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テンプレだとな、転校生がラブコメを運んでくるものなんだよ!

 朝、ホームルームが始まる直前。

 滑り込むように教室に入ると、とある違和感が俺を迎えた。


 眉をひそめて立ち止まる。違和感のもとを探るべく教室を見渡してみると、それはすぐに見つかった。


 教室の後方、窓際の列の最後尾。


 よくアニメとかで主人公が頬杖ついて外を眺めている、俺が心のなかで主人公席と呼んでいる席だ。ほとんどの席をクラスメートが埋めるなか、その席だけが、ぽつんと空席で置かれていた。


 気づく。

 昨日まではなかった席だ。それを見つけて、とうとうこの日が来たかと思った。


「さあ席に着いて。今日はみんなにお知らせがあります……って伏屋くん、ジャマです」

「わわっ、と」


 何者かに背中を押されて、たたらを踏んだ。


 振り向くとそこには、担任の日比野珠子ひびのたまこが、教室の入口で立ち往生する俺を迷惑そうに見つめていた。


「席に着きなさい。チャイム鳴ってるわよ」


 日比野先生は国語教師でありながら、なぜかいつも白衣を着ている。

 化学実験をするわけでもないのに、白衣のポケットに手を突っ込んで、柑橘系の香りがする長い黒髪をはためかせるその姿は、まさに成熟した中二病そのもの。

 だから俺はいつも彼女に同族を見つけたような生暖かい気持ちを感じるんだけど、いまはそれどころじゃないな。


「ちらっ」


 俺は嬉々として彼女の後ろを覗き込んだ。あれ、誰もいない……?


「……なにをしているの?」


 日比野先生が半ば呆れてため息をついた。


「いえ、そこに美少女がいるような気がしまして」

「美少女なら目の前にいるじゃない」

「び……しょうじょ?」


 果たして二十九歳は少女なのか。

 男はいつになっても少年の心を持っているという。ならば女性もまた、いつまでも少女ということになるのだろうか。だけど、もしその仮定が成り立つとすると、女性は永遠にロリということになり、巷にはロリババアが溢れかえり、男は皆ロリコンということになるのでは?

 そんなことをつらつらと考えていたら、


「殴るわよ?」

「……すいません」


 怒るわよ、ではなく、殴るわよ、だった。暴力反対。

 さすがに本当に殴る気はないと思うけど、それでも視線だけで召されそうだったので大人しく席に着くことにする。


 それを見て日比野先生も教壇に立った。


 彼女は自身が受け持つ一年一組の教室をざっと見渡し、俺のところでむっと睨み、最後に、誰も座っていない主人公席を見つめて少し寂しそうな顔をした。

 俺も釣られて、昨日までなかったその席を見つめる。


 思った。

 これは伏線なんだ。


 もう知ってるかもだけど、俺はずっと、ラノベ主人公に憧れていた。

 まるでラブコメの主人公のように、賑やかで楽しい学校生活を送りたいと思っていた。

 そしてラブコメというものは、えてして女の子との出会いから始まるもので。

 例えば、そう、それは今日のような、からりと晴れた五月の日のこと。


 ――転校生がやってくるのだ。


 その子は教師に手招きされて、堂々と教室に入ってくる。そんでもって、その子はまさに画面の向こうから出てきたみたいに可愛くて、教室中の男子という男子が息を呑んで、女子は女子でうっとりと見とれるのだ。

 転校生は教卓の横でにっこりと微笑み、自分の名前を黒板に書くと、顔を上げてゆっくり教室を見渡す。と、彼女の視線が、とある一点を見つめて動かなくなる。


『あっ! あんたは――っ』


 転校生が声を上げる。

 その声を不審に思ったクラスメートたちが彼女の視線の先を辿り、そこには寝たふりをする主人公の姿があって。どよめく教室。自分が注目されていることを知った主人公が、寝たふりをやめて、戸惑いながらものっそりと顔を上げると、


『え……って、おまえはたしか――』


 息を呑む。

 見つめ合う転校生と主人公。こうして二人は出会い、物語の歯車は動き出す。


 完璧だ。

 これぞまさに王道ラブコメ。我ながら自分の妄想力が恐ろしい。

 まあ、いつの時代のラブコメだよ、って感じではあるが、得てしてテンプレとは古臭いもので、二人の出会いとしてこれほど理想的なものもないだろう。


 だからこれは伏線だ。


 その空席は転校生のために用意された席で、いまからその転校生が教室に入ってきて、その子との理想的な出会いを経て俺は晴れてラノベ主人公になるんだ。

 そうに決まってきた。


「……っ」


 固唾を飲んで、日比野先生の言葉に耳を傾ける。しばしの溜めの後、彼女は言った。


「このクラスに転校生が来ました」


 その瞬間。

 ドッ、と教室が湧いた。

 クラスメートたちのしゃべり声を聞きながら、俺は一人ほくそ笑む。


 だって、やっとだ。

 やっと俺のラブコメが始まるのだ。

 

 ――だというのに、俺の希望はあっさりと打ち砕かれることとなる。


「まあ、今ここにはいないんだけどね」

「は?」


 教室中の人間がその言葉を理解するのに一瞬の間があった。

 俺も他のクラスメート同様、日比野先生が言ったことの意味がわからないでいた。


「ちょ、ちょっと待ってください先生! このクラスに転校生が来たんですよね?」


 考えても考えてもわからないものだから、気づいたら俺は立ち上がっていた。


「その転校生が今ここにいないってどういうことですか!?」


 日比野先生は申し訳なさそうに頭をかくと、それでもいつもの口調のままで、


「たしかにうちに転校生は来ました。だけど、この教室にはいないんです」

「意味がわかりません。それって、遅刻かなにかで今この場に来てないってことですか?」

「いえ、遅刻とかそういうのでもなくて。つまり、名簿上はこのクラスにやってきたけど、実際にこの教室には来ないといいますか、なんといいますか」


 要領を得ない言い分と、わざと濁した言葉の語尾。

 自然、俺は自分の声が荒立ってしまうのを自覚した。


「じゃあ、そこの空席はなんだっていうんですか! 転校生のために用意された席じゃないんですか?」


 教室後方、窓際の列の最後尾。通称、主人公席を指さして、俺は言った。

 そう、そのはずなんだ。

 その主人公席こそ新しく教室にやってくる転校生のために用意された席で、だから俺はその席を見つけてこのクラスに転校生がやってくるのだと確信した。

 だというのに、日比野先生は空席となっているそれをちらと見て、


「……伏屋くんの言う通り、たしかにそこは転校生の席です。朝、先生が用意しました」

「だったら、」

「それでも、」


 俺の言葉を日比野先生が遮る。そしてため息をひとつ吐いて、


「……それでも、転校生がその席に座ることは当分の間ないと思います。いえ、もしかしたらずっとないかもしれない。転校生はそういう子なんです。わかりますよね? わかってください」

「いや、そういう子って」


 どういう子だよ。

 そう言おうとしたけれど、日比野先生が言葉をつないだ。


「教室に来たくても、来れない子。みんなと授業を受けたくても、受けられない子。そもそも教室に来たくない子。みんなと授業を受けたくない子。転校したはいいけれど、その教室に籍だけおいて、本人は教室には来れない子。転校生は、そういう子です」

「……」


 思った。

 別に珍しい話じゃないのかもしれない。


 季節外れの転校生が、そもそもどうして転校するに至ったのか。

 誰もかれもが、ラブコメに登場する転校生の多くがそうであるように、親の都合で引っ越してくるわけじゃない。それぞれに事情を抱えて、それこそ教室に籍だけをおく、いや、席だけを置く転校生も、中には当然いるだろう。


 だって、この世はラブコメじゃないのだから。


 クラスのみんなもそれとなく察して、お通夜のような沈黙が教室を支配した。俺も力なく俯いたまま、そっと席にへたり込む。

 日比野先生は、そんな沈んだ空気を追い出すべく声を張り上げ、


「ええっと、じゃあ、そういうことだから。日直、号令」


 そこからはいつもの教室だった。


 クラスメートたちもせっかく転校生が来たというのに、転校生など初めからいなかったかのように振る舞った。いや、もともと来てなどいなかったか。


 俺はそんな教室にいながら、一人失意に沈んでいた。

 だってそうだろ? あれだけ期待したというのに。


 結局、ヒロインとの出会いはおあずけ。主人公がヒロインと出会うことはなく、いつまでも物語は始まらず。

 それどころか、俺のメインヒロインとなるはずだった女の子は、まあ、女の子であるかもわからないけれど、なかなかに曰くつきの人物らしいときたもんだ。


 もうほんと、つくづく俺は主人公にはなれないんだなと、そう思った。

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