タイトルがアレなのは著作権的なアレです
その夜。
俺は自室のベッドに寝そべって、とあるライトノベルを読んでいた。
――ああ、至福のひととき。
だけど俺の頭はずっと、あることを考え続けてしまっている。
どうして雨宮栞はライトノベルをきらうのか。
その答えは、この本の中にあると思った。
〈モブキャラな転校生さんと学園ラブコメ主人公の俺〉
俺の大好きなシリーズで、彼女が否定したシリーズでもある。そのあらすじは以下の通りだ。
◇ ◇ ◇
漫画の主人公に憧れているだけの、どこにでもいる平凡な男子高校生。
彼は毎日教室の隅で少年漫画を読みながら、いつか自分の前にヒロインの女の子がやってきて、彼の日常が戦いの日々に様変わりすることを夢想していた。
そんな彼のもとに一人の転校生がやってくる。だけど彼女はまったく教室には現れず、彼の日常はどこまでも平らに続いていくばかり。
だけどある日、彼が突然の頭痛で保健室を訪れたとたんに、物語は動き出す。
保健室の扉を開けると、
「わわ、わ、わたしっ、はだっ、はだか、見られて…………っ!」
そこには全裸の美少女がいたのだ。その子が転校生だった。
それからというもの彼の日常は一変する。
保健室登校の転校生に、親衛隊もいる学園のアイドル、中二病を拗らせた化学科教師と完璧超人な毒舌生徒会長、他にも色々と魅力的なヒロインがエトセトラエトセトラ。
たくさんの美少女に囲まれた、ちょっとエッチでバトルもあるハーレム学園ラブコメディ。
◇ ◇ ◇
それこそが〈モブキャラな転校生さんと学園ラブコメ主人公の俺〉のすべてだった。
あらすじだけでわくわくして、面白いシーンに思い出し笑いをして、ラストのバトルに思いを馳せるだけで燃えて、ラストにいつでも涙する。それは俺が大好きな作品だったんだけど、実はそれほど世間で人気があったわけじゃない。
この物語の主人公同様、この作品は全三巻完結の、どこにでもある平凡な打ち切りラノベだったりする。
たしかによくよく読んでみてみると、粗はたくさん見つかるのだ。
挿絵を見ればラッキースケベばかりだし、ご都合主義のせいで展開は陳腐になるし、題材からして流行の後追いだし、美少女を出しとけばなんとかなると思っているし、その美少女は簡単に主人公に惚れていくし、それはもう教科書みたいに杓子定規なテンプレラノベだった。
だけどそんなラブコメに、俺はたまらなく惹かれていた。
どうしてなのかと問われれば、そうだな。
記号的だけどどこか魅力的なヒロインたちだったり、あからさまなサービスシーンだったり、主人公が無自覚にハーレムを作っていくところだったり、ともすれば欠点で挙げられるような、テンプレな部分が俺は逆に好きだった。
この物語には、俺もこんな学園生活を送りたいと思わせるほどのパワーがあった。
そこにはたしかに、理想があった。
「理想……」
その言葉を口にしたとき、俺の頭の中に、とある仮説が浮かんだ。
理想とはすなわち、現実の裏返しだ。
俺がラノベの世界に逃げ込むときはいつだって現実をクソったれだと感じたときで、星ヶ丘が自分を学園のアイドルだと思い込むのはクラスに溶け込めない自分を正当化するためで。
だったら、雨宮栞はどうなるのだろうか。
保健室登校ならぬ図書室登校の転校生は、何かから逃げていたりするのだろうか。
それが何かは分からないけれど、もし彼女がライトノベルに逃げ込んで、そこでも拒絶されたのならば、きっと彼女は現実も理想もきらいになるなと、俺は思った。