第四話 じゃあ、約束通りに
開けたところに出る。
少しひんやりとした空気に体が寒さを訴える。
洞窟の奥を凝視したその時、バサリバサリという羽の音が聞こえた。
奥から巨体が迫ってくる。
「あれが、龍」
純白色の大きなトカゲに羽が生えたような姿のそれは、伝説に聞いたドラゴンそのままの姿をしていた。
黄金色の目に、宝石のように光る爪。水晶のような鱗は鋭く輝いている。
「じゃあ、約束通りに」
僕は頷く。
リースさんが引きつけ、僕が後ろに回って尻尾を切り取りに行く。
弱点は尾である。尾を切らなければ何も始まらない。
囮になるべきは僕ではないかとも言ったが、危険なのは尾を切るほうだろうと言われた。
ショートソードは短い。切断するにはかなり近づく必要があるだろう。確かに危険だ。
ドラゴンは風のような咆哮を響かせる。
『キュオオオオオオオオオオオオオ!!』
身体が音で揺れる。体に重いものがのしかかるような感じがする。胸に手を当ててから、僕は右に大きく回って背中のほうへ走り始めた。
リースさんは前に出る。彼女に向かって突撃するドラゴン。地面を蹴る。息を鼻からすって、口からはく。そしてついに、目の前に龍の尾が現れ――
その時。
バシリ。僕は死角からの攻撃に吹き飛ばされた。
「ソーヤ君!?」
ぐしゃり。僕は吹き飛ばされ洞窟の壁に叩きつけられた。
体の中身が揺れる。脳内がかき回される。
痛みが雷のように僕を襲う。腹から何かが逆流してくる感じがする。
尾の先端が僕の横っ腹を攻撃したようだ――。
「ぐはぁっ……」
痛い。痛い。痛い。
今更ながら死の恐怖が背筋をなぞる。
リースさんが少しためらい足踏みをする。僕は彼女のすぐ後ろにある通路を指さした後、彼女の目を強く見る。
少し迷ってから頷き、後ろを向いてもと来た道を戻っていった。
ドラゴンは一瞬僕の方を見てから彼女を追う。
さて。一応打ち合わせをしたものの一つではあった。
僕は自分の手を見る。微かに震えていた。
手の先が冷たく感じる。胸が張り裂けそうに痛む。歯を食いしばり、目の涙をこらえる。
苦しい。怖い。痛い。……でも、僕を信頼して走っていく彼女の姿が見える。
止まっている暇はない。自分に進む意思があるならば――行くしかない。
僕は走り始めた。
通路に入り込んだドラゴンを追う。久しぶりでうまく走れるかわからないけど、全力で走るしかなかった。
通路は狭く、進むことはできても振り返ることはできない。今なら尾を切ることができる。
ドラゴンの尻尾が左右に揺れる。一瞬溜めから、全力で地面を蹴る。
尻尾をかいくぐり、高く飛ぶ。ショートソードを鱗の間にひっかけ、体にしがみつく。
目を一瞬つぶり、心を落ち着かせ――右手で剣を突き立てた。
『ギュオオオオオオオオオ!!』
叫ぶドラゴン。リースさんを追うのをやめ、右へ左へ暴れ出す。
喉の奥から声が漏れる。
「ァァァァァ……ォォォォォおおおおおおおおおお!!!」
やっぱり声がうまく出ない。怪物のような叫びを出しながら深く深く刺そうと右へ左へ動かしながら押し込む。
入れ。入れ。入れ。
その時手が予想外の方向に動く。体をよろめかせながら僕は気づく。
剣が折れていた。
舌打ちをした瞬間、ドラゴンから叩き落される。
地面にぶつかり上を向くと、そこには振り返ったドラゴンの頭があった。
「ソーヤ君!」
ドラゴンの奥から何かが飛んでくる。それはもう一本のショートソードだ。
その剣は僕のすぐ右に刺さる。
地面に刺さったショートソードを抜き、高く掲げ――尻尾の付け根に振り下ろす。
「……切れ、ろぉ!」
ザクリと深く刺し込めた音がした。深く深く押しこみ
そしてついに、尻尾が落ちた――その時であった。
切断した場所が強く輝く。手で顔を覆って光を遮る。
手の隙間から尻尾の切断面をみると、そこにあったのは剣の柄であった。
引き寄せられるように僕の手はそれを手に取り、引き抜く。
それは人ひとりの身長ほどの長さをもち、されど片手で持てるほどに軽い。
鋭い剣先と光り輝く剣身。そして剣の柄は純白の鱗――おそらくドラゴンの鱗であろう――でできており、見たことのない文字が彫られている。
僕は茫然としながらその剣を掲げる――
ドラゴンは光を怖がりながらも、あがきとして食ってしまおうと僕に顔を近づけ――火を吐く。
でも、何もかもがゆっくりに見えた。
僕は剣を振る。ドラゴンの吐いた火はかき消さた。
僕には見える――ドラゴンが爪をどのように動かし、どれほど尾の痛みに苦しみ、そして怒りと恐れを抱いているかすらまで見える。
ドラゴンのその身に向け、引き上げるように剣を振る。
振るった剣のその勢いのままに、手にドラゴンの鎧の固さが手に伝わり――その衝撃を跳ね返し、ドラゴンを、吹き飛ばす。巨大な体はリースさんの上空を通っていく。
体が動かせる。早く、閃光のように――着地点に先回りするために――
一瞬、リースさんの隣を通る。彼女は茫然と僕を見守っていた。
剣を縦にを振るい、とどめの一撃。
ドラゴンが地面に叩き落される。僕はそれを見つめ、息を吸った。
静かになった。倒したか、と思ったその時――体を風が吹き抜け、後ろによろめきそうになる。
前を向きなおすとドラゴンが起き上がり、翼を開き始めた。
その雄々しさに、僕は息を止めた。






