第七話 よくわかりません。
何処か壊れた世界である、と言われた割には普通のように見えた。
どこか中世を感じさせる田園風景で遊ぶ子供達の姿が見える。
冒険者というものがあり、ギルドもあるという事には拍子抜けした。そんなよくあるような、子供の考えた世界で本当にいいのだろうか? そういう所が壊れているのか。……偏見が過ぎるな。
強い日差しを一身に浴びながら物思いわする。……リースさんは大丈夫だろうか。いったい今どこで何をしているのだろう。
まず真っ先にいろいろと教えてくれる人がいて、しかもそれが女の子であるという事は喜ばしかった。
「どうしたの?」
そんなエリシャさんが黒髪をなびかせながら振り返って僕に聞く。
僕は少し慌てながら、答える。
「綺麗だなあ、って思って」
「景色が、ですか?」
からかうような口調で僕にそう聞く。僕にはその笑みが怖かった。
「……景色が」
「そうですよね」
少しだけ胸が痛くなる。コミュニケーションをミスったかもしれない。少しだけため息をつき、自分のふがいなさに死にたくなる。
自分が嫌になってくる。この青い空が自分を飲み込んでしまえばいいのに―ー
その時、子供たちが駆け寄ってくる。
「ねーおねーちゃん、ふえこわれちゃった!」
そういう男の子の手には確かに折れた風車が握られていた。
「どれどれ……えっと、『我が神よ、これを直したまえ』!」
そう彼女が言うと、笛がみるみるうちに直っていった。
「!?」
僕は驚く。物理法則もあったもんじゃねえな。
壊れたものは二度と戻らないという不可逆性に反逆している……ドラゴンがいれば魔法はあるだろう。しかし魔法というものはこんなにも世界の法則を無視していい物なのか。
それが、この世界の法則というものなのだろうけど。
子供達は頭を下げて、またどこかに去っていく。あわただしいけれど、そんな子供の姿はどこも変わらないようだった。
「魔法使えるんだ」
「本を読んで覚えたんです。そういうの、好きですから」
彼女はそう微笑みながら前を向く。
「他にはどんなのが?」
「本に書いてあるのは大体。矢の魔法とか、炎魔法とか。結構楽しいんですよ」
すごいなあと正直に感嘆する。
魔法か。冒険者という職業があるのも納得。……ドラゴンという超存在がいるのも納得。
「僕も覚えられないかな」
「教えてあげますよ?」
それはありがたい。今度教わるとしよう。
……うまくできるといいんだけど。
***
腰が痛い。足がいたい。
つまり体中が痛い。
疲れ果ててベットに倒れこむ。
「大丈夫ですか?」
大丈夫じゃない、と言おうと思ったけれども、虚勢を張って大丈夫だと答える。
毛布にくるまる僕。疲れた。
お父さんの農作業を手伝った。……その結果体が死んだ。
今は暇な時期だから楽だよとか言ってたけど嘘じゃないか。単純に僕に体力がないだけでもあるだろうけど。でも引きこもりに突然こんなことができるか。
「……ちょっと見てくれませんか?」
体の痛みを感じながら顔をエリシャさんの方に向ける。
それは、僕の剣と……鞘?
「作ってみたんです。剣には鞘が必要だと思って」
それはありがたい、と思った。
確かにこれから冒険するとき、剣を入れるものがなければそのまま持ち運ぶしかない。
これなら腰につけて運ぶことができる。
「器用なんだ」
「このくらいできないとこの世界では生き残れませんよ」
この世界、か。便利でなかったからこその、一人ひとりのスキルの高さ。
現実を伴わない現代知識に何の価値があろうか。
「ところで、もともとソーヤ君がいた世界っていうのはどんな感じなんですか?」
「とっても便利な世界だよ」
「よくわかりません」
ざっと説明する。
「……よくわかりません」
「でしょうね」
100年後の世界が分からないのと同様に、中世の人に未来の話をしてもあまりわかってはもらえないだろう。まして、僕の適当な知識ではなおさらだ。
「あまり知識も覚えてないしね」
「興味のない人が城の作り方なんてわかるはずもありませんし、それもそうですね」
「……ごめんね」
「いや、謝るほどのことでは……」
「それと、ありがとう。この鞘を作ってくれて。この恩は忘れないよ」
「そんな、それほどの物じゃありませんよ」
再び僕は布団にくるまる。
「そんなに疲れたんですか?」
「……うん。それと、不安で」
「不安?」
「一人で冒険に行けるかなあって」
「子供ですか?」
「子供だよ。僕の世界では」
「よしよし」
エイシャさんが僕の頭をなでる。
そんな母のような行為を、僕は何も言わずに受け入れた。