中二病でも国語教師がしたい
転校生の席が教室にやってきてから三日が経った。
だというのに、転校生はいまだに姿を見せる気配もなく、教室の後方、窓際の列の最後尾はいつまでも空席のままで、俺はその席を見るたびに腹の奥がむずむずと疼くのを感じた。
ほんと、ラノベの神様はいつも俺に意地悪をする。
転校生を遣わせてくれたことは感謝するけど、それにしたって、この仕打ちはない。期待も持たせた分だけ落差というものは大きくなるのだ。
そんなことを考えていたら、
「伏屋くん、ちょっといい?」
なんて声をかけられ、肩を軽く叩かれた。
驚いて顔を向けるとそこには我らが担任教師、日比野珠子先生がいて、いつもの白衣スタイルでにっこりと俺に微笑みかけていた。
「日比野先生? どうしたんですか?」
「いえね、伏屋くん転校生のこと気にしてたから、大丈夫かなーって思って。だってあれからあの子全然教室に来ないし」
「ああ、まあそうですね」
今まさに、その転校生のことを考えていたところだったから、ちょっと驚く。
俺の反応に日比野先生は目を細めると、
「伏屋くんはさ、転校生のことどう思う?」
「……」
……なんだ? いきなり。
俺は日比野先生に怪訝な視線を向けつつ言った。
「えっと、どう思うと言われましても。どうして学校来ないのかなあ、としか」
「教室に来てほしいと思う?」
「……」
そりゃあ、来てほしい。
何度も何度も言うけれど、俺はラノベ主人公になりたくて、だから転校生には教室にやってきてぜひ主人公と運命的な出会いをしてほしいのだ。
だけど、それがあくまで俺だけの事情だってこともわかってるつもりだった。
だから、
「まあ本人が来たくないって言うのなら、その、べつに無理やり教室に引っ張りだすこともないのかなあ、って思いますけど」
「そっか。……そっかあ!」
何が、そっかあ、なのだろうか。日比野先生はうんうんとうなずくと唐突に、
「じゃ、これね!」
「――えっ」
ドスッ、と重たい何かが机に置かれた。見るとそれは国語辞典だった。
「なんです――」
――か、これは?
俺が言い終わる前に、
「あと、これとこれとこれとこれとこれとこれもよろしく!」
ドスッ、ドスッ、ドスッ、ドスッ、ドスッ、ドスッ。
古語辞典、漢和辞典、類語辞典、ことわざ辞典に百科事典、果ては英英辞典までもが、次々と目の前に積み上げられていった。
呆然と出来上がっていく山を見上げていたら、日比野先生は実に爽やかな笑顔でもって、
「授業で使ったの。全部図書室に戻しておいてね」
ばっちこん、とウインク付きである。正直きつい――じゃなくて、
「どうして俺がそんなことをしなくちゃいけないんですかっ! てか英英辞典とか国語の授業で使うか!」
怒鳴った。これは怒鳴っていい。
「まあまあ、そう言わずに。あ、どれもちゃんと元あった棚に戻しておくのよ?」
「はあ!?」
「んじゃ、そういうことだから」
言いたいことだけ言い置くと、日比野先生は手をひらひらと振りながら教室を出ていった。
残るは去り行く背中を見つめる俺と、殺人的な本の山。
新手のいじめか、これは。
以前クラスの男子生徒が、日比野先生にあの笑顔のまま冷たくされたいなどと抜かしていたけれど、ならば俺の代わりにこれを運ぶかと問い詰めてやりたい。
「……あんまりだ」
図書室は一年の教室から遠い。
この量じゃ何回かに分けて運んだほうが良さそうだ。いや、それとも覚悟を決めて一回で運びきってやろうか。
まあ、なにはともあれ。
友達の少ない俺には誰かに手伝ってもらうなどもってのほかで、もしかしたら、これは日比野先生からの友達を作れというメッセージなのかと、半泣きながらにそう思った。