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クレームのすゝめ

作者: 藤沢悠

気分を害してしまったら申し訳ありません。

「ですから、何度もご説明している通り……」


「知らんもんは知らん」


こんな押し問答をかれこれ二時間ばかり続けている。

こちらは穏便にすませようと四苦八苦しているのに、この四十代半ばと見えるおじさんは「知らん」の一点張りで話しが遅々として進展しない。

クレーマーと呼ばれる理不尽で厄介な連中が世間を我が物顔で跋扈していることは見識の狭い私でも聞き及んでいる。

しかしどんな屈強な男でさえ恐怖で震撼させると名高い怨霊の私にいちゃもんをつけてくる人物が現れるなど予想だにしていなかった。


「いいですか、あなたは呪いの画像を絶対に見ています。でないと私はこうして取り殺しにこれないわけですから。大人しくモニター画面に引きずりこまれていただかないと困ります」


「だから呪いの画像なんぞ知らんと言ってるだろ。何度も言わせるな」


クレーマーとは魑魅魍魎よりも質が悪く、辟易としてしまう。


「……私だって何度も言ってるもん」


つい本音を溢してしまった。

あっと思ったころにはとき既に遅しで、目前で胡坐をかいて腕組みをしているおじさんは鬼のような形相になっていた。


「なんだ、その態度は! 子供だからと優しくしていればいい気になりやがって! そもそも、挨拶もなしにモニターからずかずかと人様の家に上がりこんで常識はないのか!」


「うう……すみません……」


「謝ってすむなら警察はいらん! そんなみすぼらしい恰好しくさって! 親の顔が見てみたいわ!」


烈火のごとく怒り狂うおじさんに私はひたすら平謝りをするばかりだった。

なぜ齢十歳の可憐な少女のまま人生を閉ざされた私が、死してなお知らないおじさんに正座を強要され、怒鳴られなければならないのだろう。

しかも、こんなちゃぶ台と煎餅布団しかない狭くて汚い四畳半で昼間から引きこもっているトランクス一丁のおじさんに。

情けなくて悔しくて自然と涙がこみ上げてきた。


「なんで、私だけこんなひどい目にあわなきゃならないの。お父さんが死んじゃってから、お義母さんに

散々いじめられて井戸に突き落とされて。望んで怨霊になったわけじゃないのに」


私が嗚咽混じりで自身の悲惨な人生を捲し立てると、おじさんは「可哀そうに」と先ほどとは打って変わって優しい口調で囁いた。


「君がいかに辛い経験をしてきたのかよくわかった。でもね、怨霊になって関係のない人を道ずれにするなんて、親御さんが知ったらさぞ悲しむんじゃないかな。早く成仏してほしい。そう願っているのではないかね」


おじさんに諭され、私は泣き崩れた。

やっと、私の気持ちを理解してくれる人が現れた。

私に優しく接してくれる人が現れてくれた。

はじめは社会からの落伍者かと疑っていたおじさんはもしかしたら聖人君主であり、それゆえに虐げられた生活を送っていたのかもしれない。


「おじさん、ありがとう!」


晴れ晴れとした気分で面を上げた刹那、私は固まってしまった。

目前のおじさんが唯一身に纏っていたはずのトランクスを脱ぎ捨て生まれたての恰好で仁王立ちしていたのだ。


「なにをしているのですか?」


唖然としながらも、辛うじて私は訊いた。


「君の恨みを忘れさせてあげたくてね。快楽に溺れれば嫌な記憶なんて吹き飛ぶよ」


おじさんはそう言って微笑み、舌なめずりをした。私は全てを悟って戦慄する。


「や、やめてください!」


「大丈夫、大丈夫。井戸に落ちたときよりかは痛くしないから」


「さてはあなたロリコンだな!」


布団へ引きずりこまれそうになるのを拒否したいのに、おじさんに腕を掴まれた途端なぜか力が入らない。


「絶対、成仏させるから」


「責任取るみたいな言い方しないでください!」


抵抗むなしく私は布団の中へずるずると引きずりこまれてしまった。


このおじさん、実は「ロリ怨霊は合法」と豪語するテクニシャン霊払師であった。

それを私が知ったのは昇天して天国を見させられたあとだった。


ああ、まんまとハメられた。


読んで頂きありがとうございました。

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