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Emergency Doctor 救命医  作者: さかき原 枝都は
Emaergency Doctor 救命医
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Emaergency Doctor 救命医Ⅵ


Emaergency Doctor 救命医Ⅵ



あの時緊急搬送された。赤い血にまみれた……まゆみの姿を……


医者はなんのために医者であるのだろうか。


俺が医者になろうと思い、医学部を目指したあの頃の想いと、今外科医としてメスを振るう俺の想いは同じものとは言えない。



医師になろうとしてこの世界に入る切っ掛けは様々だ。



一種のステータスとして医師を目指す者。


親が医者、医療関係の環境からそれを目指す者。


自らが命を救われ、医療と言う道を目指した者。



そして、自分の愛する者の命が目の前で消え去ったのをの当たりにした者……


俺は……




俺は幼いころから母親と二人暮らしだった。父親の存在は知らない。


母は女手一つでこの俺を高校2年まで育ててくれた。


相当な苦労をしていたことは幼かった俺にも感じていた。


俺も出来ることはやった。母の負担を少しでも軽くしてあげたい。そんな思いからだ。


苦しい母子家庭の生活。それでも俺と母親はお互い笑顔を絶やさなかった。どんなに辛い時でも悲しい顔をすれば悲しみだけが自分たちを襲う事を知っていたからだ。


幸せだったと思う。高校時代、学校にバイト、そして家事。それでも俺は幸せだった。


お袋のあの、笑顔を見る事が唯一、俺の幸せだったのだから……


高校2年に進級してまもなく、お袋は激しい痛みを訴えながら朝倒れた。

救急車で搬送された病院で告げられた言葉、それは




「余命あと半年」




一瞬その意味を理解することが出来なかった。「余命」「半年」この医者は何を言っているのだろう。頭の中が混乱しすぎてすべての思考が停止したような状態になる。



頭の中が真っ白になるとはこの事を言うのかもしれない。




「膵臓癌」そう医師から告げられた。




かなり前から進行していたそうだ。症状が出る頃には手遅れになる事がほとんどの癌。


お袋もすでに膵臓から肝臓、リンパ節に転移をしていた。


「もうここまで進行されていると、手術を行なっても体に負担を与えるだけです。まずは痛みを和らげる治療と、進行を少しでも抑えるために抗がん剤の投与を行なっていくしかありません」


淡々と説明する医師。もう手の施しようがないと言う事を難しい用語を使い遠回しに唯一の肉親である俺に説明した。



それでも俺は現実を受け入れるしかなかった。




お袋がもうじき……死ぬということを。




「ご本人にはこのことはどうなされます?」そう聞かれたが、俺は出来れば言わないでもらいたいとその医師に言った。しかし、お袋はすでに自分の寿命があと長くない事を覚っていた。


病室に行くとあれだけ苦しがっていたあの姿はもうどこにもない。いつもの笑顔のお袋がベットに寝ていた。


「ごめんね。心配かけちゃって」


相変わらずにこやかに茶目っ気たっぷりに言う。そんな姿を見ているとさっき言われたことが嘘のように思えた。


「先生、なんて言ってた」

その時一瞬言葉に詰まった。なんて応えようかと……


「働きすぎだってよ」とっさに出た返事。

お袋は病室の白い天井を遠目で見ながら


「そっかぁ」と呟いた。


そしてまた……「ごめんね」と一言いった。その時お袋の目に涙が溜まっていたのを俺は見て見ぬふりをした。


お袋の癌は医者が予想していたよりもはるかに進行が速かった。既に癌はほとんどの臓器に転移し、抗がん剤の投与も本人が苦痛を訴えたため中止した。


抗がん剤を止めたせいかもしれないが、お袋は少し元気になったように前ほどではないが微笑むようになった。



「ねぇこうちゃん。一度お家に帰りたい」



もう夏になりかけてた頃、お袋が俺に言う。


外泊の許可を取りたいと担当医に相談すると「いいでしょう。ですが多分、これが最後になります」と告げられた。


久しぶりに家に戻り、お袋の表情は病院にいた時よりも柔らかくそしてあの笑顔がまた戻ってきたように思えた。癌なんかどこにもないかのように……


俺もひと時、前の様に優しく微笑むお袋の姿を眺める事が出来た。ほんのひと時だったが……



自宅に帰って3日目



「買い物にちょっと行ってくるけど、何か欲しいものある」とソファーに座り、青空を静かに眺めていたお袋に訊いた。


「ううん。今は何もいらない」

「そっかぁ、それじゃちょっと行ってくる」



「うん、気つけて……それと、ありがとう」


そう言って今までで一番の笑顔を見せてくれた。




俺が買い物から帰ると、



お袋はソファーに沈み込む様に静かに息を引き取っていた。


その下には大量の鎮痛剤と睡眠薬の殻が散らばっていた。





その後、俺はお袋の両親に引き取られる。





俺に残されたのは、あのお袋の最後の……笑顔だけだった。





「命を粗末にする人って許せないんでしょ……未だに」




理都子が言ったあの言葉、それはお袋に向けた言葉ではない。


あと残り少ない命を自ら絶ったお袋。最後まで、自分の最後までその命を使い切る事をせずにこの世を去った。


多分それはお袋が俺のためにした行動だったのかもしれない。


あの笑顔を俺に見せられるうちに、最後に最高の笑顔を俺に見せるために。

そして、その笑顔を……俺に残せるように……と。



そうあの言葉は俺に向けた言葉。


限りある命を粗末に使う事を俺は許してはいけないんだと。

そして俺は、医療の道を歩みだした。




赤い血にまみれた……まゆみの姿。その姿を目にした俺は搬送されたその患者の名を告げられてもまゆみであることを否定した。



「そんな、こんなことになる訳がない」


しかし、そこに横たわる顔は、まゆみ意外考えられなかった。



あの微笑む笑顔のまゆみの顔がその血だらけの顔に映し出される。



似ていたんだ……お袋のあの笑顔に。




似ていた。まるであの笑顔で微笑むお袋が目の前に現れたかの様だった。


初めてまゆみと出会った時、俺の心臓は一瞬止まりかけた。




ライン取れました。血圧低下、モニターの波形が不規則になる。ピロロロッ、ピロロロッ。いつも聞きなれた音が今日はやけに耳につんざく。


まゆみの体にブローブをあてがい走らせる。胸郭部に大量の滞留液が確認される。胸部内出血。「開胸する」上位の指導医がメスを握る。まゆみのその皮膚を裂きメスが入り込む。



大量の鮮血があふれ出した。血は術台に広がり床へと流れ落ちる。



ブラディー……



除細動の準備を……パドルがまゆみの心臓に装着される。


チャージ完了。


離れて……ピピピピと心電モニターが鳴り響く。



波形は戻らない。



出血個所をクランプする。一か所二か所、三か所。それでも出血は止まらなかった。


時間だけが悪戯の様に過ぎ去っていく。1秒、2秒、3秒……1分がまるで秒単位よりも短く感じる。


俺は必死にまゆみの心臓に触れ手を動かし心マを続ける。


術野を広げるため再度まゆみの体にメスが入る。


「まゆみ、まゆみ……」何度も何度もまゆみと呼びかけた。



諦めない、諦めたらだめだ。諦めたら……もう、二度とあのまゆみの微笑む顔を見る事が出来なくなる。そんなのは……もう嫌だ。俺の前からもう二度とあの微笑みを消したくない。




「ねぇねぇ、光一覚えてる?」

「なにを?」

「あなたが私に初めて声をかけた時の事。光一私になんて言ったか」

「さぁー覚えてないなぁ」


「あーあ、しらばくれちゃって。私ちゃんと覚えているんだから……お袋って言ったのよ」




輸血追加……いくつものクランプがまゆみの体の中に突き刺さったようにそそり立つ。


出血が止まらない。





「光一、あなたは外科医には向いていない」


「どうして?」


「光一は優しすぎるんだもの」


「俺はマザコンの甘ちゃんとでもいうのか……」



「ううん、そうじゃない。あなたは本当は物凄く強い人。私なんか太刀打ちできないほど強い人。だからあなたは人に優しく出来る。人の痛みを分かりあえる。


お母さんが最後にあなたに残した笑顔。あなたはその笑顔をいつも求めている。それはあなたの消せない想い、そしてそれはあなたの願い。


だから……あなたは、光一は人の死を受け入れることが出来ない人。医者は、外科医は常に人の死の瀬戸際に接する。失くしていい命なんて一つもない。でも……医者は外科医は人の命の先を見分けなければいけない。



それは人の死と言う事を受け入れなければならない事だから……」




先生……

その声と共に指導医の手は止まった。



「まゆみ、まゆみ、まゆみ……」


「田辺、田辺……もう、いい。残念だが」



「いや、まだ望みはある。まだまゆみは助かる。まだこんなに温かいじゃないですか」



手がひきつる。それでも手を止めることは出来ない……止めたくなかった。



「田辺、もうやめろ」指導医が怒鳴り声をあげる。そして俺の手を掴み



「石見下君を楽にさせてあげなさい」そっとつぶやく様に言った。


その声と共に俺の手はまゆみの心臓から離れた。





それは、まゆみの死を認めた事だった。





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