第一話 でも、僕は。
そこは、一面の銀世界だった。
雪交じりの風が体に吹き付けられる。
僕はなぜこんなところにいるのだろう? 何も思い出せなかった。
辺りを見回すと、遠くからもくもくと煙がでているのが見えた。なぜあんなところに煙が? そう思いながらも、雪を踏み固めそこへと向かう。
歩いていると次第になにかおかしいことに気づいた。煙は近づいているのに、家らしきものが見える気配がないのだ。焚き火でもしているのだろうか? でも何故雪のなかで? 開けた場所があるようにも見えない。
歩く。歩いていく。いくら歩いても景色は変わらない。
不安にかられ目が滲む。
どうして僕がこんな目に合わなきゃならないんだ。不満を抱いて、地団太を踏んでみる。でも現状は何も変わらなかった。
叫ぼうとしたけど、声が出ない。どうやって声を出すんだっけ。
指で目を拭く。それでも手掛かりを求めて僕は歩き続けた。
体が凍え、倒れそうになる。
どのくらい歩いただろうか。息絶え絶えになりながら煙の元につく。そこに家らしきものはなく煙は地面から生えた竹筒から出ていた。
すぐそばには井戸のような物がある。何故ここにそんなものが?僕がその中を覗くと――
「やあ坊や、やっと来たかい」
びっくりして後ろに飛び跳ねる。しりもちをついて固まってから、もう一度恐る恐る井戸を覗く。
井戸の底からおばあさんが見つめていた。
「何を怖がっているんだい?まあ、無理もないけどね。……寒いだろう? 入りなさい」
僕は足が震えながらも、体の震えを止めるために井戸の中にあった梯子を伝って下りて行った。
***
「ここはどこだって? それは難しい質問だねえ。『迷いし物のたどり着く場所』とでも言っておこうか」
毛布にくるまる僕。ゆっくりと語られたその言葉を聞き、僕は息をのんだ。
迷いし物。迷うどころか迷走していた記憶しかない。
「少なくとも、君のいた世界とは違うといっておくよ」
つまり、ここは異世界ということだろうか?
井戸の中は小さな小屋のような場所だった。大きな鍋と、大きな暖炉。ろうそくの火が周りを照らしている。木でできた壁に窓はなかった。
そして、部屋の隅っこに僕と同じくらいの年齢の、茶色い髪の女の子がいることに気づく。
その女の子の方を向くと、女の子は口を開いた。が、聞き取れなかった。
「異邦の言葉だよ。わかるわけないさ」
ますます異世界らしい。……異世界の言葉が分かるようになるとか、都合のいいことはないか。
そう言うお婆さんは椅子に座り、机の上で何度もサイコロを転がし始めた。
「なにをしているかって? 占いだよ。……うん、なるほど」
僕も椅子に座り、サイコロの出目を見る。
赤々とした一がろうそくの火に照らされていた。
一。それはすなわち、一人ぼっち。
その時、閃光のように記憶を思い出す――学校に通わず家で引きこもり、自分の部屋の隅っこで寂しく泣いていたあの記憶を。
思い出す。悲しみを、辛さを、寂しさを、苦しさを。
声が出なかったのは、何日も何か月も誰かと話したことがなかったからであった。
「落ち着きなさい」
お婆さんは、子供をあやすようにそういった。
その言葉にハッとし、自分が涙を流していることに気づく。
「そんなに思い出したくなかったのかい?」
僕は頷く。
「なるほどねぇ。だからここに来れたのかもしれないねぇ。……坊やは元の世界に戻りたいかい?」
しばし考える。……僕は、首を振った。
「異世界で、行きたいかい?」
今度はためらわずに頷いた。
「……異世界と言っても生易しいものではない。この雪山を見ただろう? 元々この雪山は普通の緑あふれる山だったんだ。でもあの日以来、この世界はおかしくなってしまった。この雪山を抜けるには倒さなければならない。あの一体の白いドラゴンを」
ドラゴン、と聞いて僕は息をのむ。
おかしくなってしまった世界、か。
僕は鼻から細く空気をすいこみ、そのまま吐き出す。
「こんな話を知っているかい? 別の世界に来て、もしその世界の食べ物を食べてしまうと帰る事は許されなくなる、という話だよ」
お婆さんは赤いしわしわとした木の実を取り出した。
「おなかがすいただろう。食べるかい?」
確かに僕はお腹がすいていた。けど、本当に食べていいのだろうか?
これを食べる事はすなわちあの現代社会で生きるという事を放棄することだとおばあさんに示唆されている。
でも、僕は。