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Emergency Doctor 救命医  作者: さかき原 枝都は
Emaergency Doctor 救命医
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1-19Emaergency Doctor 救命医

秋島まどかは発作を起こした。それも今までで一番重篤な発作を


酸素マスクをつけられながらも、いつもは「こんなの……」と減らず口………いや、彼女の生きたいという思いがあの言葉に込められていた。いまはあの言葉させ目の前の彼女は発しない。

いつしか季節は……冬、寒さが身を引き締めるそして人の心をたたかく見守る冬という季節になっていた。

秋島まどかにとって外の季節の移り変わりはもはや何も意味をなさない。

荒い自己呼吸も今回の発作ではその荒ささえ感じられない。

心電図の波形は不脈な波形をえがきながら流れている。


「ま、まどか……」

実の父親である病院長も彼女の手を握り、その目に涙を浮かべている。

「すまん、まどか……何も出来ない、いや、まどかに悲しい想いと苦しみしか与えてやることが出来ない最低の親だったね」

そういう病院長の手を彼女は軽く握り返す。

それでさえ、今の彼女には大変なことだ。

何度も繰り返しくぐり向けてきた彼女にも、もうこれが最後だということが感じられていたんだろう。

「まどかちゃん、頑張れ」

彼女の手を取り声をかける。今の俺にはそんなことしかしてあげられない。

自分の無能さをこの時俺は感じた。

あの時まゆみの死をこの手でそして己の目の前で……受け止めた時の様に。

また俺は、何か物凄く大切な人を失うかのような、そんな恐怖感が全身を駆け巡っていた。

彼女の発作はそれから二日間襲い続けた。

その間、彼女は死の世界というところに最も近づいていただろう。

明け方、カーテン越しに入る陽の光に彼女は照らされていた。

ふと、寝入ってしまっていた俺の瞳はその陽の光を浴びる彼女、秋島まどかの顔を映し出した。


その時俺は目を疑った。


秋島まどかの顔が、あのまゆみが微笑んだ顔に見えたからだ。

「まゆみ、まどかちゃんを連れて行ってしまうのか………」

なすすべもなくこの世を去ること。

そしてこの世から去らなければならないこと。


己の意思で命を絶とうとする人、絶たねばならない人。


彼女、秋島まどかには生きたいという想いが心の底から湧き上がっていた。

それは、彼女を診察し彼女と交わした言葉一つ一つに込められているのを俺は感じ取っていた。

だからこそ、秋島まどかという少女とまゆみが重なったのかもしれない。

そういえば、彼女はこんなことも言っていた


「奇跡は起こるものじゃないんだよ。奇跡ってみんなに平等に与えられているんだけどそれをつかみ損ねているだけなんだって。だから私はどんな奇跡も全部つかみ取ってやるの」

「欲張りだな」

俺は笑いながら彼女に返してやった。


でも、それは彼女の強い生きたいという心の叫びのような想いだったに違いない。

その願いは、彼女のハートラインの波形を安定させた。


少し、肩の力が抜けた。

しかし、次に発作が併発すれば……それは確実に彼女の死を意味する。

それでも

「私ってやっぱり運がいいのね。今回も持ちこたえたしね」

以前のように悪口グセの彼女の言葉からすればかなり弱々しく感じる。

「無理はするな」

そんな言葉しか俺は彼女にかけてやれない。

自分の無能さは今に限って感じえるものではない。己の能力のなさ、彼女、苦しみ病に向かう人たちを救うことの出来ない無能な自分にいつも悲しさと虚しさ……一番つらいのは、己の心の叫びをこの俺自身が受け止める事が出来ずにいることだ。


なすすべがない……


医者とは何なんだろう……

先生と呼ばれ、結果その力に甘んじている。力?いや違うただの医者という肩書に身を寄せているに過ぎない自分が今ここにいる。


「田辺先生……」

「なんだい、まどかちゃん」

「たまには自分の家に帰ったら?もう何日帰ってないと思ってんのよ」

「えーと……一応シャワーは浴びてるんだけどやっぱ匂うか?」

「馬鹿ねぇ、そんなことじゃなくて……こんなこと、私に付き合っていたらあなたの方が倒れちゃうじゃない。たまにはゆっくりしてきてって言ってんの」

「心配すんなよ。俺なら大丈夫……」

「そうぉ。かなり無理してんじゃない本当は」

あえて返しの返事はしない。

「大丈夫よ。田辺先生がいないときに私……死んだりしないから。


私が……息を引き取るときは……あなたの目の前で、あなたが私の最後を看取ってもらうって決めているから」


まどかちゃん……

「それと……あのノート続きが見たいな。あるんでしょノートの続き」

「ああ、あるよ俺の彼女が残してくれた、彼女の命を懸けたノートは……」

「うん、そうよね。あのノートは貴方のために書かれたものじゃないんだもの」

俺のために書かれたんじゃない?

「あのノート作ったの……そして田辺先生の彼女さんって『まゆみ先生』だったのね。だったらなおさらあのノートは貴方のためじゃない」

「まどかちゃん、まゆみのこと知ってたのか」

「うん、北部の大学病院によく診察しに行っていたから……」

「まゆみ先生とは直接診察はないんだけど、ちょっとね……私たち友達なんだ」

「そうだったのか、俺、何にも知らなかったよ」

「そりゃ、そうでしょ。だって秘密の友達なんだもの」

秘密の友達ねぇ……

「うん、そう。秘密の友達。だから分かるの、あのノートは貴方のためのもじゃない。でもこれだけは言える。あのノートに書かれていることは田辺先生すべてあなた自身が自分のものにしなければいけない。これは約束とか甘いものじゃない。まゆみ先生があなたに課せた医者としての使命よ」


……もし、貴方があのノートを超えた時。その時まゆみ先生があなたに託したノートの本当の意味がわかるはずよ


今はまだ……あなたにはその答えを知るには早すぎる。


「なんだろうな、まどかちゃんからそう言われるとまるでまゆみ本人から言われているみたいに感じるよ。不思議だけど」

「だから言ったじゃない。私たちは秘密の友達だって。そして私とあなたの関係は……」


「んもぉ、いいから今日は帰りなさい。約束するから、貴方のいないときに私は絶対に死なない……だから」

「わかったよ」

病室のドアから帰り際ふと彼女の横たわるベッドを目にしたとき……そのからわらにやさしく微笑む白衣姿のまゆみの姿がうっすらと目に映った。


俺は振り切るように彼女、秋島まどかのいる病室を後にした。

何日かぶりに入る自分のアパートの部屋。

がらんとして冷たい空気だけがこの屋の中によどんでいる。

誰も俺の帰りを待つ人はいない。

ただ、あるだけのその存在が必要だからあるに過ぎない俺の部屋。

そこに帰る……ベッドに体を沈み込ませふと横にあるフォトフレームに目をやる。

やさしく微笑むまゆみが映っている写真。

いつもは写真を目にすると、何か心の中に冷たいものが広がるような感じがしたが、今日のまゆみの姿は俺に温かさを与えてくれた。

冷え切ったこの部屋でも何か胸の中がものすごく温かく感じる。


「なぁ、まゆみ……お前は何を考えていたんだ……そして俺にどうなってもらいたかったんだ」

そんなことを思いながら、俺の瞼からは一筋の涙がこぼれ流れていた……



「奇跡は起こるものじゃないんだよ。奇跡ってみんなに平等に与えられているんだけどそれをつかみ損ねているだけなんだって。だから私はどんな奇跡も全部つかみ取ってやるの」


俺はどれだけ奇跡というものをつかみ損ねていたんだろうか……


どれくらいの時間がたったのだろうか。俺はそのまま寝入ってしまったらしい。

スマホがコールを告げる曲を流し始めた。


「久しぶりだね、元気にやっているようじゃないか田辺先生」

その声はあの北部医療センターの常見助教授だった。

「ご無沙汰しています常見教授」

「ああ、それよりも今からすぐ北部に来れないか。君がもう帰宅したと聞いたからねこの電話にかけたんだが」

「何か緊急なことのようですね」

「そうだ、緊急事態だ。秋島まどかのドナー提供が決定したよ」

「……え、」

「彼女は今こっちに緊急搬送中だ。心臓外科のメンバーも今オペの準備に入った。君にも彼女のオペに立ち会ってもらいたい。それが……


彼女、秋島まどかの希望だそうだ」


彼女は現在ドナー順位二位のはずだ。それがどこをどうして繰り上がったのかはわからないが、秋島まどかは心臓移植を植えるチャンスを手にしたのだ。


「わかりました。今からそちらに向かいます」

「ああ、よろしく頼むよ。オペ開始時間はおよそ一時間後だ」


心臓外科の移植チーム、麻酔科、人工心肺サポート。このオペのチームすべてが待機する中、俺がオペ室に入るまで秋島まどかは麻酔をするのを待っていた。

術台に横たわり術衣をまとった俺の姿を見るなり

「遅いよ。た・な・べ・先生」

と一言言って微笑んだ。

そして「お願いします」といいマスクをはめ秋島まどかは眠りに入った。


バイタル。110の78、心拍60でサイノス。


では、これより心臓全摘出及びドナー提供による心臓移植術を開始します。


「メス」

秋島まどかの胸にメスが入る

「モノポーラ」

………


彼女の運命のオペが今始まった。


今年最後の投稿になります。来年もどうかよろしくお願いいたします。

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