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出会いは伏線回収とともに(2)

「ライトノベルが、好きなんだ」

「――え」


 そのとき初めて、彼女の瞳が動揺に揺れた、気がした。


「全裸の美少女のイラストを見て、俺にはキミが読んでいた本がライトノベルだってすぐに気づいた。挿絵を見つめるキミの熱心な視線にも気が付いた。だから思ったんだ。ああ同じだって。俺と同じで、キミもライトノベルが好きなんだなって」

「……っ」

「ほんとはすぐに謝ってこの場を立ち去るべきだって分かってたけど、そのことに気づいたら、どうしてもキミと話がしたいって思った。同じものを好きな者同士、会話がしたいと思った」


 笑顔を作る。うまく笑えているだろうか。


「キミがいま手に持ってるそのラノベだって知ってる。〈モブキャラな転校生さんと学園ラブコメ主人公の俺〉だろ? 俺もそのシリーズが好きなんだ。なんせラノベにハマったきっかけだからな。だから俺たち、きっと趣味も合うよ」


 手を差し伸べた。今はうまく笑えてる気がする。

 だけど、目の前の。

 ラノベの、それもエッチなイラストをじいっと熱っぽく見つめていた文学少女ふうの女の子は。


 差し出された俺の手を、払いのけた。


「――え」


「わたしは、ライトノベルなんてきらいです。あなたと一緒にしないでください」


 それは予想だにしない拒絶の言葉だった。


「なに言って、」

「特に、いま読んでたこのラノベ。あなたはこのラノベのファンみたいですけど、正直言って、この作品は色々とダメでした」


〈モブキャラな転校生さんと学園ラブコメ主人公の俺〉

 彼女がさっきまで読んでいて、俺がラノベにハマったきっかけの作品。

 その作品を彼女は実に淡々と、まるで()()()()()()()()()()()()を口にするように、否定する。


「文章は下手ですし、主人公は没個性ですし、ヒロインたちはみんな簡単に主人公のことを好きになりますし、ストーリーはご都合主義ですし、絵は露骨にエロですし、はっきり言って読者をバカにしてるとしか思えません」

「…………」


 言葉がでなかった。

 彼女の言ってることが理解できない。


「なにより一番わたしが気にくわないのは、メインヒロインのモブ子ちゃんが物語を通して何も成長していないことです。彼女の保健室登校は治っていないのに、彼女自身変わることができなかったのに、その彼女の弱さを主人公くんが許してしまうことです」

「……な、なにを言ってるんだ?」

「ヒロインの悩みを解決しない主人公も、その主人公の逃げを優しさと勘違いして惚れちゃうヒロインも、わたしはきらい。だから、そんな彼女たちが楽しい学園生活を過ごす、このラブコメがわたしはきらい、なのです……っ!」


 その言葉は誰に向けてのものだったのか。

 わからないけど、俺の大好きな作品が貶されていることだけはわかった。


「……………………おうか」

「なにか言いましたか?」


 彼女が訊いた。俺は彼女をキッと睨むと、


「テンプレなラノベ批判は控えてもらおうかと言ったんだ! ネットで聞きかじったような中身のない感想言いやがって!」


 もしこれがネットであったら、今の彼女の発言程度でいちいちキレたりしなかった。

 だけど彼女は全裸の美少女を熱心に見つめていたはずで、俺と同類のはずで、それなのにラノベをきらうことが許せなかった。


「でも事実です。この作品は、学園ラブコメの流行りに乗っかっただけの、一昔前のテンプレラノベそのものです」

「くっ……! いいか、テンプレがつまらないみたいな考えはやめろ。王道ゆえにテンプレなんだよ。王道をバカにするな」

「あなたも王道とテンプレを掛け違えないことです。べつにわたしは王道をバカにしてるわけじゃありません。まあ、王道という言葉をテンプレの免罪符にする人のことはバカにしてますけどね!」

「……っ、言ったな」

「言いましたけど?」


 余裕しゃくしゃくな態度の彼女。俺は、ぐぎぎ、と歯ぎしりをするしかなかった。

 てか、こっちにだって反論材料はあるんだよ。

 俺は彼女に向かって、してやったりとばかりに言ってやった。


「……じゃあどうして放課後の図書室で一人、全裸の美少女イラストを見つめてたんだよ?」

「え?」

「口ではそうやってうそぶいてるけど、ほんとはラノベ、好きなんだろ? じゃなきゃ熱心に挿絵なんて見つめないよ」


 萌えキャラでいうところのツンデレってやつ。人間、図星をつかれると恥ずかしくなって顔を真っ赤に否定したがるもので、きっと彼女のそれも同じなはずだ。

 むしろそうであってほしいと、俺は願ったんだけど、


「ち、ちがいます」


 彼女はなぜか顔をそらして、ささやくようにそう言った。


「じゃあ、あれはなんだったんだよ?」

「そ、それは……」

「それは?」


 彼女は苦しそうに呻いたのち、キッと顔を上げて、


「エロいなって、思っていたのです!」


 宣言した。堂々と。

 俺は彼女の発言に眉をひそめると、


「――変態なのか?」


 ドン引きである。

 てか痴女じゃねーか!


「ち、ちがいます!」


 慌てて否定する彼女だけど、だってそうだろ?

 今の発言って、ようは、初対面の男に『この全裸イラストがエロいと思いました』ってカミングアウトしてるのと同じじゃないか。もはや露出狂のそれだ。

 俺が思いっきり引いていると、


「エロいなって思ったのは、つまり、けいべつしてたんです!」

「けいべつ?」

「そうです!」


 彼女は言った。


「ラノベなんて、」少し戸惑うように言い淀んだのち、「エロ本です」

「――は?」


 耳を疑った。

 いま、とんでもないことをこいつは口にしたような気がするけれど。


「……なんて言ったんだ、おまえ。もう一度言ってみろよ」


 ぷるぷると怒りをこらえながら訊いた。聞き間違いということもあるから、怒鳴ってしまわないよう気を付けながら。

 だけどそんな俺の気遣いは徒労に終わる。


「何度だって言ってやります。ラノベなんてのは、エロ本と同じなのです。男の欲望を叶えるための、下賤でくだらないものなのです!」

「な、な、な……っ」


 決定的だった。

 その言葉で、俺はキレた。


「……許さん」


 好きなものを否定されるのは辛い、それを好きな自分ごと、否定された気がするから。

 俺にとっては、それがラノベだった。

 自分のことならば、教室の隅でライトノベルを読む自分のことならば、いくら馬鹿にされたってかまわないと思っていた。だけど、ラノベそのものをバカにされるのは、身を切られるように辛かった。


「ラノベがエロ本だと言ったな……」

「ええ、言いました」


 まるで俺を挑発するかのように、彼女は俺を見下していた。俺は吐き捨てる。


「今の発言、絶対に後悔させてやる……っ」

「後悔って。どうするつもりですか?」

「それは……」


 しばし考えて、


「家に帰ってから考える!」


 はあ、言ってから心の中でため息を吐く。なんていうか、締まんねえな。

 でも彼女の言葉が俺を深く傷つけたことは本当だし、散々後悔させたあげく、あの発言を撤回させようと思っているのも事実だ。

 よし、じゃあ帰って作戦会議としよう。


「ま、待ってください! なにを帰ろうとしているのですか!?」

「は? だから、家に帰って、おまえを泣かせるための作戦会議をすんだよ」


 と、そこまで考えて、俺は彼女のことを全く知らないことに気が付いた。

 このままだと次にどこで会えばいいのか分からない。だから訊いた。


「そういえば、おまえ名前はなんていうんだ?」


 足を止めて振り返った俺に、なぜか彼女はほっと息を吐くと、


「人に名前を訊くときは自分が先に名乗るのが常だと思います」


 いちいち突っかかってくるなあ。

 ……いやそれは俺も同じか。


「俺は伏屋だ。一年一組の伏屋タダヒト。で、お前は?」

「伏屋タダヒトですか。じゃあ伏屋くん、覚えておくことです。わたしは、」


 そこで彼女はいったん言葉を区切って、それから言った。

 今にして思えば、このときどうして彼女はその正体を明かしたのか、それはやっぱり分からないけど、これが全ての始まりだった。


「わたしは、一年一組の、雨宮栞あまみやしおり

「雨宮栞、よし覚えたからな……って、一年一組だって?」


 俺と同じクラスじゃないか。

 でもクラスに雨宮という苗字のやつがいるなんて知らない。そもそも、俺はこいつと初対面だ。いくら俺が教室に溶け込めていないからって、クラスメートの顔を忘れるほど冷めているつもりはなかった。

 ということは、つまり――、


「――お前は、誰だ?」


 俺の問いに彼女は不敵に微笑んで、


「謎の転校生、ってやつですか?」


 すべてのピースが、かちり、とハマる音がした。

 ――そう、それは今日のような、からりと晴れた五月の日のこと。


 少年は少女と出会い、ラブコメが始まる――


 ――か、これ?

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