第四話+ 聖なる火の元に
ドラゴンは吠える――僕はその存在感に圧倒されたじろぎそうになる。
こんな狭いところで何を? そう思っているとドラゴンは頭を高くあげ、天井を仰ぐ。
『グゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ……グオオオオオオオオオオオオ!!」
天井に向かって炎を吐く。にわかに通路を熱い空気が覆った。
『ゴオオオオオオオオオ!!』
ドラゴンは、翼を地面にたたきつけた。
風がキュオオオオオと体に吹き付ける。飛ばされぬよう体を押え、必死にその場に立ち止まる。
足音が聞こえる。後ろを振り向くと、リースさんが風に逆らいながらこちらの方に来ていた。
その時、一段と熱い炎の風が僕の体に吹きかかる。
「熱っ……熱っ!?」
それは、火そのものの熱さだった。
龍の加護のおかげか、服も燃えることなく立っていることができるが……危険なのは僕じゃなくて、彼女だ。
「リースさん、これ以上来ちゃ……!」
「――いったん逃げましょう!」
逃げるって、道を戻るしかないじゃないか。
「ここじゃ狭すぎるわ。広いところに出て……第一関門は超えたんだもの」
剣を見る。光り輝く剣を強く見つめる。
一時撤退――とは言えども、実際逃げているわけではない。
逆風が吹いているから、それに乗るだけなのだ。まあ逃げてるだけだけど。
「くっ! リースさん、僕を盾にして……」
「わかってるわ」
そう思いながらも撤退を敢行する。足の震えを感じながら、通路を戻った。
***
僕らが走るその先に、ドラゴンが通れるほど広くはない通り穴があった。
その道を歩いていくと、徐々に足元の水が増えていく。黒い岩だけでなく、白い岩、茶色い岩と色とりどりの岩が周りを囲んでいる。
「その剣がドラゴンが飲み込んだといわれる剣ね……何か不思議な力でも感じた?」
「ものすごく、体を速く動かすことができた。ドラゴンが遅く見えたよ体も……あれだけの炎を受けても、熱いだけだなんて」
「龍の加護・・・・・・まさに無敵のか後ね」
リースさんは小さく頷く。僕はあの光景を思い出して、体を震わせた。
空気が揺れる音がする。
「早く行こう」
進む先に赤い光が見える。そこでドラゴンを迎え撃つ――しかし、どうやってやるべきか。
「ちょっと熱いわね……」
「……熱い?」
ドラゴンの炎か? いやここまで来るはずがない。
「なにこれ、先がないじゃない」
少し小走りになり、洞窟の先へと急いだ。そこに待っていたのはは大きな穴である。
下を見ると熱い湯気が途切れることを知らず噴き出している。
もしや、火山。となるとその下にあるのは、マグマか。
「落ちたら最後……でも、ここでドラゴンに追い付かれたらどうしようもない」
僕は上を向く。よし、上の方に大きな洞穴があるのを見つけた。
「あそこまでいくの?」
僕は穴に背を向け、左腕を伸ばし剣を穴の壁に突き刺す。
左足も伸ばし、丁度いい窪みを探して足をはめた。
剣を命綱のように両手で持ち、右足を地面から離した。
「本当に行くの?」
それ以外に道は無さそうだ。僕は頷く。
「――ええ、行きましょう。ソーヤ君が勇気を出してるんだから、行かないわけじゃないじゃない」
彼女も足を踏み出した。
***
少しずつ、少しずつ進んでいく。
後先のことは何も考えていない――まもなくドラゴンが来るだろう。
その時は一体どうすれば?
『キュオオオオオオオオオオオオオオオ!!』
風の音、ドラゴンの鳴き声。
僕はとっさに上を見る。
穴の先に、黒い影――一度外に出て回り込んできたのか!?
『ゴオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』
何かがやってくる。それは、炎というよりかは、火球。
壁に張り付き、避ける。背中が一瞬熱くなった。
あんなもの直接当たったら……いや、待てよ?
「まさか……リースさん、手を!」
「え、何が」
僕は剣を強くつかみ、彼女に向かって手を伸ばす。済んでのところで手をつなぐ――
その直後、つんざくような爆発音とともに、体が吹っ飛ばされた。
***
宙に浮いていた。
灰色の噴煙、飛び散る噴石。
体を吹き飛ばすほどの爆発。体のいたるところがバラバラにされるような痛みを感じる。
左手には剣が握られていた。あれだけの爆発、生き残れたのは龍の加護とやらのおかげなのか?
「リースさん! リースさん!」
彼女は大丈夫だろうか。右手を強くつかむ。
温かさはそこにはあった。
「生きてるわよ!」
呼びかけるように叫ぶ彼女。よかった。
「あの火の玉で火山を噴火させたってことなの?」
「……マグマは吹き出てないようだけど」
そういう問題ではないけれども……なんで僕は生きてるんだか。龍の加護様様ということで。
『オオオオオオオオオオオオオ!!』
咆哮。それとともに大きな風の音が聞こえ、どどうと体に風が吹き付ける。
体に風を感じながら、僕は息を吸う。
「じゃ、行ってくる」
「どこへ行くの?」
「ドラゴンの肉を切り落としに」
僕は笑う。ない勇気を絞り出し、無理やり出した笑みだった。
「そういい顔してるわよ」
「ありがと」
「その前に、これを」
リースさんの手から何かを渡される。
「紐?」
「体に括り付けて。そうすれば離れることはないわ」
「長さは十分みたいだね」
リースさんは腰に紐を巻き付け、ぎっしりと結ぶ。もう片方の端は、リースさん自身に括り付けられた。
「じゃ……行ってくるよ」
つないでいた手を放し、体を風の流れに任せる。
少しづつリースさんと離れていく。一人の寂しさを味わいながら、僕は目を見開いた。
剣を強く持ち、自分以外の何かに向けて祈り始める。
神様、仏様、剣の精霊でも龍の精霊でもなんでもいい。
僕に力を。僕に勇気を――
その時、一瞬剣が光ったように見えた。
「う、うわっ!?」
手先が熱くなり、少しづつ体に伝播していく心の高まりを感じる。
祈りが伝わったのかは知らないけれど、行こう。
僕は空に体を投げだし、ドラゴンの下へ向かった。
***
「はあああああああああああ!!」
重力が体全体に乗り、その先にいるドラゴンに向けて加速しながら落ちていく。
『ガアアアアアアアアア!!』
気づいたドラゴンが火球を放つ。避ける方法を持たない僕は剣を持ち、ブンと闇雲に振り火球にフルスイング。
一瞬、熱さと重さが両腕にかかる。
「くっ……行け!」
火球を押し返し、跳ね返す。
ドラゴンはそれをあっさりとよけ、飛んで行った火の玉は雪山に落ちる。
迫りくる巨体。覚悟を決め、剣を高く振り上げる。
ざくり。先に体を切られたのは、僕の方だった。
「なっ!?」
ドラゴンの翼に牙が生えた。長く伸びたその鋭い爪先がが僕の横腹を切る。血が花のように飛び散り、霧散して消えていく。
そう、血が出ているはずなのだ――でも、痛くはなかった。
ずしゃり。
顔に向けて剣を勢いよく下ろした。
龍の顔がゆがむ。その勢いのまま剣先を口の中に突き刺す。
剣が深く刺さる感覚。どす黒い色をした返り血が花開き、僕の体にかかる。
ドラゴンの口が開かれる。飛び去ってしまいそうな風に耐えるべく剣にしがみつき、剣を抜く。
『ググググググオオオオオオオオオオオオオ!!』
閃光――体に大きな熱を感じた瞬間、吹き飛ばされまた空に放り投げられる。
火の球が吐き出されたのか。
バサバサと服が風に揺られる音が聞こえる。ドラゴンを見失ったか?
どちらへ行ったのかと顔を回していると――見つけた。僕の上だ。
ドラゴンが上、僕が下。
下の方をちらりと見ると、まもなく火口に差し掛かろうとしていた。
万事休す。そう思ったその時、腰のあたりが何かに引っ張られた。
ドラゴンの上、さらに上。リースさんが紐の長さを縮めていた。
体が一回転して、体が浮かび上がり、ドラゴンが急降下しているかのように感じる。
空を向いてリースさんに向けてにっこり笑う。気づいたかどうかは置いといて……
ドラゴンは火口の前で僕を待ち構えている。
これが、最後の攻撃になるだろう――ならばと剣を振りかぶる。
剣よ、勇気をください。力をください。
そう念じた、その時であった。持ち手が火に熱せられたかのように熱くなる。
剣を軸に展開される――魔法陣。
「この剣は偉大なり――」
僕は言う。何かに導かれるように。
「大いなる龍よ、
大いなる龍よ。
その加護を我に。
恐れの心を我が糧に。
愚かな闇を切り、
豊かなる光を灯せ。
――剣の名は『ファーバルド』。
聞け。
我は正義を教える」
その言葉は、僕の口から出たはずの言葉。
でも、僕の知らない言葉だった。
「聖なる火の元に!」
剣を振り下ろす。
それは、炎。赤く心を焼く、体の赴く感情の炎。
それは、焔。大いなる青い、世界を焼く愛の焔。
極太の一つの火の線が火山を貫く。
『 ゴオ オオ オ オオオオ オオオ オオ オオオ!!!』
消えゆくような龍の叫び。白き骨が現れ、一瞬のうちに崩れ去っていく。
その火が剣から放たれなくなった時、僕の意識は消え失せようとしていた。