど、受け取れる訳ないでしょ」
「じゃあ頑張って、君なら出来る」
「無責任! 他力本願! 自分で何とかしてよ!」
それ、追い詰められてるスライムくんが言われる言葉なんじゃ。とも思ったけど、仮にもスライムくんは友達。狼さんだってお腹を空かせてそれはもう本能に従っているけれど、友達の体が削られるのはな。……本能、か。
「それじゃあ、選手交代だ。僕に任せて、スライムくん」
「ば、バケツくん! 信じてたよ、そろそろ友達止めようかなって思い始める所だったけど。信じてたよ!」
一切信じられていない言葉が発せられた気もするけど、きっと僕の空耳だろう。僕はスライムくんの背を追っている狼に木の枝を向ける。
「……スライムくんの背って何処?」
「今それどうでもいいよ!」